ニュースレター台湾刑事法の動き(第3回)

司法院大法官会議/性侵害犯罪防治法の伝聞例外規定に関する憲法判断


司法院の建物(正面)

1 はじめに

 性犯罪被害者が司法警察職員(司法警察官と司法警察をいう1) 。以下同じ)による取調べにおいてした供述の証拠能力につき、台湾の性侵害犯罪防治法(以下「性防法」という)17条1号は、「被害者が検察事務官、司法警察官、及び司法警察 の取調べ中にした供述は、次に掲げる場合において、信用すべき特別の状況の存することが証明され、かつ、犯罪事実の存否の証明に欠かせないものであるとき、証拠とすることができる。一 被害者は性犯罪によるトラウマのため、公判準備若しくは公判期日において供述することができないとき」(以下「本規定」という)と規定している2)

 本規定により、被告人の尋問権が制限されるため、台湾の憲法(以下「憲法」という)8条と16条に反しないかという問題が起こる3) 。台湾の司法院大法官会議は2020年2月27日に789号大法官解釈(以下「本解釈」という)を作成し、憲法に違反しないという結論を出した4) 。以下、本解釈理由書の内容を要約して紹介する。

2 被告人の尋問権の制限

 身体の自由と訴訟権の保障は、憲法8条及び16条に規定されている。これらの憲法上の権利に基づき、刑事被告人は裁判を受ける際に、法に基づく適正手続(due process)の保障を受けなければならない。公判廷で証人に対し尋問することは、上記適正手続の内容の一つであり、最大限に保障されるべき権利である。公判期日外における被害者の供述を内容とする証拠は、公判廷で反対尋問を通じて供述の信用性を検討する機会がないため、伝聞証拠にあたり、原則として証拠とすることができない5) 。特に性犯罪事件は第三者がいない環境で起こることが多いので、被告人が反対尋問によって被害者の供述の信用性を検討する必要性は、一般の事件より高まる。そこで、本規定により被害者の司法警察職員の面前調書が証拠として認められれば、それは憲法上保障されている被告人の尋問権を制限することになるのである。

3 本規定の求める法律上の利益

 一方、性犯罪被害者は法廷で証人として尋問を受ける際に、被告人から見られていること、他人に知られたくない私事が暴かれていること、及び重ねて被害を受けるに至った経緯を供述することからみると、被害者のトラウマを一層悪化させるおそれもある。本規定は真実発見の目的はもちろん、被害者の司法警察職員の面前調書について証拠能力を認めることにより、被害者が公判廷で証言する際に2度トラウマを被るおそれを回避するという重要な法律上の利益があるともいえる。

 本解釈は、上記被告人の証人に対する反対尋問の権利と本規定の求める法律利益を比較衡量した上で、①司法警察職員の面前調書を証拠として使えるのが最後の手段であること、②被告人の訴訟防御権について起こりえる損失に応じ、代替的な保障(counterbalance)の措置を提供していることという要件を充たした場合にのみ、本規定が憲法に反しないと説示した。

4 本規定の要件について

(1)供述できないこと

 性防法17条2号が「二 被害者は公判廷に出廷したにもかかわらず、精神的ストレスのため供述できないとき又は供述を拒むとき」と規定している。そのため、本規定は、被害者が終始公判期日に出廷しなかった場合に限っている。

 被告人の尋問権は、上述したように最大限に保障されるべき権利であるが、「性犯罪によるトラウマのため供述できない」との要件は、例外的に伝聞証拠を用いるべき必要性を基礎づける。それゆえ、この要件は厳格に限定して理解される必要がある。つまり、被害者がトラウマの原因で公判準備または公判期日に出廷し、再び証言させることが現実に既に期待できないときに限られているのである。このような事情があると認める前に、裁判所は、出来る限り被害者を出廷させるべきである。

