
2026年6月29日、東京地裁第103号法廷にて、「【大川原化工機事件】裁判官の責任を問う訴訟」の第1回口頭弁論が開かれた。
大川原化工機事件とは
噴霧乾燥機(スプレードライヤー)の輸出が外国為替法および外国貿易法違反であるとして、大川原化工機株式会社の代表者らが逮捕・勾留、公訴提起され、約11カ月に及ぶ身体拘束をされた後、公訴が取り消された冤罪事件だ。本件被告人の一人である相嶋静夫さんは、身体拘束中に体調を崩し、進行胃がんであるとの診断を受けるも、保釈は認められなかった。勾留執行停止状態で治療を受けることになったが、胃がんにより死去した。
別の国賠訴訟では、捜査手続の違法性は認められたものの、いまだ裁判官の責任は、問われていない。
本訴訟は、相嶋さんに対して逮捕状・勾留状を発付し、保釈請求を却下した、37人の裁判官の判断は違法であることを問う国賠訴訟である。その判断によって生じた相嶋さんの精神的損害と、相嶋さんの死亡により遺族が被った精神的苦痛への慰謝料、経済的損害、弁護士費用の賠償を求める(原告:相嶋さんの遺族、被告:国)。
弁護団の資料などによると、裁判官の責任に関する原告の主張は、つぎの3点である。
①そもそも犯罪の嫌疑がなかった
大川原化工機事件では、噴霧乾燥機による「殺菌」の定義が争われていが、捜査機関が採った「殺菌」の解釈を裏付ける公的資料は存在しなかった。また、そもそも大川原化工機の噴霧乾燥器には「殺菌」する能力はなかった。この点は、静夫さんだけでなく、会社の複数の従業員も同様に、捜査機関に説明していた。
これらのことは、捜査資料からでもわかることである。しかし、そのような状況で、相嶋さんに罪を犯した疑いがあると判断することは本来できないはずである。裁判官たちは、捜査機関の主張を検討することなく、捜査機関の主張そのままに、犯罪の嫌疑を認めた。
②逮捕の時点で十分に証拠収集済みだった
大川原化工機の社長や静夫さんらが逮捕される前の約1年半にわたり、捜査機関はすでに多数の証拠を集めていた。また、関係者の供述調書も多数作成されていた。したがって、それ以上に、静夫さんが証拠を隠すおそれなどなかった。
③重い病気でも保釈が認められなかった
静夫さんは勾留中に進行胃がんと診断された。しかし、その後も保釈は認められなかった。治療が必要な人を長期間拘束し続けることは、憲法や条約に違反する。
裁判官の役割は、犯罪と戦うことではない
第1回口頭弁論期日では、相嶋さんの妻と長男の意見陳述、および弁護団長の高野隆弁護士による弁論が行われた。
妻氏は、相嶋さんが捜査に協力してきたにもかかわらず、逮捕・長期間の勾留をされ、十分な治療を受けられないままに亡くなったことへの憤りを露わにし、「なぜこんな死刑みたいなことをするのか」「夫にはまだ生きていてほしかった。執拗に繰り返された保釈請求却下の理由を裁判官たちにお聞きしたい」と訴えた。
長男氏は、幼少期のエピソードを交えつつ、「嘘をつかず真面目に生きてきた父が、『刑事被告人』という立場のまま人生の最後を迎えさせられ」たことの悔しさを語り、「裁判官も人である以上、間違いは起こりうる……が、嘘や隠蔽は防ぐことができる」、「令状主義は、基本的人権を保護するための重要な原則である」ことを、裁判官は決して忘れないでほしい、と締め括った。
高野弁護士は、本件からうかがえる、自らの職責に対する令状裁判官の意識について、以下のように述べた。
「警察官や検察官と協働して、この国の犯罪を鎮圧しこの国の治安を良くすること」「犯罪者が捜査や訴追を免れるようなことが決してないように、……保釈の運用を厳しくすることこそが、自分たちに与えられた職責」と認識しているとしか考えられない。
しかし、憲法33条、34条が裁判官に求めていることは、犯罪と戦うことではなく、「間違っても過剰な身柄拘束、正当な理由に基づかない拘禁が行われないことを確保する役割」だ。そして、裁判官の独立を規定する76条3項によれば、「これまで行われてきた実務や慣例というようなものは、この憲法〔33条、34条〕の要請を無視する口実にはなりません」。
最後に裁判官は、被告・国に対し、「各身体拘束に対して裁判官がどのように考えたのか、その解釈を答弁で示してほしい」と述べた。
第2回口頭弁論期日では、国側の答弁書提出、相嶋さんの次男による意見陳述が行われる予定である。10月30日(金)11:00〜、東京地裁第103号法廷にて開かれる。
