ニュースレター台湾刑事法の動き(第4回)

台湾の「姦通罪」にピリオド/司法院大法官釈字第791号解釈


司法院憲法法廷(2020年5月28日)

1 はじめに

 2020年5月28日、司法院大法官会議1)は、裁判所と人民から提起されていた姦通罪などに関する違憲審査の申立てに対して、「釈字第791号解釈」を発した。それによれば、大法官15名のうち賛成5名、意見付き賛成9名、反対1名で、刑法第239条姦通罪(台湾刑法での表記は「通姦罪」、以下同じ)及び刑事訴訟法第239条但書(姦通罪における告訴取下げの例外規定)が憲法違反であると判断し、即日失効するとした。これにより、現行刑法施行以来、80年以上も続いた姦通罪にピリオドが打たれた。

 姦通罪の違憲問題をめぐっては、2002年に合憲と判断されたこともあり、大法官が見解を変更するという意味において、異例な対応であると言えよう。紙幅の関係で、以下は問題の背景を説明したのち、今回の大法官解釈の要旨について説明する。

2 改正の背景

 問題となった条文は2つある。1つは刑法第239条で、「配偶者のある者が他人と姦通したとき、1年以下の有期懲役に処する。その相姦者、また同じ」と規定されている。また、姦通罪は親告罪とされ、姦通者の配偶者が縦容または宥恕したときは告訴できないと規定されている。もう1つは刑事訴訟法第239条で、「親告罪において、共犯の一人に対して告訴又は告訴を取り下げたときは、その効力は、その他の共犯者に及ぶ。但し、刑法第239条の罪について、配偶者に対して告訴を取り下げたときは、その効力は相姦者に及ばない」とされている。姦通行為処罰の合憲性に加え、既婚者が妻もしくは夫以外の人と性的な関係を結ぶことを処罰の対象としているにもかかわらず、告訴権者が告訴を取り下げることで、相姦者だけが処罰されることがあり得ることも、かねてから問題視されてきた。

 この問題をめぐって、2002年に大法官が第554号解釈において、姦通罪は合憲であると判断した(但し、この解釈はあくまでも姦通罪のみに対するものであることに注意を要する)。その要旨は、以下の通りである。

 婚姻制度は憲法で保障されている制度であり、社会的機能を有している。婚姻制度の存続とその完全性を確保するために、規範を制定し夫婦双方の忠誠義務を定めることは許される。また、性的自由は、性的行為をするか否か、並びに誰とするかについて自主的に決めることを認めているが、憲法第22条2)により、社会秩序及び公の利益を害しない範囲にのみ保障されると解すべきである。したがって、性的自由は婚姻及び家庭制度の制約を受けるべきであり、婚姻存続中の配偶者のいずれかの、第三者との性的関係について如何に制限するか、そして、その違反に対して刑罰を設けるかは、立法機関が国情を斟酌して定めるべきである。

 刑法第239条の姦通者及び相姦者に対して有期刑を科す規定は、人民の性的自由に対して制限を設けているものの、婚姻及び家庭制度、並びに社会的秩序を維持するうえで必要なものであり、その制限が厳しすぎないように、姦通罪に親告罪規定が設けられ、姦通者の配偶者が縦容または宥恕した場合での告訴権の制限も設けられている。それは立法者が婚姻及び家庭制度への保護並びに性的自由を考慮して行った価値判断であり、立法裁量の限界を超えておらず、憲法第23条3)でいう比例原則に反するものでもない。

 しかし、今回の解釈の背景として、前回の解釈から18年も経ち、社会の風潮が著しく変化したことがある。前記刑法及び刑訴法について、再度の解釈を求める申立ては、裁判官が行ったものだけでも十数件に上ったことで、大法官は審理に踏み切った。2020年3月31日、大法官は申立人及び関係機関の代表者を集め弁論を開き、それを踏まえて、同年5月28日に釈字第791号解釈が宣言されるに至った。

釈字第791号解釈を読み上げる大法官(2020年5月28日、司法院憲法法廷)

3 大法官の判断

 問題となる2つの条文について、大法官釈字第791号解釈の理由要旨は、以下の通りである。

(刑法の姦通罪について)

 まず、婚姻制度は憲法により保障されている制度である一方、近年、婚姻制度が担う社会的機能が相対化されており、その憲法上の評価を再検討する必要性が生じたうえ、基本的人権についても、プライバシーは憲法第22条が保障する権利として認められていること等に鑑み、第554号解釈の内容について、新たな視点により審査する必要がある。性的自主権は人格と不可分の関係を有し、憲法第22条が保障する基本的人権である。

 姦通罪は、配偶者を有する者の第三者との性的関係を禁じ、性的自主権に制限を設けているため、その制限は憲法の比例原則に適合しなければならない。国が、婚姻制度及び個別の婚姻の存続を図り規範を制定することには合理性があり、刑罰の一般的予防機能を用いることで、姦通行為を抑止することについても一定の効果があるものの、婚姻への忠誠の履行は直ちに婚姻そのものと同一視することができず、配偶者のいずれかが、婚姻への忠誠の履行に反した場合、配偶者間の関係を害するおそれがあっても、当然に婚姻関係の存続を害するとはいえない。

