狭山事件も袴田事件に続け/石川一雄さん夫妻、袴田巖さん姉弟の生きざま描く映画「うそがほんとに ほんとがうそに」/10月17日公開

小石勝朗 ライター


袴田巖さんの姉・秀子さん(左)と石川一雄さんの妻・早智子さん(ⓒKimoon Film)

 袴田事件(1966年)で死刑が確定していた元プロボクサー袴田巖さん(90歳)が再審(やり直し裁判)で無罪判決を受けた2024年9月26日、静岡地裁を訪れ姉の秀子さん(93歳)が歓喜に包まれる様子を見つめていたのが、狭山事件(1963年)で冤罪を訴え続けている石川一雄さんと妻の早智子さん(79歳)だった。

 現地で秀子さんを取材していた金聖雄(きむ・そんうん)監督は、石川さん夫妻が来るとは聞いていなかった。石川さんは視力が衰え杖を突き、早智子さんも耳の具合が悪かった。

 「2人を見て『あっ』と虚をつかれ、胸を締め付けられました。『そうだよな、いまだ闘いの最中に置かれた人たちがいるんだ』と思い返しました」

金聖雄監督(撮影/小石勝朗)

「次は狭山」の望み叶わず、雪冤を果たせないまま逝去

 金監督が冤罪に向き合うきっかけになったのは、狭山事件だ。映画「SAYAMA みえない手錠をはずすまで」を2013年に公開。以来、「袴田巖 夢の間の世の中」(2016年)、袴田さんや石川さんら冤罪被害者の交流にスポットを当てた「獄友(ごくとも)」(2018年)、布川事件の桜井昌司さんの半生を描いた「オレの記念日」(2022年)を相次いで発表してきた。狭山事件は、いわば原点なのだ。

 「身体が弱ると、気持ちも前向きにはなれません。石川さん夫妻は、袴田さんの再審無罪に接して心から喜び『次は狭山』と自らを奮い立たせていたけれど、複雑な表情も見せていました。内心はしんどかったと思います」

 金監督はその場で、狭山事件をテーマに新たな映画を制作しようと決意する。しかし、半年後、石川さんは86年の生涯を閉じた。事件発生から約62年。雪冤を果たせないままだった。亡くなった3月11日は、奇しくも石川さんが1審で死刑を言い渡された日だ。

袴田巖さん(手前・一番左)の自宅を訪ね交流する石川一雄さん(同・左から2人目)(ⓒKimoon Film)

袴田事件と対比し理不尽さを浮き彫りに

 「袴田事件も狭山事件も同じ冤罪事件。一方は再審で無罪を獲得したのに、一方は再審さえ始まらず当事者は死に至った。これまでは冤罪の渦中で生きる人たちの魅力を伝えたいと撮ってきましたが、今回は『狭山を何とかしたい』と願って取り組みました」

 金監督の新作映画「うそがほんとに ほんとがうそに」。袴田事件の再審無罪に至る15年ほどの歩みを縦軸に、石川さん夫妻と袴田さん姉弟の生活の様子や思いを横軸に絡め、冤罪に翻弄されながらも前を向いて歩む姿を捉えている。2人の女性とそのつながりを起点に、両方の事件を対比することで、狭山事件への司法の理不尽さを浮き彫りにしようと考えた。

逮捕された当時の袴田巖さん(左)、石川一雄さん(ⓒKimoon Film)

 1963年5月に埼玉県狭山市で女子高校生が行方不明になり、殺害されて見つかった狭山事件。被差別部落出身の石川さんが強盗殺人などの罪で起訴され、1審では犯行を認めて死刑判決を受けた。2審で否認に転じたものの、無期懲役に。1977年に最高裁で確定する。

 石川さんは1994年に仮釈放され、冤罪を訴えて再審を求めてきた。しかし、2006年に起こした第3次の再審請求審は、19年間も東京高裁に係属しながら、証人尋問などの事実調べをしないまま石川さんの死去に伴い審理途中で終結。早智子さんが第4次再審請求を同高裁に申し立てている。

