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味噌漬け衣類の「色」問題、高裁の判断は「極めて杜撰」/袴田事件の弁護団が最高裁へ補充書


補充書提出後に記者会見に臨む弁護団の西嶋勝彦団長(左)と間光洋弁護士=2020年11月9日、東京都内、撮影/小石勝朗。

「非科学的で明白に誤っている」

 1966年に静岡県で一家4人が殺害された「袴田事件」で、元プロボクサー袴田巖さん(84歳)の弁護団は11月9日、静岡地裁の再審開始決定(2014年)が「新証拠」と認めながら東京高裁が2018年に覆した「味噌に漬かった衣類の色」の問題について、特別抗告の申立理由補充書を最高裁第3小法廷へ提出した。「色」問題に対する高裁の判断を「経験則に反し、極めて杜撰であり、非科学的、非論理的、非常識的と言え、明白に誤っている」と強い言葉で非難し、地裁決定の通り新証拠として採用するよう求めている。

 衣類の「色」は、死刑判決が袴田さんの犯行着衣と認定した「5点の衣類」(半袖シャツやステテコ、ブリーフなど〔写真1〕)に関わる問題だ。事件発生の1年2カ月後に、現場そばの味噌工場の醸造タンクから味噌に漬かった状態で見つかり、血痕が付着していた。

 しかし、発見直後の5点の衣類の写真を見ると、衣類の着色は薄く、血痕もはっきり識別できる。本当に事件直後にタンクに投入され、1年以上も味噌に漬かっていたものなのかという疑問は根強くあった。そこで、2008年に第2次再審請求をした弁護団が支援者の協力を得て、同様の衣類を最長1年2カ月間、味噌に漬ける実験をしたところ、衣類はもとの色が分からないほど味噌の色に濃く染まり、血痕の赤色も判別できなくなった(写真2)。

弁護団の実験で1年2カ月間、味噌に漬けた半袖シャツ(写真2:右)。5点の衣類(写真1:左)の色合いとは歴然とした違いがある(提供/袴田巖さんを救援する清水・静岡市民の会)

 静岡地裁(2014年3月27日)は、この実験結果を再審開始の要件である新証拠の1つと認定。5点の衣類が「1年以上、味噌に漬かっていたとするには不自然」との見解を示すとともに、「捏造」にも言及した。

 これに対し東京高裁(2018年6月11日)は、①発見直後の写真は、色の劣化や撮影の露光オーバーで正確に色合いを表していない、②長い期間、味噌に漬かっても血痕の赤みが全く残らないとは言えない、③衣類を投入した時にタンクに入っていた味噌が、後から仕込まれた大量の味噌と混ざったために着色が薄くなった──と理屈づけて地裁の判断を否定し、逆転の棄却決定を導いた。

新たに専門家に意見書を依頼、再現実験も実施

 補充書提出後に記者会見した弁護団の間光洋弁護士によると、最高裁に特別抗告した後、「色」の問題で新たに、専門家に意見書を依頼したり味噌を使った再現実験を実施したりした。これらをもとに今回の補充書を作成。高裁の論理の打破を目指した。

 補充書はまず、5点の衣類の発見直後に警察が撮影したカラー写真の証拠価値を取り上げた。静岡地裁の決定は「大まかな色合いの傾向を把握する」という範囲で写真の証拠価値を認めていたが、東京高裁はその範囲であっても「不適当な資料」と断じていた。

 補充書は、三宅洋一・千葉大名誉教授(画像処理)の意見書をもとに、発見直後の5点の衣類の写真に「退色は認められるものの、色の情報は残されている」と分析。当時としては最高級のカメラが使われ、最高水準のプリント技術が用いられていたことを挙げて「自然に近い色再現がなされていた」と強調した。また、露光については「部分的にオーバーになってしまっていても、すべての部分で露出オーバーになっているわけではない」と反論し、これらの点から「5点の衣類の大まかな色合いの傾向を把握できる」と主張した。

血痕は黒色に近くなると改めて強調

 衣類の血痕の色合いに関して、弁護団は高裁の審理で花田智・首都大学東京(現・東京都立大)教授(環境微生物学)の意見書をもとに、血液中のたんぱく質と味噌の米麹が生成する糖が結合して褐色化する「メイラード反応」によって血痕は黒色に近くなると論理展開した。しかし高裁は、醸造タンクに光が入らないことや、後から仕込んだ8トンの味噌の圧力、気温の影響を挙げて「メイラード反応はさほど進行していなかった」と受け入れなかった。

 補充書は、花田氏らの意見書をもとに「メイラード反応には基本的に光は関係しない」と批判。後で仕込まれた8トンの味噌の圧力に対しても、1㎠ごとにすれば200グラムの重量にしかならないのを過大評価しているうえ、圧力がかかって温度が上がればむしろ「メイラード反応が促進される」と高裁判断の矛盾を突いた。また、当時の気象データなどから「タンク内部温度が相当上がり、メイラード反応も進んだものと推測できる」と立論した。

新しく仕込んだ味噌が混ざることはない

 もう1点の「新しい味噌が混ざって味噌の色が薄くなった」との論点では、検察が提出した東和男・東京農業大助教(醸造学、肩書は当時)の供述調書に「色の濃い残存味噌は、大量の仕込み味噌の色に飲み込まれて次第に色が淡くなっていく」とあり、高裁はこの説明を採用した。

 これに対し弁護団は補充書で、東氏が根拠とする実験が「本当に行われたのかどうかを裏づける資料すら全く提出されていない」「どのような条件の下で行われたのかも全く明らかになっていない」と疑問を呈した。さらに、東氏の証人尋問も経ずに「信用性を盲目的に肯定」した高裁の判断を「極めて不当」「著しくアンフェアで恣意的な認定」と激しく非難した。

 弁護団は特別抗告後の2018年9月〜2019年8月に、残存味噌と新たに仕込む味噌の重量比を当時の醸造タンクの状態(1:100)に合わせて、再現実験を実施した。その結果から、補充書で「もとの味噌と仕込み味噌が混ざることはない」と指摘。また、仕込み味噌の「たまり」(発酵・熟成中にできる液体)がもとの味噌に染み込む様子は確認できなかったとして、この点からも残存味噌が仕込み味噌に飲み込まれることはないと力説した。

 これらを踏まえて補充書は「残存味噌の色は熟成が進み、茶色を通り越して黒に近い色だったはずだから、5点の衣類は黒に近い茶色に染まっていなければならないはずなのに、写真の5点の衣類の色合いは着色の程度が薄すぎて、極めて不自然と言える」と改めて結論づけている。

さらなる補充書の提出を準備

 最高裁に特別抗告してから、弁護団が提出した補充書は9通になった。西嶋勝彦・弁護団長は記者会見で「さらなる補充書の提出や証拠開示の請求も予定している」と説明。地裁が「衣類の色」とともに新証拠と認めながら高裁が判断を逆転させたDNA鑑定をめぐっては、海外の研究機関に協力を要請していることを明らかにした。

(ライター・小石勝朗)

(2020年11月20日公開) 


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