1月5日、岡山市の岡山操山高校通信制課程の科目「公共」で「えん罪」がテーマに


科目「公共」の授業で、甲山事件とえん罪について講義する宮田拓先生(左端)と授業を受ける生徒(2025年1月5日。岡山市の岡山県立岡山操山高等学校・百周年記念館にて。刑事弁護オアシス編集部撮影)

 1月5日(日)、岡山市にある岡山県立岡山操山高等学校通信制課程の科目「公共」の授業が行われた。この日は、20名の生徒が参加した。

 操山高校通信制では、日曜日と月曜日が学校に来るスクーリングの日で、この日は、後期全6回授業の最後の授業で、甲山事件の山田悦子さんがゲストとして招かれた。

「えん罪・甲山事件」は、担当の先生が独自に選んだテーマ

 科目「公共」は、現在の高等学校では、公民教科の中にある「必履修科目」である。

 この教科について、同通信制課程のシラバスでは次のように説明している。「世界が大きく変化していく時代です。私たちが思い描く未来を実現するために、他者とともに歩む社会を創るために、何ができるでしょうか。それを考えるために学んでいくのが『公共』です」。

 今回の科目「公共」の授業内容は、「えん罪・甲山事件」である。担当の宮田拓(44歳)先生が、司法から社会を考えるために独自に選んだテーマである。

 授業は、甲山事件の無罪判決が下った日のテレビニュースの録画を流した後、宮田先生が、「どんな人でも、えん罪の被害者にも、加害者にもなる可能性はある」と、えん罪について解説した。この後、山田さんからか甲山事件の詳しい内容が紹介された。そして、昨年10月に開講した自主ゼミ「甲山大学」に参加した生徒が進行役となって、山田さんへの質問がはじまった。

 「過酷な取り調べの実態……ご飯とか食べれるの……?」「なぜ山田さんが『犯人』だと、決めつけられたのか」「警察や、検察は『正義』を守るための組織なのに、冤罪が検察や警察の都合で生まれるのはどうして?」「事件報道は『実名』と『匿名』のどちらがいいと考えていますか?」「法によって助けられたこと、苦しめられたことが知りたい。もう全部投げ出してこの国の法なんかどうにでもなっちゃえ!! と思ったことはないでしょうか? それでも『法は温かい』といえるのはなぜ?」「現在の世の中で『甲山事件』のような事件が起きても、たぶん『支援者』が集まらないと言われましたが、それはなぜですか?」「(無罪判決後)ふつうに、ふつうに暮らせているのですか?」「冤罪の温床はどのようなことから生まれてくると思いますか? 今の日本の制度おいて、どのようなところが問題だと思いますか? また、どうすればより良い制度にすることができると思いますか?」

 この授業の目的はなんであったか。宮田先生はつぎのように言う。

 「甲山事件と、山田悦子さんと、生徒たちが出会う『場』を創ることが今回の授業の目的でした。えん罪という国家権力による人権侵害について知ることが授業の出発点ですが、甲山事件を通じて、刑事司法の課題だけでなく、人権とは何か、事件報道の問題、障害をもって生きること、国家無答責とは何か、支援者の論理から社会の変化を考えるといったテーマを、重層的に学べると考えたからです。『単なる被害者の論理ではない形で、学びとして昇華されている山田さんだからこそ、生徒に届く言葉が生まれる』という想いもありました。

 事前学習では、多くのゲストスピーカーに対面、オンライン、電話出演いただき、事前の準備段階から考えていきました。その過程で、生徒たちの社会・人間・人生・法律・障害・正義・権力に対する既成観念が大きく揺さぶられ、当日の『質問』が生まれたと思います」

警察の失態を覆い隠すためにつくられたえん罪

 甲山事件は、1974年3月に、兵庫県西宮市にあった知的障害児が暮らす児童福祉施設・甲山学園で園児2人が相次いで行方不明となり、同園内の浄化槽から遺体となって発見された事件。

 「警察や検察は『正義』を守るための組織なのに、えん罪が検察や警察の都合で生まれるのはどうして?」との問に対して、山田さんは、つぎのように回答した。

 「警察は、一人目の園児が行方不明になったとき、甲山学園に捜索本部をおきましたが、翌日、二人目の園児が行方不明となりました。その後、浄化槽から二人の園児の遺体が発見されるのですが、発見したのは学園の職員でした。遺体と一緒に浄化槽から爪切り、ピアノの鍵、ブローチなどが発見されるのですが、それらは、子どもの関与を示唆するものでした。しかし、警察はそれを無視して、職員犯行説をマスコミに大々的に発表しました。捜索に入りながら、二人目の犠牲者を出してしまった警察の大失態でした。警察には元々ミスは許されないという意識がありまして、警察の責任を隠蔽するために生まれたのがこの事件で、その犠牲者が私でした」。

アフタートークで山田悦子(左端前)さんと語り合う生徒たち(2025年1月5日。岡山市の岡山県立岡山操山高等学校の百周年記念館にて。刑事弁護オアシス編集部撮影)

 50分の授業はあっという間に終わった。

 このあと、「アフタートーク」の時間が設けれており、有志の生徒が参加して、さらに、山田さんへ詳しく質問するとともに、えん罪と社会、人権、そして自分との関係について語り合った。

生徒たちの学びの原動力となることを期待

 授業を終えた宮田先生は、授業を振り返って、つぎのようにコメントした。

 「事件発生から50年が経過しながら今なお、日本の社会と私たちに向かって語りかけてくる甲山事件の教材としての魅力に、生徒たちとともにどっぷりと浸ることができました。黙秘権は何を守る権利なのか、人権とは何か、証言をどう捉えるべきか、事件報道はどうあるべきか、法とは何か……生徒たちがこれまで『教科書の文言』として通り過ぎてきた学びに、甲山事件が命を吹き込んでくれました。

 ある生徒は、山田さんの逮捕後の手記を読んで『社会に向かって石を投げている』と表現しました。それは、私たちは時に葛藤しながら、現実社会の問題に対して『本当にこれでいいのか?』と声をあげることで社会を創っていく主権者であることを、生徒たちに問いかける言葉でもありました。

 多くの支援者の方とともに、〈自分と園児たちの人権のための闘争〉を続けてきた山田悦子さんとの出会いによって、今回の授業が生まれました。えん罪という社会の闇と対峙し、社会観・人間観が大きく揺さぶられたこの時間は、社会と関わり生きていく、すべての人間の尊厳を考える道標として、参加した生徒たちの学びの原動力になっていくと思います。

 この授業にご協力いただいたすべての方に感謝します」。

 なお、岡山県立岡山操山高等学校は、刑事訴訟法の泰斗で最高裁判事になった團藤重光氏の母校である。

(2025年01月24日公開)


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