初めてのヨーロッパ犯罪学会

第23回フィレンツェ大会報告

吉田 緑 中央大学大学院法学研究科


会場のひとつであるパラッツォ・ディ・コングレッシ(Palazzo dei Congressi)。入ってすぐに受付がある(2023年9月撮影)

 第23回ヨーロッパ犯罪学会(EUROCRIM 2023)がイタリア・フィレンツェ(フローレンス)で2023年9月6日から9日まで開催された。

 会場は、フィレンツェ中心部にもっとも近いサンタ・マリア・ノヴェッラ(Santa Maria Novella)駅から徒歩数分に位置するパラッツォ・ディ・コングレッシ(Palazzo dei Congressi)ほかだった。学会開催期間中はネームプレートをぶら下げた犯罪学者たちが駅付近に大勢現れた。ノーネクタイ、Tシャツ、ワンピースなど、カジュアルな服装に身を包んだ人がほとんどだった。

 日本人研究者・実務家も参加し、9月7日には「日本における長期受刑者の処遇」(チェア:石塚伸一〔龍谷大学名誉教授〕、相澤育郎〔立正大学〕、古川原明子〔龍谷大学〕、京 俊介〔中京大学〕)、「日本における死刑と再審」(チェア:斎藤司〔龍谷大学〕、石塚伸一、戸舘圭之〔弁護士〕、鴨志田祐美〔弁護士〕、西愛礼〔弁護士〕)に関する2大セッションがおこなわれた。このほか、文化犯罪学、日本の国際自己申告非行調査ISRD(International Self-Report Delinquency Study)から見た少年非行、ヘイトスピーチなど、多岐にわたるテーマで個人報告やポスターセッションに参加した日本人研究者もいた。

 中央大学大学院法学研究科(刑事法専攻)博士後期課程に在籍する大学院生である筆者も、9月7日に日本における芸能人の薬物報道についての個人報告をおこなった。以下では、初めてヨーロッパ犯罪学会に参加して感じたことを述べる。

舞台「イタリア」は「犯罪学の父」を生み出した地

フィレンツェの街並み。たまたま目が合った馬車の馬(2023年9月撮影)

 ヨーロッパ犯罪学会1)は2000年に設立され、ヨーロッパおよびその他の地域の犯罪学者間の学術的、科学的、実践的な交流と協力を奨励している。学会で見渡すかぎり、アジア人の割合はけして多いとはいえなかったが、たとえば韓国における児童ポルノや性被害、中国のソーシャル・メディアにおけるドメスティック・バイオレンスの表象とそれに対するオンライン・フェミニストの反応や少年非行の報告など、日本を含めアジア諸国に関する研究は一定数みられた。筆者の報告に足を運んでくれたアメリカの大学院生は「日本の文化に興味があり、アブストラクトを読んで来た」と話してくれた。メインとなるのはヨーロッパ諸国の研究で、ウクライナの研究者による報告もあった。

 開催地はヨーロッパ諸国だが、毎回異なる。前回は2022年9月21日から24日までスペイン・マラガで開催された。次回はルーマニア・ブカレストで2024年9月11日から14日まで開かれる予定だ。イタリアでは2007年にボローニャで開催されたことがある。

 開会式では、今回の舞台となったイタリアが、犯罪学において欠かせない2人の著名な人物を生み出した地でもあると語られた。ひとりは、犯罪の原因を生物学的素因に求める「生来性犯罪人説」を提唱し、「犯罪学の父」と称されることもあるロンブローゾ(Cesare Lombroso:1836−1909)である2)。もうひとりは、ヨーロッパにおける残虐な刑罰や拷問のあり方を批判したベッカリーア(Cesare Beccaria:1738−1794)だ。匿名で出版した『犯罪と刑罰』3)はヨーロッパ各国語に翻訳され、後世に多大な影響を与えたとして知られている。

 開会の挨拶後、ミュンスター大学のクラウス・ボアーズ氏(Klaus Boers)が「ライフ・コース理論」についての報告をおこなった。ライフ・コース理論から始まった議論は、デジスタンスに向かう形で終え、ヨーロッパ犯罪学会は幕を開けた。

多様なテーマ、チャンスは「若手」にも

筆者が個人報告をおこなったメイン会場。開会式も本建物内でおこなわれた(2023年9月撮影)

 個人報告は複数あるグループにグルーピングされる。筆者は「メディアと犯罪の社会的構築 II(Media and social construction of crime II)」に分けられ、計5人がそれぞれ10分ずつ報告をおこなった。報告者間の問題意識やグランド・セオリーが似ていたこともあり、全員に対する質問が複数あがった。参加した他のグループでも各報告の共通性や関連性を感じられたため、グルーピングはよく練られているとの印象を抱いた。

 メディアと犯罪は注目されるテーマのひとつとなっている。筆者が割り振られたグループはⅣまであり、ほかにも「犯罪学とソーシャル・メディア」のグループがあった。SNSの普及により、オンラインという「場」に焦点をあてる報告も少なくなく、ソーシャル・メディアとポリシング、オンライン上のヘイトスピーチ、SNSでの受刑経験者の語りなど、多様な切り口での報告がおこなわれた。

