2月27日、日野町事件で、大阪高裁は検察の即時抗告を棄却し、再審開始を認めた大津地裁決定を支持


記者会見で再審開始決定の喜びを語る、阪原弘さんの長男・弘次さん(2023年2月27日、大阪市中央公会堂)

 日野町事件の第2次再審請求即時抗告審で、大阪高裁第3刑事(石川恭司裁判長)は2月27日、検察の即時抗告を棄却し、再審開始を認めた大津地裁決定(2018年)を支持した。検察の最高裁への特別抗告がなければ再審開始が確定し、再審公判が始まる。

 強盗殺人罪で無期懲役が確定し、服役中に75歳で死亡した阪原弘(ひろむ)さんの遺族がえん罪を訴えて裁判のやり直しを求めていたものである。

 決定を受けて、弁護団は、検察官に対して特別抗告を行わず、速やかに再審公判に移行するよう求める声明を発表した。

 決定後、裁判所近くの大阪市中央公会堂で、支援者による報告集会と弁護団の記者会見が開かれた。

 報告集会には、布川事件の櫻井昌司さん、東住吉事件の青木惠子さん 湖東記念病院事件の西山美香さんがかけつけ、挨拶した。一様に喜びをかみしめながら、検察の特別抗告を絶対に許さないと訴えた。

 記者会見では、伊賀興一弁護団長が、大津地裁決定から4年半、大阪高裁では4名の裁判官の交替、2022年3月結審から11か月が経過したことなど再審請求審を振り返ったあと、つぎのように決定に対する感慨を表明した。

 「大津地裁の再審開始の決定をなんとしても維持するために4年半、全力を注いできた。坂原弘さんはこの3月に命日を迎えるので、家族とともにこの決定を墓前で伝えて、濡れ衣で20年も刑務所入れられた、その辛さを少しでも安らげてもらいたい」。

 また、今回の決定の内容について、つぎのように分析した。

 「大阪高裁は死体遺棄現場に阪原さん本人が案内した引当捜査に関する証拠と、阪原さんのアリバイについて慎重に判断した。決定の内容の検証は、弁護団内で今後しっかり行っていきたい。検察は阪原さんの濡れ衣を晴らす妨害をするな、検察が最高裁に特別抗告しないよう運動を強めたい」と結んだ。

 つづいで、阪原弘さんの長男・弘次さん(61歳)は、つぎのように、抗告棄却の喜びを語った。

 「(再審)開始だと確信をもって裁判所にきたが、午後2時の決定文交付の直前になって、心臓が爆発するくらいドキドキした。書記官室で、書記官から口頭で『抗告を棄却する』ということを伝えられて、本当にうれしかった。やっと再審無罪にむけて階段をまた一つ上がることができた、父が逮捕されてから35年という長い年月が経過していますが、再審無罪を勝ち取って、墓前で母やきょうだいと喜び合える日が一日でも早く来るように願っています」。

 今後、検察が3月6日(月)の期限までに、特別抗告するかその動きを注目したい。

【事件の概要と再審】

 1984年12月、滋賀県の日野町で酒店の店主が行方不明となり、翌年1月に酒店とは別の場所の宅地造成地で遺体が発見された。さらに同年4月に別の場所で酒店にあった手提金庫が発見された。このため、強盗殺人事件として捜査が開始された。事件発生から3年後の1988年3月、警察は同店の常連客であった阪原弘さん(当時53歳)を取調べで「自白」させた上で逮捕した。

 阪原さんは、裁判では無実を訴えたが、1995年大津地裁で無期懲役の有罪判決。控訴したが、1997年大阪高裁で控訴棄却となり、最高裁で2000年に有罪が確定した。

 2001年、阪原さんは日弁連の支援を受け、大津地裁に再審請求した。

 大津地裁は2006年阪原さんの再審請求を却下し、阪原さんと弁護団は大阪高裁に即時抗告をした。しかし、阪原さんは、広島刑務所に服役中、2011年3月18日に亡くなった。阪原さんの死亡によって、大阪高裁で審理中だった第一次再審請求は打ち切りになったが、家族が2012年3月30日に大津地裁に対し、第2次再審請求を申し立てた。

 大津地裁は2018年7月11日、再審開始決定(LEX/DB25560764)を出したが、検察が即時抗告していた。

(な)

(2023年03月02日公開) 


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