
両陛下の動画につけられた非常識なキャプション
毎日放送(MBS。大阪市北区)の元アナウンサーの子守康範さん(65歳)は身長1メートル98センチの巨漢である。現在は独立し、パーソナリティとして世相などについてスタジオからYouTube発信したり、一般家庭の高齢者をインタビューして「生前ビデオ」を製作したりする。
2025年1月16日、翌日の阪神・淡路大震災30年の追悼行事のため神戸空港に到着した天皇・皇后両陛下を斎藤元彦知事が出迎えた。匿名アカウント「北海道の歩き方」運用者のA氏(当時30代半ば)はその日のうちにその場面の日本テレビ映像に、両陛下と斎藤知事の架空の会話キャプションをつけてX(旧Twitter)に投稿した。以下である。
斎藤知事「お騒がせしております(土下座の絵文字〔略〕)」
天皇「で、誰が黒幕なの?」
斎藤知事「丸尾です」
雅子「やはりですか…」(以下略。「丸尾」については後述する)。
両陛下や震災被災者を愚弄するような投稿を目にした子守氏は1月18日、天神橋筋商店街(大阪市北区)に構える「てんコモリスタジオ」から発信する『斎藤チェック』というYouTubeコンテンツで、「北海道の歩き方というXのアカウントが炎上しております。ふざけたことをやりよった」「度を過ぎた遊びとも言えないこと」「単なる頭おかしい奴らが書いていて、脳内麻薬が出ているのか知りませんが、薬打ってるような感じ」などと話してYouTubeで動画配信した。
これを見たA氏は2025年2月、名誉毀損罪で子守氏を兵庫県警に告訴した。神戸区検の高橋勇次検事は、子守氏を取り調べたが、「名誉毀損罪には当たらない」とした上で、侮辱罪に格下げして略式起訴し、神戸簡裁が科料9,000円の処分を決定した。高橋検事は「略式命令なら誰にも知られませんから」と話し、子守氏は当初、「科料」を「過料」と勘違いしており、「交通違反の反則金のような行政罰で前科者にはならない」と考えて受け入れるつもりだった。
略式命令を拒否し、法廷闘争へ
ところが、A氏と親しい弁護士が「子守アナウンサーが起訴されました」と発信した。そこには、子守氏に対する簡裁の処分通知が添えられていた。
告訴人にはなぜか子守氏より早く処分通知が届いていた。「発言したことは事実ですが、刑事罰を受けるようなものではなく、略式処分を受け入れると言論の自由が侵される」と考え直して、9,000円の支払いを拒否し、正式な公判を要請した。刑事訴訟法では略式命令が不服な際、14日以内なら正式裁判の請求ができる。
起訴状は、子守氏が〈2025年1月、内部告発問題に関し、X(旧Twitter)に書き込んだ人物に対し、自身のYouTubeチャンネルに「頭おかしいヤツ」などと発言した動画を掲載し、侮辱した〉としている。今年3月に第1回公判が開かれた。当初、単独法廷だったが、合議体となり中川綾子裁判長、酒井英臣、安藤大祐両陪席裁判官が担当、神戸地裁で一番大きい法廷を使っている。
検察側は冒頭陳述で、匿名のアカウントで書き込みをしていたA氏について「多くの人は投稿者が誰かを知っていた」とした。これに対し、弁護側は冒頭陳述でまず匿名アカウントであることを指摘、「特定の個人を指していると第三者が認識し得る状態の同定可能性がない。『北海道の歩き方』が誰を指すのかが不明で、侮辱罪の構成要件である『人を侮辱する』と評価されることはあり得ない」と反論。「(子守氏の)発言は、すべて投稿者への忠告を内容とする意見論評であり、侮辱罪に該当する余地はない。しかも、子守氏の発言の原因になった投稿は、著しく非常識、かつ不当な内容であり、(子守氏の)発言が、投稿に対する意見論評として正当なもの」と結んだ。
9月3日には4回目の公判が開かれた。公判検事(原潤一郎氏)は子守氏に対して「あなたは斎藤派ですか、反斎藤派ですか」と執拗に質問し、ひたすら、事案を県の政争に結びつけようとしていたという。略式起訴の処分通知を公表した弁護士は、斎藤知事を支持してきた「NHKから国民を守る党」(当時の名称。立花孝志党首)の関係者だった。斎藤知事をめぐる文書問題について子守氏は批判的に見てきたが、「北海道の歩き方」のA氏に対しては非常識な投稿に注意を促すものであり、文書問題の観点から批判したわけではまったくない。検事はニュースバリューを高めたかったのか。