 1966年6月に静岡県清水市(当時)で一家4人が殺害された袴田事件と時代背景が重なり、自白の強要、証拠の捏造といった捜査の杜撰さが通底するとの指摘がある。1審が死刑判決だった石川さんは、東京拘置所に収監されていた時期が袴田さんと6年間重なり、「かずちゃん」「いわちゃん」と呼び合う交流があったとされる。

 金監督は「袴田事件の再審無罪が確定した今、このタイミングで狭山事件の再審を実現しないといけない。長く取材して蓄積した映像の素材を通して、この事件のおかしさを広く知ってもらい、少しでも背中を押したい」と語る。

夫を、弟を支えながらプライドを持って生きる

 手厚い取材を踏まえ、丹念に構成した映画だ。スクリーンに淡々と綴られるのは、石川さん夫妻と袴田さん姉弟の飾らない日常風景。2組の息吹から、冤罪の当事者は私たちと変わらないごく普通の人たちなのだと改めて実感させられる。

 弟の髭を剃る秀子さん、夫の髪を切る早智子さん。それぞれに2人並んで海岸を散策する——。そんな姿が、どこか似通って見えるから不思議だ。再審へ向けた活動を互いに応援したり、再審法制の改正を訴えたりする中で、秀子さんと早智子さんは思いを吐露し励まし合う。

 金監督によると、早智子さんは「夫は無念の人生だった」と評されるのを嫌う。秀子さんは「巖には巖の世界があり、私には私の人生がある」と言い切る。夫を、弟を支えながら、プライドを持って生きる様子が伝わってくる。

タイトルは谷川俊太郎さんの詩から

 有罪の根拠になった証拠の問題点も取り上げ、「冤罪のことをよく知らない人にも分かりやすく親しみやすいヒューマンドキュメンタリー」を謳う。

 狭山事件で大きな焦点になっているのは、被害者の万年筆。事件直後、警察が石川さん宅を2回にわたって家宅捜索した際にはなかったのに、3回目の捜索で勝手口の手の届く鴨居に置かれているのが見つかっており、発見の経緯が不審視されている。袴田事件の再審判決が捜査機関の捏造と認定した「5点の衣類」と共に解説している。

 映画のタイトルは、谷川俊太郎さんが詩を書き小室等さんが曲をつけた「獄友」の主題歌から取った。

ほんとをうそにするのはコトバ
うそをほんとにするのもコトバ
コトバはヒトのつごうでかわる
うそがほんとのかめんをかぶり
うそのすがおはやみのなか

 谷川さんは「真実に至る道は、信じて夢見ることから始めるしかない」とも記していたそうで、映画にもその思いを込めた。

「審理をやり直して真実を明らかにしてほしい」

 「石川さんは『無罪にしろ』とは言っていなかった。『審理をやり直して真実を明らかにしてほしい』と訴え続けていました」(金監督)

 秀子さんは再審無罪が確定した今も、ことあるごとに「巖だけの問題じゃない」と口にし、冤罪被害者の支援に奔走している。

 狭山事件をはじめとする冤罪事件の解決へ向け、私たちは何をすべきか。重い問いかけである。

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 「うそがほんとに ほんとがうそに」は10月17日から東京・新宿のK’s cinemaで公開。以後、全国各地で順次公開の予定。詳しくはホームページにて。自主上映の受付も始めている。

◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう) 
 朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。


【編集部からのお知らせ】

 本サイトで連載している小石勝朗さんが、2024年10月20日に、『袴田事件 死刑から無罪へ——58年の苦闘に決着をつけた再審』(現代人文社)を出版した。9月26日の再審無罪判決まで審理を丁寧に追って、袴田再審の争点と結論が完全収録されている。

(2026年10月14日公開)


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