〈袴田事件・再審〉初公判で袴田巖さんに代わり姉が無罪を主張/検察は有罪の立証、結審は来年5月以降の公算

小石勝朗 ライター


再審の初公判へ向かう袴田巖さんの姉・秀子さん(前列・左から2人目)と弁護団=2023年10月27日、静岡地裁前、撮影/小石勝朗

 1966年に静岡県清水市(現・静岡市清水区)で一家4人が殺害された「袴田事件」で、死刑が確定した元プロボクサー袴田巖さん(87歳)の再審(やり直し裁判)が10月27日、静岡地裁(國井恒志裁判長)で始まった。初公判の罪状認否では、出頭義務を免除された袴田さんに代わって姉の秀子さん(90歳)が改めて弟の無罪を主張。一方の検察は、袴田さんに対し有罪の立証に入った。地裁は来年3月末までに結審する意向を示していたが、審理はさらに長期化する見通しで、結審は来年5月以降、判決は来夏以降になる公算が大きい。

罪状認否で検察にも「お世話になりました」

 初公判では最初に、國井裁判長が起訴から再審に至った経緯と、袴田さんの出頭義務を免除した理由を説明した。袴田さんは逮捕から死刑確定を経て2014年に釈放されるまで47年7カ月もの間、身柄を拘束されたために、精神障害の一種である「拘禁反応」を患っている。國井裁判長らは9月下旬に袴田さんと面会したうえで、刑事訴訟法の規定に基づき「心神喪失の状態にある」と判断し、出頭を求めなかった。

 続いて、検察が起訴状を朗読。罪状認否では、袴田さんの補佐人の秀子さんがこう述べた。

 「1966年11月15日、静岡地裁の初公判で、弟・巖は無罪を主張いたしました。それから57年にわたって、紆余曲折、艱難辛苦がございました。本日、再審裁判で再び、私も弟・巖に代わりまして無罪を主張いたします。長き裁判で、裁判所並びに弁護士及び検察庁の皆さま方には、大変お世話になりました。どうか弟・巖に真の自由をお与えくださいますよう、お願い申し上げます」。

検察「5点の衣類は袴田さんの犯行着衣」

 その後、検察と袴田さんの弁護団がそれぞれ冒頭陳述をした。

 検察は、盗みの目的で被害者宅に侵入した袴田さんが家人に見つかったため、持っていたクリ小刀で一家4人を相次いで殺害し、押入れにあった現金を奪ったうえ混合油をまいて火をつけた、と事件の構図を描いた。

 クリ小刀のさやが味噌工場にあったはずの雨合羽のポケットから見つかり、また、味噌工場の混合油が放火に使われた可能性が高いことなどを理由に、犯人は味噌工場の関係者だと推定。事件当夜、従業員だった袴田さんは工場に立ち入って雨合羽や混合油を持ち出すことが可能だったと見立てた。

 事件発生の1年2カ月後に味噌工場の醸造タンクで発見された「5点の衣類」については、事件前に袴田さんが着ていた衣類と酷似しており、そのうちのズボンの端切れが袴田さんの実家にあったことなどを挙げて「袴田さんのものである」と強調した。

 さらに、半袖シャツの穴と袴田さんの傷跡の場所が一致するとして「袴田さんが犯行時に5点の衣類を着用していたことが裏づけられている」と立論。見つかった醸造タンク内での作業はもっぱら袴田さんの担当だったことから「袴田さんが同タンクに5点の衣類を隠匿した」と説明した。

 東京高裁が今年3月に出した再審開始決定は、5点の衣類に付着した血痕に赤みが残っていたことを根拠に「発見直前に袴田さん以外の第三者がタンクに投入した可能性」を認定し、「捜査機関による証拠捏造」にも踏み込んだ。これに対し検察は、再審公判で「血痕に赤みが残り得ること、したがって血痕の色合いは袴田さんが事件後に5点の衣類をタンクに隠匿したことと何ら矛盾しないことを主張・立証する」と宣言した。

弁護団「裁かれるべきは警察、検察、弁護人、裁判官」

 一方の弁護団は「誤った死刑判決は袴田さんに48年間もの苛酷な拘置所生活を強いてきた。釈放されても回復しがたい重大な精神的ダメージを与えてしまった」と切り出した。そして、再審公判で裁かれるべきは「警察であり、検察であり、さらに弁護人及び裁判官であり、ひいては信じがたいほどひどい冤罪を生み出した我が国の司法制度」だと指摘した。

 事件の構図については「犯人は1人ではなく複数の外部の者であって、動機は強盗ではなく怨恨だった。犯人たちは深夜に侵入したのではなく、被害者らが起きていた時から被害者宅に入り込んでいた。そして、4人を殺害して放火した後、(味噌工場と反対方向の)表シャッターから逃げて行った」として、検察の見立てを真っ向から否定した。

 根拠として、家の外に逃げ出した被害者がおらず隣家に物音も聞こえなかったこと、被害者に防御の傷がほとんどないこと、被害者が腕時計をしていたこと、室内に物色された形跡がなく多額の現金が残されていたことなどを列挙。犯行や犯人と味噌工場は無関係であるうえ、袴田さんには動機がなく、アリバイも成立すると訴えた。

