〈袴田事件・再審〉検察が方針決定に3カ月を要求、裁判所も容認/第1回事前協議

小石勝朗 ライター


談笑しながら静岡地裁へ向かう袴田巖さんの姉・秀子さんと弁護団=2023年4月10日、静岡市葵区、撮影/小石勝朗

 袴田事件(1966年)の再審(裁判のやり直し)が決まったのを受け、元プロボクサー袴田巖さん(87歳)の弁護団と裁判所、検察による第1回事前協議が4月10日、静岡地裁(國井恒志裁判長)で開かれた。弁護団が再審公判を早期に始めて無罪判決を出すよう求めたのに対し、検察は公判への対応方針を決めるのに3カ月の期間が必要と主張し、地裁も容認した。再審公判は早くても9月以降になりそうで、弁護団は強く反発している。

弁護団は一刻も早い無罪判決を要請

 事前協議は非公開で行われ、終了後に弁護団が記者会見をして概要を説明した。

 弁護団は協議にあたり「再審公判進行についての意見書」を地裁へ提出した。再審公判の目的を「一刻も早い無罪判決を得て袴田巖氏を死刑囚の地位から解放させる」とし、さらに死刑判決が「捏造証拠による冤罪であることを万人のもとに明らかにする」と強調。検察に対し、新たな有罪の立証をせずに、積極的な無罪論告をしたうえで袴田さんに謝罪するよう求めた。

 地裁に対しては、審理を1日で終結させ、できるだけ早く無罪判決を出すことを要請。袴田さんの公判への出廷について、長期の身柄拘束による拘禁反応(精神障害)で心身が不安定だとして、困難な場合には刑事訴訟法が規定する「回復の見込みのない心神喪失者」(451条2項)と認定し出頭を免除するよう依頼した。

確定審の記録が来ていない

 再審開始が決まったのを受けて、再審請求審の記録は1次、2次の分ともすでに静岡地裁に届いている。一方、確定審の記録は地裁が静岡地検から取り寄せることになるが、協議で現況を尋ねたところ、地検は「記録が上級庁にあり、まだ地検に来ていない」と答えた。

 そのうえで地検は「主張・立証の方針と請求する証拠の範囲を3カ月後に明らかにする」と表明し、7月10日までの猶予を求めた。弁護団は「長すぎる」と反発したものの、地裁は「必要ならやむを得ない」と了承したという。弁護団の「有罪立証するのか」との問いには、地検は「今はお答えできない」とだけコメントした。

 弁護団が年内に判決を出すよう改めて求めたのに対し、地裁は「時期は調べる証拠の量によって決まるので、いつになるかはまだ分からない」との姿勢だった。また、1回の公判で審理を終結させるのは難しいとの見通しを明かしたが、集中審理をして公判から判決までの期間を短くすることには理解を見せたという。袴田さんの出廷については、再審公判の日程が決まった段階で判断する方針を示した。

 このほか地裁は、再審公判では検察の論告と弁護団の弁論を中心に据え、証拠調べは限定的にする意向を伝えた。犯罪が行われた事実(事件性)については争いがないため最小限にとどめ、「犯人性」に関する証拠のうち確定審に提出されたものを厳選して審理する考えだ。そのために、まずは共通の証拠リストを作成するとした。

 地裁は今後の事前協議の日程として5月29日と6月20日、さらに7月19日(未確定)を指定した。2回は検察の「回答期限」より前になるが、それぞれの取り組みの状況を確認しながら必要な準備を進めるとみられる。

事前協議の終了後に記者会見をする袴田巖さんの弁護団=2023年4月10日、静岡市葵区、撮影/小石勝朗

「再審妨害」と検察の対応を非難

 弁護団の記者会見では怒りの声が渦巻いた。

 「検察が高裁の再審開始決定に対し特別抗告を断念したのは、有罪の立証ができないと認識したからだ。検察の方針が決まらないと弁護団の方針も確定しない」と小川秀世・事務局長。「記録が来ないのでは裁判所も公判を開きたくてもできない。現段階では検察が円滑な進行を妨げている」(笹森学弁護士)という見方だけでなく、「検察は有罪立証をして蒸し返そうとしている」(村﨑修弁護士)との非難も飛び交った。

 弁護団も確定審の記録や再審請求審で提出した証拠を選別する必要があるため、公判まで多少時間がかかるのはやむを得ないとしても「3カ月は長すぎる」との受けとめで一致していた。

 西嶋勝彦・弁護団長は「誠に心外だ。再審請求審の高裁決定において、検察の主張はすべての論点で完膚なきまでに叩かれた。再審公判で我々は検察に新しい証拠の提出を許さないし、そもそも新証拠の出しようはない。旧証拠で有罪にできるはずはなく、検察が有罪立証をしても空論に終わる」と語気を強めた。

 弁護団の中には「検察の時間稼ぎ。高齢の袴田さんが亡くなるのを待っているとしか思えない」との声まである。検察の対応は再審妨害だとして、近く改めて抗議するとともに、有罪立証の放棄と無罪論告を速やかに決断するよう申し入れる方針だ。

 そんな中で、袴田さんの保佐人として再審請求をした姉・秀子さん(90歳)は会見でも冷静だった。再審公判に補佐人として参加するため、就任届を地裁へ提出。「ここまで来れば先が見えているから安心している。半年・1年は何でもない」と淡々と語った。

◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう) 
 朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。

(2023年04月14日公開)


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