〈袴田事件・再審〉初公判は10月27日、年明けに証人尋問へ/ボクシング世界王者らは検察に有罪立証しないよう要請

小石勝朗 ライター


再審公判の審理日程を説明する袴田巖さんの弁護団と姉・秀子さん(中央)=2023年9月27日、静岡市葵区の静岡県弁護士会館、撮影/小石勝朗

 袴田事件(1966年)の再審公判へ向けて、死刑が確定した元プロボクサー袴田巖さん(87歳)の弁護団と裁判所、検察による第6回事前協議が9月27日、静岡地裁(國井恒志裁判長)であった。初公判を10月27日に開くことで合意するとともに、年内に確定審と再審請求審でテーマになった証拠を調べる日程が固まり、年明けには証人尋問が実施される方向になった。地裁は来年3月末までに結審する意向を示しているが、判決の時期はまだ見通せない。

 事前協議は非公開で行われ、終了後に弁護団が静岡市内で記者会見して概要を説明した。

 地裁は前回の事前協議で、初公判を10月27日とし、来年3月27日までに計12の期日を入れる日程案を提示した。弁護団はその場で同意していたが、検察も今回の協議で受け入れたという。初公判では、起訴状の朗読、罪状認否に続いて検察と弁護団がそれぞれ冒頭陳述をする。その後、証拠調べに入る。

裁判長が袴田さんと面会、出頭義務の免除を判断

 初公判までの焦点は、地裁が袴田さんの出頭義務を免除するかどうかだ。

 弁護団は5月に、袴田さんが長期の身柄拘束により精神障害の一種の「拘禁反応」を患っているとする精神科医の診断書を地裁へ提出し、出頭義務の免除を要請した。診断書には「強引に出頭させて手続きを進めた場合は身体的・精神的不調をきたすおそれがある」と記されている。これに対し検察は、この診断書だけでは「心神喪失状態と判断するには不十分」との考えを示し、中立的な医師の診断書なども踏まえて決めるよう地裁に求めている。

 國井裁判長らは9月下旬に袴田さんと面会しており、弁護団が追加で提出する資料と併せて、初公判までに出頭義務を免除するかどうか判断する。袴田さんが出頭しない場合は、補佐人の姉・秀子さん(90歳)が罪状認否をする可能性があるという。

証人の採否が審理のスピードを左右

 再審公判では、11月まで3回の期日で確定審に出された証拠を調べる。検察が設定した①犯人は味噌工場の関係者であることが強く推認されるうえ、犯人の事件当時の行動を袴田さんが取ることが可能だった、②5点の衣類は袴田さんの犯行着衣である、③袴田さんが犯人であることと整合するその他の事情が存在する──の3つの論点ごとに、検察の有罪立証と弁護団の反論・無罪主張を交互に行う。

 12月の2回の期日では、再審請求審で争点になったテーマの証拠調べに移る。5点の衣類に付着した血痕をめぐり、①1年以上味噌に漬かっても赤みが残るか、②袴田さんの型とも被害者4人の型とも一致しないと結論づけたDNA鑑定に信用性があるか──について論戦が展開される。

 地裁は来年1、2月の4回の期日で証人尋問をする方針とみられ、この日の協議で検察と弁護団がそれぞれ請求する証人を明らかにした。検察は、1年以上味噌に漬かった血痕に「赤みが残っても不自然ではない」との鑑定書を再審開始決定後にまとめるなどした法医学者2人と、観察条件によって色の見え方が異なることを立証するための専門家ら3人の計5人を、弁護団は再審請求審で「赤みが残ることはない」との鑑定書を出した旭川医科大教授(法医学)ら4人を挙げたという。

 弁護団は、検察が請求する法医学者のうち1人は「証人に採用されてもやむを得ない」と捉える一方で、他の候補者については「必要性がないし重複もしている」(間光洋弁護士)と同意しない考えだ。弁護団は早期結審・早期判決を目指しているが、地裁がどこまで証人を採用するかが審理のスピードを左右しそうだ。

