「袴田事件」弁護団が新たな味噌漬け実験報告書/再審請求・差戻し審の第2回協議

小石勝朗 ライター


第2回三者協議のため東京高裁へ向かう袴田巖さんの弁護団と姉・秀子さん=2021年6月21日、撮影/小石勝朗

 袴田事件(1966年)第2次再審請求の差戻し審で、元プロボクサー袴田巖さん(85歳)の弁護団は、審理の焦点となっている、味噌に漬かった血液の色の変化を実証するために新たな「味噌漬け実験」を実施し、報告書を東京高裁(大善文男裁判長)へ提出した。布に付けた血液は、条件を変えて味噌に漬けても「4週間で必ず黒くなった」と主張している。犯行着衣とされた「5点の衣類」は、1年以上も味噌に漬かっていたはずなのに付着した血痕に赤みが残っていたが、その不自然さを改めて強調した。

 高裁、弁護団と検察による2回目の三者協議が6月21日に非公開で開かれ、終了後に弁護団が記者会見して公表した。

 この事件では、発生の1年2カ月後にシャツ、ズボンなど5点の衣類が味噌工場のタンクから味噌に漬かった状態で見つかり、死刑判決は袴田さんの犯行着衣と認定して最有力の証拠にした。しかし、第2次再審請求審で昨年12月の最高裁決定は、長期間味噌に漬かっていたにしては衣類の血痕に赤みが残っていたことに疑問を呈した。東京高裁の請求棄却決定(2018年)が、血液の色調の変化について専門的な知見に基づく検証を尽くしていなかったと判断し、審理を同高裁へ差し戻していた(最高裁の差戻し決定については、刑事弁護オアシスの拙稿「袴田事件の再審請求、最高裁が棄却決定を取り消し高裁へ差し戻す/2人の裁判官は『再審開始』を主張」をご参照ください)。

白味噌に漬けても血液は黒く変化

 今回の味噌漬け実験のポイントは、色の薄い「白味噌」を使ったことだ。5点の衣類が漬かっていたのは「赤味噌」だが、第2次再審請求審になって「この工場で製造していた赤味噌の色は薄かった」とする元従業員の供述調書を検察が提出し、最高裁も採り入れたためだ。

白味噌を使った実験でも4週間後には血痕は黒色に近くなった(弁護団の報告書から)

 実験では、医師に頼んで支援者の血液を採取し、綿の布に付けて白味噌に漬け込んだ。24時間後までは血液の赤みが保持されていたものの、4週間後には「黒に近い色」に変化し赤みは残らなかった。血液を布に付けてから味噌に漬けるまでの時間を、直後、1時間後、4時間後、12時間後と変えたが、結果は同様だった。

 赤いインクを使った実験も行った。こちらは味噌浸出液(たまり)に1時間漬けても、血液と違い赤い色に変化は見られなかった。弁護団は「色が変化するのは味噌浸出液に含まれている何らかの物質によって、血液の成分に作用した化学的な働きがあることが推認できる」と立論している。

 弁護団は同時に提出した意見書で「味噌の色が薄くても、血液付着直後のものが味噌漬けにされたものであっても、1年2カ月間も味噌漬けになっていたとすれば、赤みが消え黒色化することが一層明らかになった」と強調した。5点の衣類は1年以上も味噌に漬かっていたわけではなく、発見直前にタンクに投入された=捏造証拠だ、との主張がさらに裏づけられたとみている。

 弁護団はまた、事件発生直後に、のちに5点の衣類が見つかる味噌タンクを捜索したという元警察官(80歳)の証人尋問を申請した。差戻し前の高裁審理でも申請したが、検察の反対などで採用されなかった経緯がある。

 元警察官は弁護団に対し「タンクの内部にかけたはしごを伝い、底部にしか入っていない味噌の中を棒のようなもので確認したが、何も発見できなかった」と説明したという。弁護団は「証言の信用性が認められれば、5点の衣類が入れられた時期は発見直前であり、捏造証拠の可能性が高いと判断できる」として「極めて重要な証人」と訴えている。

検察は専門家を証人申請する方針

 一方の検察は三者協議で、7月末までに提出予定の意見書と併せて、専門家の証人尋問を申請する方針を明らかにしたという。

 弁護団は差戻し前の高裁審理で「血液中のたんぱく質と味噌の糖分が結合して起きる『メイラード反応』によって味噌に漬かった血痕は黒くなる」と分析した学者の意見書を提出した。しかし、高裁は審理のテーマに取り上げておらず、最高裁は「メイラード反応に関する専門的知見について審理が尽くされていない」ことを差戻しの理由に挙げた。

 これを受け検察は、メイラード反応に反論する意見書を提出する意向を示している。申請する証人はこの意見書にかかわる学者とみられ、人数を「複数」と説明したという。弁護団の申請とともに、裁判所が証人尋問をどこまで認めるかが、今後の審理の動向を左右しそうだ。

 また検察は、弁護団が求めていた証拠リスト(一覧表)開示に対し、拒否するとした意見書を高裁へ提出した。弁護団は、差戻し前の審理で高裁が証拠リストの開示を検察に勧告したと主張しているが、検察の意見書は「開示を勧告された事実はない」と否定。さらに、再審請求審での証拠リストの作成・交付について、①検察に応じる法律上の義務はない、②裁判所が命じることは著しく不相当、③本件では具体的な必要性は認められない──と記している。

 高裁は三者協議で「開示の必要性が出てくれば検討する」とだけ述べて、結論を先送りしたという。このままリスト開示には触れないつもりのようだ。だが、捜査に数々の疑惑が指摘され、静岡地裁の再審開始決定(2014年3月27日)が「証拠捏造」にまで言及した事件でもあり、どんな未提出の証拠があるのか明らかにすることが公正な審理に欠かせないのは当然の理だ。裁判所には毅然とした対応を求めたい。

学術的な論点が広がれば審理の長期化も

 最高裁決定は、血液の黒色化がメイラード反応によるとした学者の意見書に対して、高裁の審理で「専門的知見に基づく反論はされていない」ことに触れており、検察は差戻し審の審理でこれに応えるところから入ったとみられる。専門家の証人申請もして、まずは徹底してメイラード反応への反論を展開する計画なのだろう。

 早期決着を目指す弁護団は「味噌に漬かった血液に赤みが残る可能性があるのか、残るとすればどういう条件かを立証すべきだ」(小川秀世・事務局長)と検察の姿勢を批判しているが、検察はその後に別のテーマの証拠の提出も検討していることを示唆している。

 同様に弁護団には、最高裁が必要性を指摘した「血液に対するメイラード反応の影響の有無・程度や、血液の色の変化に関する他の要因との関係を具体的に示す実験結果や資料」を証拠として提出することが課題になっている。現在、メイラード反応の主張を補強する意見書をまとめるべく専門家と折衝している模様だ。味噌漬け実験は引き続き実施しており、今後も順次、高裁へ報告書を提出するという。

 「味噌に漬かった血液の色の変化」というテーマの研究をしている専門家はいないとみられ、学術的な論点が広がってくれば実験や鑑定の必要性も含めて審理には時間がかかりそうだ。大善裁判長は三者協議で「袴田さんが高齢であることは十分理解しており、できるだけ早期に審理を進めたい」と述べたというが、検察のペースに乗せられて長期化する可能性をはらんでいる。

◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう) 
 朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。

(2021年06月30日公開)


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