〈袴田事件・再審〉「外部の複数犯」と袴田さんの弁護団が主張、「味噌工場関係者の犯行」とする検察に反論/第2回公判

小石勝朗 ライター


雨の中、第2回再審公判に向かう袴田巖さんの姉・秀子さん(左)と西嶋勝彦・弁護団長=2023年11月10日、静岡地裁、撮影/小石勝朗

 1966年に静岡県清水市(現・静岡市清水区)で一家4人が殺害された「袴田事件」で、強盗殺人罪などに問われ死刑が確定した元プロボクサー袴田巖さん(87歳)の再審(やり直し裁判)第2回公判が11月10日、静岡地裁(國井恒志裁判長)で開かれた。「犯人は袴田さんが勤務していた味噌工場の関係者で、袴田さんは犯人の事件当時の行動を取ることが可能だった」とする検察の主張(論点①)に対して、袴田さんの弁護団が反論。「外部の複数犯による犯行」との見立てを示し、袴田さんが犯人ではないことを強調した。

検察「味噌工場にあった雨合羽や混合油を犯行に使用」

 10月27日の初公判では、検察が起訴状を朗読。罪状認否では、出頭義務を免除された袴田さんに代わり補佐人の姉・秀子さん(90歳)が「弟・巖に代わりまして無罪を主張いたします」と述べた。その後、確定審に出された証拠調べに入り、検察が論点①の主張・立証をしていた。

 検察は被害者の傷の状態から、事件現場に刃が落ちていたクリ小刀(刃渡り約13cm)が「傷を形成するのに格好なもの」で、凶器だったと立論した。そして、味噌工場にあったはずの雨合羽が事件現場に落ちており、ポケットからクリ小刀のさやが見つかったとして「犯人は工場から雨合羽を着て犯行現場に赴いた」と推定した。

 また、味噌工場にあった混合油が事件の起きた時期に5.6ℓ減っており、使った従業員がいないことなどから「放火に使用された」と見立て、これらから「犯人は味噌工場の関係者であることが強く推認される」と主張した。

 被害者宅にあった現金入りの布袋2つが味噌工場との経路上に落ちていたことも挙げて「犯人が事件当夜、味噌工場を出入りしたことが強く推認される」と分析。袴田さんはこの夜、味噌工場2階の寮の部屋に1人でいたため「他の従業員に気づかれずに味噌工場から雨合羽や混合油を持ち出し、犯行後に工場に戻ることが可能だった」と結論づけていた。

凶器とされたクリ小刀では「できない傷がある」

 一方、弁護団は第2回公判の反証で、クリ小刀が凶器とされたことに疑問を呈した。被害者の傷の中には「クリ小刀では形成することのできない創傷が存在する」とした法医学者らの鑑定を証拠に挙げるとともに、クリ小刀の刃と柄の間に鍔(つば)がないため計40カ所も刺したとすれば「犯人は手のひらに深い傷を負っていたはずだ」と考察した。

 刃体や付着物から人血は検出されなかったとの鑑定結果も提示。被害者宅で日常的に使われていた包丁が1本も見つかっていないとして「犯人が凶器として包丁を使い犯行後に持ち去ったとも考えられる」と推測した。

 雨合羽については当時の調書などをもとに、警察が発見した経緯に不審な点があり、現場の写真も踏まえると「火災後に誰かによってここに置かれた」との見方を示した。

 混合油に対しては、当時、放火に使われた油の鑑定がきちんと行われておらず、味噌工場にあった混合油の使用状況の捜査も不十分だったとして「放火に使用したことには疑問がある」と反論した。被害者のそばに中味がほぼ空の石油缶が放置されており、その付近が最も焼けていたことと併せて「犯人はそれを使って放火した可能性はなかったのか」と問いかけた。

犯行時に履いていたはずの草履には血も油も付着せず

 現金入りの布袋は、被害者宅の押入れにあった8個のうち3個しか持ち去られておらず、金品強取が目的の犯行にしては「著しく不自然」と指摘。犯人が通ったとされる被害者宅の裏木戸はかんぬきや止め金で頑丈に閉じられており、そもそも「人が通過することはできなかった」と断じた。

 さらに、味噌工場の寮では事件当夜、袴田さんの向かいの部屋で同僚2人が寝ていたうえ、宿直室にいた別の1人も人の出入りの気配を感じていなかったと強調。再審請求審で証拠開示された捜査報告書によって「実際には従業員らが火災直後から袴田さんを目撃していた事実が明らかになった」とも言及した。

 袴田さんが犯行時に履いていたとされるゴム草履には血も油も付いていなかったのに警察は証拠化をしなかったと非難したうえで、「袴田さんが検察官の主張するような行動を取ったことを裏づける意味ある証拠は何もない」と結んだ。

 弁護団は法廷で、クリ小刀や雨合羽、石油缶、ゴム草履などの現物を提示したり、袴田さんの取調べの様子を録音したテープを再生したりして、裁判官の五感にアピールした。

公判を終え記者会見に臨む袴田巖さんの弁護団と秀子さん(右から2人目)=2023年11月10日、静岡市葵区、撮影/小石勝朗

「検察の想定は崩れた」と弁護団

 公判終了後、弁護団と秀子さんは静岡市内で記者会見に臨んだ。

 この日の陳述を担当した田中薫弁護士は「弁護団の反論と提示した証拠によって、犯人は味噌工場の関係者だとする検察の想定は崩れた」と自信を見せた。また、陳述では「証拠の『捏造』という言葉は1回も使わなかった。『捏造』は評価の問題で、すべての証拠調べが終わった段階で『これは捏造しかない』となるはずだ」と力を込めた。

 角替清美弁護士は「確定審で出された証拠には、有罪の方向で集められたものしかない。袴田さんに有利な無罪方向の証拠を探し出して主張するのが大変だった」と振り返った。

 一方、秀子さんは「初公判と違って、裁判らしい裁判で面白かった。改めて弁護団の力強さに感謝している」と感想を語った。

 次回・11月20日の第3回公判では、論点②の「味噌工場の醸造タンクから発見された5点の衣類は、袴田さんが犯行時に着用し、事件後に同タンクに隠匿したものである」に入り、検察が主張・立証をする。論点③の「袴田さんが犯人であることを裏づけるその他の事情が存在する」の審理までを年内に終える予定だ。

 年明けから、再審請求審の主要なテーマになった、5点の衣類に付着した血痕をめぐる証拠を調べる。再審でも「1年以上味噌に漬かった血痕に赤みが残るか」が最大の争点になりそうで、弁護団が再審請求審での鑑定結果をもとに「赤みが残ることはない」と主張するのに対し、検察は「血痕に赤みが残っても不自然ではない」とする法医学者の共同鑑定書などを新証拠として提出。地裁は双方が請求する法医学者らの証人尋問を実施する方針だ。

【袴田事件の再審決定後の動き】は以下を参照(編集部)
〈袴田事件・再審〉初公判で袴田巖さんに代わり姉が無罪を主張/検察は有罪の立証、結審は来年5月以降の公算
〈袴田事件・再審〉初公判は10月27日、年明けに証人尋問へ/ボクシング世界王者らは検察に有罪立証しないよう要請
〈袴田事件・再審〉公判の候補日として地裁が12回の日程を提示/証人尋問を実施の見通し、来年3月までに結審へ

◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう) 
 朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。

(2023年11月17日公開)


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