 テーマは薬物犯罪、サイバー犯罪、テロ、DV、性犯罪、なんらかの犯罪被害など、法律で“crime(犯罪)”とされていることに限らず、“social harm(社会的な害)”に焦点をあてたものを含め、多岐にわたっていた。同じ時間に複数の報告が別の会場でおこなわれるため、すべてを拝聴することはかなわなかった。

 筆者が開会式前に参加したプレ・アレンジパネルの“ghost criminology”4)は、歴史、記憶、メディア空間などにおける「犯罪」に対する新たな見方を示すものだった。狭い会場に大勢の人が押し寄せ、立ち見も出て、すし詰めになった。筆者が報告をおこなった会場も満席にはなったが、入ることすら難しかったり、逆にほとんど人がいなかったりするところもあったという。

 大学院生の報告もチラホラ見られ、若手研究者が目立っている印象だった。筆者のグループにももうひとり大学院生がいた。ジェンダー、年齢、国籍、人種などの多様性が尊重され、誰にでも報告のチャンスはあると感じられた。

考えさせられた「アカデミズムとジェンダー」

渡されたネームプレート。海外との交流時に名前に「Mr/Ms」表記がされることもあり、そのたびに戸籍に記載されている性別が意に反してカミングアウトされるリスクを感じた。本プレートや報告において性別表記はない(2023年9月撮影)

 本学会における報告者・参加者のジェンダーは多様だったが、「女性」と思われる人が半数またはそれ以上いるように見受けられた。日本の学会では「男性」と思われる人が多く、「女性」と思われる人は少ないと指摘する声も聞く。文部科学省科学技術・学術政策研究所の調査5)によれば、日本における女性研究者の全研究者数に占める割合は17.8%(2022年)で、調査国・地域中もっとも少ないとされている。女性研究者の割合が5割を超えているのはアルゼンチン(2020年)のみである。しかし、本学会全体を見渡すかぎり、女性研究者を「マイノリティ」とは思わなかった。

 ジェンダーの多様性は、各報告者が示す資料においても感じられた。「男・女」で分けた性別二元論に基づく表記はほとんどみられず、多様であるとの前提で集計がおこなわれていた6)。報告内容もジェンダーに起因するあらゆる暴力、害(harm)と被害、刑事司法システムでの処遇など多岐にわたり、「男」「女」の枠組み以外に、多様なジェンダーに焦点をあてた報告がみられた。

 自らがトランスジェンダーであることを打ち明けたうえで、実際に経験したインターネット上のヘイトスピーチについて問題提起する報告もあった。会場ではさまざまな意見が飛び交ったが、本学会が「安全」な場であるからこそ議論ができたと思われる。

 あらゆる学術空間すべてが「安全」とは限らない。本学会の最後にもっとも大きな会場でおこなわれたのは、アカデミアで起きるジェンダーに起因する暴力とセクシュアル・ハラスメントに関する報告だった。

 わが国でも、ジェンダーに起因するハラスメントがアカデミアで起きており、裁判になるケースもある。しかし、可視化されるのはごく一部であり、アカデミック・ハラスメントの実態調査は少なく、文部科学省に調査と対策を求める声もあがっている7)

 学生や研究者は「男性」か「女性」か、である以前に、誰もが同じひとりの人間である。対応を変えることは特定のジェンダーにカテゴライズされる人の研究の機会を不当に奪ったり、男女の枠組みにあてはまらない人に著しい苦痛をもたらしたりする可能性がある。何より、ジェンダーに起因することに限らず、アカデミアで起きるあらゆるハラスメントは、学術の発展を阻害する“harm(害)”となりうる。

むすびにかえて

メイン会場の廊下。レストラン等では有料となる水がいつでも自由に飲める。一定の時間になるとコーヒーも用意される(2023年9月撮影)

 ヨーロッパ犯罪学会は、犯罪学を研究する者すべてに開かれた学術的空間である。参加者・報告内容は多様で「自由」が守られている。グランド・セオリーとされる犯罪学理論の多くは日本でも紹介されているため、共通のツールである英語を用いれば、誰でも議論に参加できる。

 海を渡って報告したことで、これまではみえてこなかった日本の課題や他国との共通点・相違点などに気づかされた。海外の大学院生や研究者とのつながりも一生の財産となるだろう。今年は例年よりも応募者数が多く、リジェクトされた人もいるという。しかし、たとえアクセプトされたとしても、大学院生にとって国際学会での報告は経済的事情などから極めてハードルが高いと言わざるを得ない。筆者が本学会で個人報告を実現できたのは、一般社団法人刑事司法未来(Criminal Justice Future :CJF)の助成があったためである。貴重な機会をいただけたことに深謝の意を表する。

◎著者プロフィール
吉田 緑(よしだ・みどり) 
 中央大学大学院法学研究科(刑事法専攻)博士後期課程1年。記者・ライターとして働きながら2022年3月、同博士前期課程修了(法学修士)。中央大学法学部通信教育課程インストラクター(刑事政策/犯罪学)。ASK認定依存症予防教育アドバイザー。幼少期をアメリカ・ニューヨークで過ごす。研究テーマは薬物政策、薬物犯罪と報道、薬物予防教育など。

注/用語解説   [ + ]

(2023年10月04日公開)


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