〈天竜林業高校事件〉元校長の贈収賄めぐり検察が新たな筋書き、裁判所は証拠開示の検討を促す/第2次再審請求審で初の三者協議

小石勝朗 ライター


三者協議の終了後に記者会見に臨む北川好伸さん(左から2人目)と海渡雄一・弁護団長(同3人目)=2025年11月14日、静岡県浜松市の県西部法律会館、撮影/小石勝朗

 生徒の調査書の成績を改ざんするよう教員に指示し、その謝礼に生徒の祖父の元市長から現金を受け取ったとして加重収賄罪などで有罪判決が確定した静岡県立天竜林業高校(当時)の元校長、北川好伸さん(77歳)が起こした第2次再審請求で、静岡地裁浜松支部は11月14日、裁判所と弁護団、検察による初めての三者協議を開いた。

 弁護団が確定判決で認定された2回の贈収賄のうち1回が不可能だったとする新たな証拠を提出する一方で、検察は贈賄側の元市長の当日の行動についてこれまでと違う筋書きを持ち出して反論している。三者協議で來司直美(くるじ・なおみ)裁判長は検察に対し、弁護団が求めている7項目の証拠開示に応じるかどうか全般的に検討するよう促し、何らかの証拠が開示されるとの見通しも示唆したという。

再審請求していた贈賄側の元市長が死去

 北川さんは校長だった2006年に、2人の生徒を推薦入試に合格させるため教員に指示して調査書の評定点をかさ上げしたとして、虚偽有印公文書作成・同行使罪に問われた。また、うち1人の生徒の祖父である元静岡県天竜市長、中谷良作さん=贈賄罪で罰金70万円が確定=から2006年と2007年の2回、謝礼としてそれぞれ現金10万円を受け取ったとして、加重収賄罪に問われた。

 北川さんは345日間も身柄を拘束されながら捜査段階から一貫して犯行を否認したが、2010年に最高裁で懲役2年6月・執行猶予4年の判決が確定した。その後、贈賄を認めていた中谷さんが「自白はすべて虚偽だった」と証言を翻したのを受けて2014年に再審請求。2023年に最高裁に棄却され、同年に第2次再審請求を地裁浜松支部に申し立てている。

 一方、贈賄側の中谷さんも2020年に再審請求し、2023年に浜松簡裁に棄却されたため東京高裁へ即時抗告していたが、11月4日、老衰のため亡くなった。93歳だった。遺族が再審請求を引き継ぐかどうかは現段階では分からないという。

贈賄日の元市長の行動をめぐり新たな証拠

 北川さんの弁護団は第2次再審請求審で、2007年12月10日とされた2回目の贈収賄が不可能だったことを新たな証拠の柱に据えている。

 検察は確定審で、中谷さんの手帳の同日の欄にあった「9:00銀行」とのメモをもとに、中谷さんは午前9時からスルガ銀行天竜支店で年金保険の契約手続をした後、天竜林業高校へ行って校長室で北川さんに賄賂を渡したと筋立て、判決もそれを受け入れていた。同校の事務長の目撃証言があり、学校を訪ねたのは午前11時ごろとされた。

 しかし、第1次再審請求の最高裁の審理で証拠開示された中谷さんの取調べメモに、午前9時は銀行の開店時刻で、「自宅出発9:30頃」「スルガ銀行天竜支店10:30保健(原文ママ)契約説明」「12:26事務処理(中谷退店)」との記載があった。

 その後、検察は「受付日時10時30分」との記入がある銀行の販売記録表を証拠開示。さらに、スルガ銀行が弁護団に開示した中谷さんの保険契約金の振込伝票には「19-12-10 12.26」と印字されていた。

 取調べメモには、中谷さんが午前9時58分に、銀行まで車で10分近くかかる農協で別の振込をしたとの記載もある。弁護団は当日の銀行での説明や手続は煩雑で相応の時間がかかったと考察。中谷さんは午前10時半に受付をした後、振込が完了した12時半ごろまで銀行におり、「午前11時ごろに高校を訪問して贈収賄があったとする確定判決の認定は根底から覆る」と主張している。

検察は銀行員の調書を提出し反論

 これに対し検察は今年3月末、中谷さんに応対したスルガ銀行員の供述調書(2008年9月)を新たな証拠として裁判所へ提出した。銀行員は警察の聴取に、中谷さんが「午前10時ごろ来店して11時くらいには店を出ていった」と話しており、販売記録表に「受付日時10時30分」とあるのは「私が説明の中間あたりで時計を確認して打ち込んだ」と釈明していた。

 検察は同時に意見書を提出。銀行員の証言を根拠に「中谷さんが銀行を退店したのは午前11時ごろで、高校には午前11時10分すぎから数分間のうちには到着していた」と記し、中谷さんは保険契約の手続の途中で通帳を預けて店を出たとの構図を描いた。高校の事務長が午前11時15分ごろ学校の玄関で中谷さんに会ったと証言しており、これまで展開していない筋書きを示しながらも、中谷さんがこの日に同校で北川さんに賄賂を渡したとの主張は変えていない。