あくまでも、皇室を題材にした非常識極まるSNS配信に対して、自らの名を明かして強い言葉で堂々と批判した子守氏とは対照的に、告訴人のA氏は匿名を貫いている。
子守氏は「そもそも匿名者に対して侮辱罪が成り立つのか。滅茶苦茶な投稿をして喜んでいる男が匿名で守られるのはおかしい」と話す。そして「あれが侮辱罪になるのなら、何も言えなくなる。特に報道の仕事は危機に瀕する。公判の場でしっかり判断してほしい」と訴える。
改正された侮辱罪
刑法231条の侮辱罪は公然と人や法人を侮辱する罪だが、具体的事実を上げて侮辱する230条の名誉毀損罪に比べれば法定刑は軽く、1年以下の拘禁刑もしくは30万円以下の罰金、または拘留もしくは科料となっているが、侮辱罪は2022年改正で厳罰化されていた。
SNSなどでの誹謗中傷事件が急増し、2020年5月には22歳だった女子プロレスラーの木村花さんがSNSの誹謗中傷を苦にして自殺した。2022年7月に厳罰化された改正法が施行されている。改正前の侮辱罪は「日本の刑法でもっとも罰が軽い」とも言われ、「拘留(1日以上30日未満)または科料(1,000円以上1万円未満)」のみだった。しかし改正で、「1年以下の拘禁刑若しくは30万円以下の罰金」が追加された。名誉毀損罪と同様に拘禁刑が加わったのだ。
さらに、法定刑の引き上げによって自動的に、公訴時効も1年から3年に延長された。侮辱行為をそそのかしたり(教唆)、手助け(ほう助)した者も処罰の対象になった。また、通常逮捕および現行犯逮捕や勾留について、住居不定などの要件を必要とする制限が適用されなくなった。
改正刑法で厳罰化された侮辱罪の適用状況を検証する法務省の「侮辱罪の施行状況に関する刑事検討会」が、今年2月に報告書を取りまとめた。それによると、「インターネット上の誹謗中傷に関する相談件数は、改正法施行後も引き続き増加傾向にある」という。また、改正論議の中で侮辱罪の厳罰化が表現の自由の制約になる危惧が指摘されていた。その点について同報告書は、「現在検挙されている事案の中に、本来であれば公共的な事項に関する表現行為として処罰すべきではない事案が含まれているのではないか、また、改正の趣旨とは異なった方向で侮辱罪の適用が拡大し、表現の自由の不当な制約となっているのではないかとの危惧があり、状況を注視する必要がある」と分析している。

子守氏は「A氏は私の発言の部分を切り取っただけ。全体を聞いてもらえば非常識なSNS配信に対する忠告で、意見や論評であり、侮辱ではない」と話す。
子守氏の主任弁護人の郷原信郎氏はブログで「この事件は、侮辱罪の法定刑引上げの刑法改正、被害者特定事項の秘匿措置導入の刑訴法改正が、SNSの社会的影響の飛躍的増大の中で、法の趣旨とは大きく異なる方向に悪用されかねない」とする。「匿名投稿が限度を超え、人の名誉や尊厳を傷つけたり、著しい不快感を生じさせたりした場合、それに対して相応の批判は当然であり、その表現も相当程度までは許容しなければバランスが取れない。そのような『当然の批判』から匿名アカウントを保護することに司法が利用されたり、検察が手を貸したりすることなど決してあってはならない」とする。
杜撰極まる検察捜査
「北海道の歩き方」の投稿にはこんなやり取りもある。
天皇「竹内君は消しといたから」
斎藤知事「ありがたきお言葉(絵文字〔略〕)」
「竹内君」というのは、2025年1月18日に自殺した兵庫県議の竹内英明氏のこと。2024年3月から噴出した、兵庫県の元県民局長Wさん(同年7月に自殺)が斎藤知事を批判した文書をめぐる問題で、竹内県議は百条委員会で知事を厳しく追及していた。斎藤知事を支持する「NHKから国民を守る党」の立花孝志氏が虚偽を交えて竹内氏を激しく攻撃するSNS発信をし、これに呼応した人たちからも脅され続けた。家族の危険も感じた竹内氏は、これらを苦にしたとみられる。前述の「丸尾」とは丸尾牧兵庫県議で、立花党首から「文書問題の黒幕」とされ、竹内氏同様、激しい攻撃や恫喝にさらされていた。