「真っ白に近い」大川原化工機事件をきっかけに

第1回口頭弁論期日の後、日比谷図書文化館にて報告会が行われた。第1部では、ジャーナリスト・青木理さんと、弁護団員で公共訴訟を支える専門家集団LEDGEディレクター・谷口太規弁護士が対談を行った。
谷口弁護士は、「夫には『ウソの自白をして、保釈してくれたらすぐ病院に行こう』と言いましたが、夫はただ黙ってうつむいていました」という、相嶋さんの妻の意見陳述を紹介した。相嶋さんが「黙ってうつむい」たのは、「自白しないと生き延びられないのかもしれないという気持ちと、技術者として事実を大切に生きてきた矜持がぶつかり合った結果だと思う」とした。そのうえで、「明白な冤罪であることが比較的早期にわかった本件をもってしても人質司法の現状が変わらないのであれば、ずっと変わらない」と危機感をあらわにした。
早くから大川原化工機事件を取材してきた青木さんも、本件は通常の冤罪とは違い、検察が公訴取消しにより白旗を挙げた、「真っ白に近い」象徴的な冤罪事件であるから、本件をきっかけに人質司法の構図を変えなければならない、と主張した。それと同時に、「もっと経営基盤の弱い会社であれば闘えなかったかもしれない」という大川原正明社長の言葉を紹介しつつ、人質司法の実態が明るみに出る事件は氷山の一角であることにも眼を向ける必要がある、とした。
第2部では、原告・相嶋さんの長男、次男と弁護団長・高野弁護士、弁護団員・井桁大介弁護士、青木さんが、公判の行方と今後の展望を語った。
次回の期日で意見陳述をする予定の次男氏は、「父は恣意的に拘束され、残虐な扱いを受けることになった。このことに関する説明は、今は裁判官の独立を盾に避けている状態であり、それについて厳しく追及したい」とした。
今回の期日で意見陳述をした長男氏は、証言台から見た裁判官の様子を、以下のように振り返った。「左陪席の一番若い裁判官の表情が印象的であった。想像にはなるが、崇高な意識をもって裁判官になったが、職場の雰囲気に従わざるを得ない日々の実務にジレンマを感じるなかで、自分と同じ裁判官に被害を受けた遺族の言葉を目の前で聞くことになり、衝撃的だったのではないか」。
井桁弁護士も、「これまでにいろいろな事件を担当してきたが、裁判官の面持ちはいつもとは違う感じがした。これまでに勾留決定や保釈の判断を経験してきたはずなので、その一つひとつを思い出しながら聞いていたように見えた」という。
公判において、本訴訟の裁判官が被告・国の答弁で、身体拘束に対する裁判官の解釈を明らかにするよう求めた点について、高野弁護士は、「準抗告に対する裁判官の応答などは定形文で、実質的に応答がないに等しい。裁判官の判断基準に関する議論を本気でやる気なのか様子を見たいが、貴重な発言であったことは確か」と述べた。
次男氏も、「被告からの答弁書をとても読んでみたい。これまでの、『罪証隠滅の恐れあり』の一文以外が見られることには期待している」という。長男氏は、「最高検は本件に関する検証報告書で、逮捕要件を欠いていたと認め、罪証隠滅の恐れについても具体的事情なしとした。裁判官はどうするのか、注目していきたい」という。
大川原化工機は噴霧乾燥機の世界的リーディングカンパニーであり、相嶋さんは、同社をその地位に成長させることに大きく貢献したという。大川原化工機事件は、捜査機関による誤った法解釈や過剰な身体拘束、それを追認した裁判官により、我が国の産業界に刑事司法への不信感を広め、経済活動を萎縮させかねない事件ともいえるだろう。また、青木さんが言うように、裁判官や捜査機関の不正により国が支払う賠償金は、我々の税金で賄われる。
違法な捜査手続や裁判官の責任は、本件・本訴訟の当事者ではなくとも、無関係でいられる問題ではない。
(お)
【編集部より】
あわせて、以下の資料も参照されたい。
・「【大川原化工機事件】裁判官の責任を問う訴訟」の進捗状況や提出証拠は、CALL4のサイトを参照。
・大川原化工機事件のこれまでの経緯は、日本弁護士連合会「大川原化工機事件」、髙田剛「人質司法から会社をどのように守るか(上・中・下)」刑事弁護OASIS、趙誠峰「大川原化工機事件・人質司法の記録」季刊刑事弁護116号(2023年)91頁が参考になる。
・捜査手続の違法性を認めた国賠訴訟については、趙誠峰=佐藤元治「捜査機関の逮捕、勾留、公訴提起の違法性を認定した事例」季刊刑事弁護124号(2025年)120頁を参照。
(2026年07月01日公開)