 検察は、北川さんが第2次再審請求を起こした直後の2023年12月にこの銀行員を改めて聴取している。銀行員が「(2008年の)事情聴取の際に警察官から供述を押しつけられたり間違ったことを調書に書かれたりした記憶はない」と話したとする調書も提出し、当時の証言は信用できると強調した。

弁護団「確定審で検察は争点隠しをした」

 一方、弁護団は銀行員の供述調書に添付された資料に着目した。この日に中谷さんが定期預金を解約して普通預金に入金し、そこから保険契約金を引き出して振り込んだ際の伝票類で、それぞれの取扱日時欄には12時4分から12時26分までの連続した時刻が印字されていた。

 弁護団は三者協議に先立って10月末に申立補充書を提出。これらの資料をもとに、中谷さんは「スルガ銀行で保険説明を10時30分に開始し、必要な説明を受け必要な契約書や伝票への記入を終えて、12時4分から12時26分に銀行側が事務処理をし、通帳を銀行に預けることなく12時26分かその少し後に退店した」と見立てた。

 そのうえで弁護団は、これまで検察が銀行員の調書を開示しておらず「途中退店ストーリー」を一度も持ち出していないことを取り上げ、「銀行員の供述の信用性に疑問を持っていたことを示唆している」「このようなストーリーを事実であると考えていなかったことを示している」と断じた。

 具体的には、①銀行の受付日時として記入された「午前10時30分」が中間の時刻だとする釈明は著しく不自然、②銀行の「預かり通帳記入帳」に中谷さんの通帳を預かった記録がなく、当日に返却したかどうかの供述も曖昧、③中谷さんが午前11時までに書類の記入を終えていたとすると、正午すぎまで約1時間の業務の記録がないことについて合理的な理由を説明できていない——と分析している。

 そして、検察が確定審で「中谷さんが午前9時に銀行に行った」と受け取られる主張をしたことに対し、「裁判所までを誤信させた」「途中退店ストーリーを持ち出す必要がないように争点隠しがなされた」と非難した。

証拠開示について「まるっと検討してほしい」

 三者協議は非公開で行われ、終了後に弁護団が浜松市内で記者会見を開いて概要を説明した。

 主テーマになったのは証拠開示だ。弁護団は7項目の証拠開示を求めており、捜査機関が保管する証拠のリスト(一覧表)をはじめ、12月10日の中谷さんの行動を裏づけるすべての捜査記録を挙げている。高校の事務長の証言に対しても記憶がないのに警察に誘導された疑いを指摘し、関連する捜査報告書や取調べメモの開示を要求。実際に成績を改ざんした教員の供述をめぐる捜査資料や、改ざんされた調査書を保存した光磁気ディスク(MO)を開示する必要性も強調している。

 弁護団によると、來司裁判長は検察に対し「まず全体的に開示すべきものがあるか、開示するかどうかを、まるっと検討してほしい」と述べ、7項目すべてについて開示の可否を検討するよう促した。検察が「裁判所としてどれが重要と考えているのか」と尋ねたところ、裁判長は「現時点では検察官なりに全部平らに検討してほしい」と返し、「ゼロということはないだろうが」と付け加えたという。

 検察は検討に3カ月の期間が必要だとし、来年2月13日までに結果を報告することになった。これを受けて來司裁判長は次回の三者協議を3月24日に設定し、「検察官の検討結果を踏まえて次はどうするか話し合いたい」と発言。裁判所としての証拠開示への対応を示すとみられる。

弁護団は「大きな節目を迎えている」と評価

 弁護団は記者会見で裁判所のスタンスを評価した。団長の海渡雄一弁護士は「裁判所は証拠開示に取り組む姿勢を明確に示した。検察はきちんとした答えを出さざるを得ないだろう。(検討結果によっては)裁判所は次回の協議で証拠開示命令や勧告を出すかもしれない。大きな節目を迎えている」と話した。

 確定審でも北川さんの弁護人を務めた高貝亮弁護士は「当時から検察は請求された証拠は出すと言いながら、実際にはたくさんの証拠が隠されていた。確定審では12月10日の中谷さんの行動は争点化すらされておらず、それに関する証拠もほとんど出ていなかったが、今回新たに出てきた証拠を見ると中谷さんは(賄賂を渡しに)高校に行っていなかったことがはっきり分かる」と検察を批判した。

 三者協議に同席した北川さんは会見で「今までの裁判官とは対応が違った」と感想を明かし、再審無罪への「勝手口くらいは開けてくれた」と表現した。一方で、最初に再審を請求してから11年が経つため「事件そのものが何もないのに、なぜこんなに時間がかかるのか。検察はうそを隠して裁判所をだまし、裁判官もだまされたフリをしてきた。本当に情けない」と改めて司法への批判も口にした。

◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう) 
 朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。


【天竜林業高校事件の動き】は以下を参照(編集部)
〈天竜林業高校事件〉元校長の贈収賄を否定する新証拠、第2次再審請求で弁護団が提出
〈天竜林業高校事件〉元校長の再審請求を最高裁が棄却/検察の異例の証拠開示を受けた差戻し要求に応えず
〈天竜林業高校事件〉贈収賄の実行日の目撃証言に疑惑/「ない」はずの取調べメモ開示で判明

(2025年11月21日公開)


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