A氏はさらにSNS投稿で、竹内元県議や元県民局長などの写真と便器・汚物を組み合わせた侮辱的な画像の投稿を繰り返すなど、ネット投稿を繰り返してきたとみられる。
高橋勇次検事は子守氏が竹内英明県議を死に追い込んだ勢力に怒りを感じて動画配信したような調書を作ったが、子守氏の動画配信は2025年1月18日の昼過ぎ。同県議の自殺が報じられたのは翌19日であり、竹内県議の自殺を知っていたはずはないが、そんなことすら確認していない。
さらに高橋検事が書いた起訴状では「閲覧に供し」と書かれている。動画を見るのは閲覧ではなく、視聴である。子守氏が配信した動画に文字は付されておらず声と映像だけで、概要欄に「北海道の歩き方」というアカウントがあって炎上してます、と書いただけである。
基本的な間違いに呆れた郷原弁護士は老婆心からか何度も公判検事に「訴因変更をするべきでは」と促したが、そのままだという。ただ、子守氏は、「訴因がおかしいということで裁判官が終わらせてしまったら、何のためにやってきたのかがわからなくなるので……」と複雑な心境をのぞかせた。
いずれにせよ、検察官のあまりにも杜撰な仕事ぶりには開いた口が塞がらない。「検察の理念」がいう「被疑者・被告人等の主張に耳を傾け、十分な証拠の収集・把握に努め」ることや「厳正公平、不偏不党」の職務を本当に理解しているのだろうか。
ちなみに、本サイトで筆者が既報(「違法な逮捕・勾留で死亡した16歳少女の遺族が提訴〔神戸地裁〕、明石署の違法捜査と助長した神戸地検の驚くべき対応」)した、16歳の少女るなさん(仮名)を衰弱死に至らせた兵庫県警明石署の杜撰な捜査のチェックもせず、取調べを引き継いで長期勾留したのが高橋検事である。この2つの案件で神戸地検の上司として決裁したのが、大阪地検特捜部時代に「プレサンス事件」の冤罪を生んだときの主任検事だった蜂須賀三紀雄検事なのだ。
子守氏は「最初に検事調書を取られたとき、順番(時系列)が逆であることを指摘したら『どっちでも同じですよ』と言われて、これはあかんと思いました。冒頭陳述もごくわずか。どこまでやる気があるのか、すら疑問です」と吐露する。
冒頭陳述を書いたのは公判検事だが、子守氏の弁護人の一人、石森雄一郎弁護士(広島弁護士会)は「無罪主張事案にもかかわらず、メモのような冒頭陳述を検察側が出してきたのは事実で、やる気がないのかもしれませんが、私は侮辱罪の立証構造が把握できていないのだと思います」と推測する。
子守氏は関西向けのNHKの人気番組『えぇトコ』のナレーションを担当してきた。しかし侮辱罪での起訴を知ったNHKは7月に出演打ち切りを通告してきた。本人が理由を文面で求めたがNHKは回答しなかった。大きなリスクも覚悟での「正式裁判請求」だった。
確かに〈薬打っとるヤツ〉や〈頭おかしい奴ら〉は上品な言い回しではない。しかし、石森弁護士は「刑事罰が与えられる話とは別の話です」と指摘する。発言全体や文意を汲まずに言葉を切り取って名誉毀損罪や侮辱罪で告訴することが横行すれば、「言論を抑止するための民事裁判」である「スラップ訴訟」につながりかねない(筆者も被害を受けたことがある)。
9,000円の支払いを拒否し、侮辱罪の在り方を世に問う男の闘いへの司法判断が注目される。10月28日の第5回公判で結審する見通しだ。
◎著者プロフィール
粟野仁雄(あわの・まさお)
1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部卒。共同通信記者を経て現職。著書に『サハリンに残されて』(三一書房)、『瓦礫の中の群像 阪神大震災』(東京経済)、『アスベスト禍』(集英社新書)、『「この人、痴漢!」と言われたら』(中公新書ラクレ)、『検察に殺される』(ベスト新書)、『ルポ 原発難民』(潮出版社)など多数。近著に『袴田巖と世界一の姉——冤罪・袴田事件をめぐる人びとの願い』(花伝社)、『狙われたトップメーカー——冤罪・大川原化工機事件の傷跡』(同社)。神戸市在住。
(2026年10月06日公開)