 5点の衣類については「(再審請求審の)静岡地裁でも東京高裁でも、捜査機関による捏造証拠の可能性が高いと指摘された」と強調し、証拠からの排除を主張した。最後に、検察に対し有罪立証をただちに放棄するよう求め、「袴田さんは無罪だ」と力を込めた。

「血痕の赤み」を主テーマに証人尋問へ

 再審では12月までの公判で、主に確定審に出された証拠を調べる。検察が設定した論点ごとに、検察の有罪立証と弁護団の反論・無罪主張を交互に行う。論点は、①犯人は味噌工場の関係者であることが強く推認されるうえ、証拠から推認される犯人の事件当時の行動を袴田さんが取ることが可能だった、②味噌工場の醸造タンクから発見された5点の衣類は、袴田さんが犯行時に着用し、事件後に同タンクに隠匿したものである、③袴田さんが犯人であることを裏づけるその他の事情が存在する——の3つだ。

 初公判では、午後から①の論点の審理に入り、検察が立証をした。次回の公判では弁護団が反論。その後、②の論点に移る。

 それ以降の公判では、再審請求審の主要な争点になった、5点の衣類に付着した血痕をめぐる証拠を調べる。①1年以上味噌に漬かった血痕に赤みが残るか、②袴田さんの型とも被害者4人の型とも一致しないと結論づけたDNA鑑定に信用性があるか——がポイントだ。検察は「血痕に赤みが残っても不自然ではない」とする法医学者の共同鑑定書などを新証拠として提出する方針を明らかにしている。

 年明けには、双方が請求する法医学者らの証人尋問が実施される見通しだ。証人尋問は「血痕の赤み」を主テーマに来年3月までかかる可能性が出ており、地裁が当初目指した年度内の結審は難しい状況という。弁護団は「証人の数や時間を抑えることで審理の期間は圧縮できる」と受けとめているものの、地裁は論告求刑や最終弁論の日程案として「来年5月22日~6月5日」を提示しており、その通りに進めば判決は夏以降になりそうだ。

初公判を終えて記者会見に臨む袴田秀子さん(中央)と弁護団の西嶋勝彦団長(右)、小川秀世事務局長(左)=2023年10月27日、静岡市葵区、撮影/小石勝朗

「印象操作をしている」と検察を批判

 初公判の終了後、秀子さんと弁護団は静岡市内で記者会見に臨んだ。検察の有罪立証への批判が渦巻いた。

 小川秀世・弁護団事務局長は「検察の冒頭陳述も主張立証も、確定判決の域を出ない。いったい何のために今回の公判を続けようとしているのか。はっきり有罪立証を放棄すべきだった。強い憤りを感じる」と非難した。

 角替清美弁護士は「検察は袴田さんを有罪にできるとは思っていない。『犯人らしい』『怪しい』という印象操作をして、事件当時の検察の対応はおかしくなかったとアピールしている」と読み解いた。

 秀子さんは「初めて裁判に出て、のんべんだらりとやっているから(逮捕から)57年もかかったのだと思った。もっとサッサとやってほしい」と率直な感想を語った。袴田さんには初公判のことは伝えていないそうだ。

 当の袴田さんは支援者の車でドライブに出かけるのが最近の日課だが、この日は腰を痛めたため外出しなかった。支援者によると、最近は車内で笑みを見せることが多いそうで、逮捕時に1歳だった息子と一緒にいる場面を妄想している様子だという。同じ妄想でもこれまでは「バイ菌と闘う」といった内容が多かっただけに、心が穏やかになっていると言えるかもしれない。

地裁は「モニター傍聴」に応じず

 再審公判は公開の法廷で行われる。ただ、静岡地裁は今回、「検察と弁護団によるプレゼンテーションの資料を投影できる設備がある」として、地裁で一番広い法廷ではなく、傍聴席が48しかない法廷を使用した。しかも、地元の記者クラブなどへ記者席を優先的に割り当てたため一般傍聴席は26しかなく、傍聴希望者280人に対し10倍を超える倍率になった。

 袴田さんの支援団体は、抽選にはずれた希望者のために別室で法廷の映像や音声を「モニター傍聴」させるよう要請していたが、地裁は応じなかった。再審公判は国内外から大きな注目を集めているだけに「裁判の公開」の観点から課題を残した。

*再審の第2回公判は、11月10日(金)に行われる。

【袴田事件の再審決定後の動き】は以下を参照(編集部)
〈袴田事件・再審〉初公判は10月27日、年明けに証人尋問へ/ボクシング世界王者らは検察に有罪立証しないよう要請
〈袴田事件・再審〉公判の候補日として地裁が12回の日程を提示/証人尋問を実施の見通し、来年3月までに結審へ
〈袴田事件・再審〉検察の新証拠は「血痕の色」の共同鑑定書など16点/弁護団は却下を要求へ、裁判所の対応が焦点に

◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう) 
 朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。

(2023年11月02日公開)


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