 この要件に当たるのか否かを判断するにあたって、裁判所は、検察官が提出する証拠に対して、必要な取調べを行わなければならない。被告人は取調べの方法、順序および結果に対し、意見を述べ、証人と鑑定人を尋問する権利がある。なお、事案の事情次第では、性防法16条1項6)に規定されている映像と音声の送受信設備と遮蔽措置を利用して、被害者の保護と刑事訴訟の真実発見との2つの目的を調和することができる場合、本規定を適用する必要はない。

(2)信用すべき特別の状況

 本解釈は、信用すべき特別の状況について、調査すべき対象として、供述がなされた際の外部的環境と関連する事情とを総合的に判断しなければならないと説示した上で、具体的に個別の事情を挙げた。詳しく言うと、その供述が強制、脅迫、詐欺、誘導的な取調べ、または長時間の取調べなど不当な外力により得られたものであってはならない。次に、取調官が専門的な知識を有していたか否か、供述がなされるときに被害者の付添人が立会っていたか否か、事案が発生してから被害者が供述するまでの時間的な隔たり、供述がなされるときに被害者の態度、反応、言葉の表現と供述内容の具体性などの事情にも言及されている。

 本解釈は、特に裁判所が上記の各事情を取調べる際にジェンダー・ステレオタイプの悪影響を受けることを避けるよう意識すべき旨を説示した。上記の各事情に関連する要証事実の挙証責任は、検察官が負う。反対尋問による検証に代替し得るほどの高い信用性を保障する事情があると認められる場合に、はじめて当該要件を充たす。さらに、被告人の訴訟防御権を保障するために、被害者の供述およびその状況を録音および録画を同時に行う方法により記録しておかなければならない。被告人は、取調官、供述内容を調書に記載する者など関係者を、証人、鑑定人として尋問し、または取調べ録音・録画を公判廷で取り調べる 際に意見を述べることができる。

5 代替的保障 の措置

 被害者へ尋問できないことからみると、被告人の訴訟防御権の保障は不十分である。本解釈は、欧州人権裁判所の判例を参考として、被告人の訴訟防御権の制約を填補するため、裁判所が効果的な代替的保障のための措置を提供すべきだと説示し、具体的な内容として2点を挙げた。それは、【1】証拠調べ手続において、被告人の他の証人に対する尋問権を強化すること、【2】被告人を有罪とする場合には、被害者の司法警察職員面前調書を唯一または主要な証拠とすることができず、供述内容が信用できると認められる補強証拠を他に要するとしたことである。

6 まとめ

 本解釈は合憲限定解釈の手法を通じ、本規定が一定の要件を満たす範囲で憲法8条と16条に反しないと判断した。

 本解釈をまとめると、本規定の判断枠組みは以下のように整理できる。㋐裁判所は出来るだけ映像と音声の送受信設備と遮蔽措置などを利用し、被害者が被告人から目視できない状態で出廷し証言させることを図る。これは、被告人の尋問権の保障はもとより、裁判官が証人の言動を見ながら証言の信用性を判断するという直接審理の原理(直接主義)も満たしている。
 この要件の充足に加えて、㋑被害者が性犯罪によるトラウマのため出廷できないこと、および㋒信用すべき特別の状況の調査という、㋐㋑㋒要件に当たる場合にのみ、被害者の司法警察職員の面前調書は最後の手段として認められ、証拠として用いることができる(前述の①)。そして、㋓上記㋑㋒要件の調査にあたって、関連する証人または鑑定人に対する被告人の尋問権を強化する7) 。㋔被告人を有罪とする場合に、被害者の司法警察職員面前調書を唯一または主要な証拠とすることができない。㋓㋔要件は代替的保障のための措置に該当する(前述の②)。特に㋔要件は証拠能力でなく、証明力を判断する際、裁判官の自由心証に対し付される制限だと思われる。最後に、本解釈の位置づけとしては、伝聞例外の許容要件に触れて8) 、判断すべき具体的な事柄を説明した点で、意義を有するものといえる。

◎執筆者プロフィール

黄 佳彦(ホワン・ジアイエン)

台湾新北地方検察署検察官

注/用語解説   [ + ]

(2020年08月24日公開)


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