「検察は虚偽の証拠や主張を無視」

 弁護団はこの日の協議に合わせて、検察の主張立証内容に対する意見を書面にまとめ、地裁へ提出した。「自らの数々の虚偽の証拠や主張は無視しておきながら、これまで証拠として無価値と評価されてきた些末な事情を重要な間接事実であるかのように主張しているにすぎない」と厳しく批判している。

 検察が、犯人は味噌工場の関係者だと主張することに対しては、それ以上に「外部犯人を疑わせる事実が多数存在する」と反論し、「当初は(被害者宅に)招き入れられた外部の何者かが、何らかの理由で居直って凶行に及んだとみることが相当である」と見立てた。

 5点の衣類が袴田さんの犯行着衣だとしている点については「再審請求審で5点の衣類は犯行着衣ではなく袴田さんの物でもない、捏造証拠である可能性が大きいと指摘されている」と強調したうえで、「再審請求審で行われてきた主張の蒸し返しで、再審公判において許されるものではない」と検察の姿勢を非難した。「その他の事情」についても「およそ犯人性の認定に使えない」と断じている。

 5点の衣類に付着した血痕の色合いをめぐって、検察が新たに提出する7人の法医学者による共同鑑定書に対しては「実験を伴わない机上の可能性の議論」と一蹴。検察の味噌漬け実験が「赤みの残りやすい条件で実施された」とした再審請求・差戻し審の認定に異を唱えていることについても「検察と弁護団の写真の撮影条件を比較対照して検討した判断であり、証拠に基づく事実認定だ」と反発している。

白いバンデージを拳に巻いて袴田巖さんの「潔白」をアピールする世界王者の寺地拳四朗選手(右)と袴田さんの姉・秀子さん=2023年10月3日、東京・霞が関の司法記者クラブ、撮影/小石勝朗

白いバンデージで潔白をアピール

 初公判の日程が決まり、袴田さんの支援団体も行動を起こしている。

 日本プロボクシング協会の袴田巖支援委員会は10月3日、東京高検への要請行動をした。再審公判で検察が有罪立証をしないよう訴え、裁判を続けるのであればすべての証拠を開示するなど公平なルールで臨むよう求めた。

 WBA、WBC世界統一チャンピオンの寺地拳四朗選手(31歳)をはじめ、現・元プロボクサーら15人が参加。高検前で1人ずつマイクを握り「1日も早く無罪判決を」「袴田さんに自由を、秀子さんに安心を」「ボクシングへの偏見が悔しい」などとアピールした。

 参加者は袴田さんの潔白を示すため白いバンデージを拳に巻いた。秀子さんも着用し「57年闘った。あと半年で決着がつく。絶対に無罪を勝ち取る」と力を込めた。寺地選手は記者会見で「(検察は)なんでここまで引っ張るのか。一刻も早く無罪判決を、と改めて思った」と感想を語った。

再審公判の「モニター傍聴」を地裁に要請

 再審公判の開始を前に支援団体が問題視しているのは、静岡地裁の法廷の傍聴席が極めて少なくなりそうなことだ。国内外で注目される裁判だけに傍聴希望者が殺到することが予想されるが、使用予定の法廷はそれほど大きくないうえ、マスコミや関係者の席が設けられればその分、一般向けの席が減るからだ。

 ボクシング協会の袴田巖支援委を含む8団体は、裁判を傍聴する権利は憲法で保障されていると主張。再審公判の期日には静岡地裁で他の公判や口頭弁論を開かないとされていることに着目し、空いている別の法廷で再審公判の様子を「モニター傍聴」できるように地裁へ要請している。「開かれた司法」を実践するためにも、地裁の柔軟な対応が強く望まれる。

【袴田事件の再審決定後の動き】は以下を参照(編集部)
〈袴田事件・再審〉公判の候補日として地裁が12回の日程を提示/証人尋問を実施の見通し、来年3月までに結審へ
〈袴田事件・再審〉検察の新証拠は「血痕の色」の共同鑑定書など16点/弁護団は却下を要求へ、裁判所の対応が焦点に
〈袴田事件・再審〉検察が「有罪」を立証の方針/弁護団は「蒸し返し」と強く反発、判決まで長期化のおそれ

◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう) 
 朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。

(2023年10月10日公開)


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