 そのため、刑罰をもって姦通行為を抑止することは、婚姻制度、あるいは、個別の婚姻関係の維持という目的の達成からすれば、その適合性は比較的弱く、刑法の謙抑性原則からしても、私人間の権利義務にかかわる行為を主とした個人的感情を害する行為を処罰範囲内とすべきでもない。姦通罪により実現しうる公的利益は大きいとはいえないにもかかわらず、刑事罰を設けることにより、人民の性的自主権は直接に制限されるのみならず、その訴追や裁判により、公的権力が極私的領域に一気に介入し、プライバシーへの深刻な干渉となる。

 したがって、姦通罪がもたらす害は、それにより維持しようとする利益を大きく上回り、均衡を失っているといわざるを得ず、憲法第22条が保障する性的自主権に対する制限は、憲法第23条でいう比例原則に適合しない。刑法第239条は、本解釈の公布する日より効力を失うとし、第554号解釈の趣旨についても、この範囲内において変更する。

(刑事訴訟法第239条但書について)

 同条は必要的共犯である姦通罪の犯人に対する告訴に対して異なる扱いを設けており、この扱いが平等権の保障に反するか否かは、それと立法目的との実質的関連性が認められるか否かによる。当規定の目的は、姦通行為をした配偶者に対する告訴を取り下げることによって婚姻の継続を図ることにあるが、告訴取下げの効力が相姦者に及ぶかは、婚姻関係の継続との間で実質的関連性が認められない。

 なぜなら、取下げは婚姻継続の是非を決めたうえで行うことが多く、往々にして、相姦者に対する訴追処罰も、告訴権者にとって報復という意味しかないためである。ましてや、相姦者に対する裁判において、その相手に証人として交互尋問を受けさせることもあり、配偶者間の婚姻破綻を深めるおそれがあり、婚姻の修復との間にも実質的関連性を有するとは限らない。この規定により、相姦者が単独で罪責を負うに至ることになりかねず、必要的共犯たる姦通罪の行為者と相姦者で異なる扱いをすることは、立法目的との実質的関連性を欠き、憲法第7条にいう平等権の保障に反することである。しかも、同条は、刑法第239条の姦通罪が合憲であることを前提にしなければならないが、前述のとおり、刑法第239条は効力を失うこととされている。したがって、刑事訴訟法第239条但書は、憲法第7条の平等権に反すること、および根拠たる刑法規定を失うことにより、本解釈の公布日に効力を失うこととする。

(訴追された者の性差について)

 上記のほかに、この解釈の傍論として、実際に訴追された者の性差についても言及された。姦通罪は必要的共犯であり、本来ならば、処罰される者は男女同数のはずであるが、長期にわたって処罰される女性が男性より明らかに多い状況が続いたことから、女性は同罪の訴追審理において不利な立場に置かれていることがわかった。これが憲法増補条文第10条第6項にいう性別平等促進の要求に反しているかは疑問が残るが、問題となる両条文の憲法違反が明らかになったことにより問題は解消する、と指摘した。

4 おわりに

 このように、2002年の大法官解釈は、立法者の裁量権に着目して、婚姻制度維持の範囲を超えない程度において、性的自由への制限を含んだ姦通罪について合憲の判断を行ったが、今回は、姦通罪が達成しうる公的利益と、それがもたらす私的領域への弊害を天秤にかけ、目的と規制手段の均衡を問う比例原則の判断で、違憲と判断した。

 確かに、姦通罪の是非は違憲審査ではなく、日本が1947年に姦通罪を削除したように、それを将来の法改正に託すという方法も考えられなくはないが、社会的コンセンサスの形成には相当な時間を要し、期待しにくい。

 一方、プライバシーや性的自主権が重みを増すのに比して、処罰規定の維持から見出せる利益が希薄化している原因は、やはり婚姻制度の社会的機能の著しい変化であろう。この点も、立法目的との実質的関連性を欠くことを理由にして併せて違憲と判断された姦通罪における告訴取下げの例外規定に対する指摘から看取することができる。なお、報道によれば、姦通罪の即日失効宣告により、33名の受刑者の刑期が短縮され、うちの5名が当日釈放された。また、違憲とされた両条文は、今後削除される見通しである。

参考資料

1 釈字第791号解釈全文(中国語)
https://cons.judicial.gov.tw/jcc/zh-tw/jep03/show?expno=791

2 中央通訊社 姦通罪は「違憲」 大法官会議が判断/台湾(日本語ニュース)
http://japan.cna.com.tw/news/asoc/202005290010.aspx

◎執筆者プロフィール

呉 柏蒼(ゴ ハクソウ)
 信州大学経法学部講師。台湾法務部司法官学院非常勤研究委員。慶應義塾大学博士(法学)取得。
 近年の業績として、以下がある。
「平成27 年版検察講義案」中国語版監訳(2020年)
「台湾における条件付起訴猶予の運用による薬物自己使用対策について」(法学政治学論究第119号、2018年)
「台湾の没収制度における被害者の損害回復――民事請求権への対応を中心に」(被害者学研究第29号、2019年)
「日本近年関於自由刑制度改革之議論:以自由刑單一化與法制審議會之議論為中心」(中国語。「刑事政策與犯罪防治」第23期、2019年)など。

注/用語解説   [ + ]

(2020年12月04日公開)


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