「袴田事件」高裁差戻し審の三者協議が終結/再審開始の可否決定は今年度中にも

小石勝朗 ライター


差戻し審の三者協議が終結し、記者会見に臨む袴田巖さんの弁護団=2022年9月26日、東京・霞が関の司法記者クラブ、撮影/小石勝朗。

 袴田事件(1966年)第2次再審請求の差戻し審で、元プロボクサー袴田巖さん(86歳)の弁護団と検察、裁判所による10回目の三者協議が9月26日、東京高裁(大善文男裁判長)で開かれた。三者協議はこの日で終結し、高裁は弁護団と検察に対し最終意見書の提出期限を12月2日に設定。再審を開始するかどうかの決定は「今年度中に出せるようにしたい」と述べたという。

最終意見書の内容を裁判官にプレゼンへ

 三者協議は非公開で行われ、終了後に弁護団が記者会見して概要を説明した。

 最終意見書の内容について、弁護団が裁判官にプレゼンテーションをする場が設けられることも決まった。12月5日に高裁の法廷で行われ、弁護団の持ち時間は40分。検察がプレゼンをするかどうかは流動的という。プレゼンは非公開だが、再審請求人になっている袴田さんの姉、秀子さん(89歳)の傍聴は認められる。

 弁護団は、裁判官が袴田さん本人を訪ねて意見聴取するよう求めたが、高裁は「書面や映像でお願いしたい」と回答したという。弁護団は袴田さんの近況を映像や文書にまとめて高裁へ提出するのに加え、12月5日のプレゼンに合わせて袴田さんに裁判所へ来てもらうことを検討している。高裁も袴田さんが来所すれば面会する意向を示したそうだ。

再審請求人の追加を申立て

 差戻し審では「味噌に漬かった血痕の色調変化」が最大のテーマになった。死刑判決が袴田さんの犯行着衣と認定した「5点の衣類」は1年以上味噌に漬かっていたはずなのに、付着していた血痕には赤みが残っていた。袴田さんの弁護団は「1年以上味噌に漬かった血液に赤みが残ることはない」と立論し、5点の衣類は捏造証拠だと主張。一方の検察は「長期間味噌漬けされた血痕に赤みが残る可能性は十分に認められる」と反論した。7〜8月には双方が請求した法医学者ら5人の証人尋問が行われた。

 検察は昨年9月から血液を付けた布を味噌に漬け込む実験を実施しており、実験開始から1年2カ月になる11月初めに、最終的に布を味噌から取り出して血痕の色調の変化を観察する。5点の衣類は事件発生の1年2カ月後に発見されており、最長でその期間、味噌に漬かっていたためだ。三者協議では、観察に大善裁判長ら2人の裁判官が立ち会うことを改めて確認。高裁は観察の様子を独自に写真撮影し報告書にすることを明らかにした。

 このほか三者協議で弁護団は、秀子さんに次いで今年4月に袴田さんの保佐人に選任された静岡県浜松市の弁護士を、再審請求人に追加するよう申し立てた。現在の再審請求人は秀子さん1人のため、小川秀世・事務局長は「秀子さんは高齢で、請求人としての職務遂行が困難になった時に必要だ」と説明した。保佐人が再審請求人に就く手続について法的な規定はないといい、高裁は協議の中で判断を示さなかったが、小川氏は「このまま回答がなかったり拒否されたりすれば、保佐人になった弁護士が新たに再審請求を起こせる」と意義を語った。

弁護団は再審開始決定に向けて手応え

 2008年に申し立てた第2次再審請求では、静岡地裁(2014年)が再審開始を認めて袴田さんは47年7カ月ぶりに釈放されたものの、東京高裁(2018年)は逆転の請求棄却決定を出し、最高裁(2020年)はこれを取り消して審理を高裁へ差し戻す──という異例の展開をたどっている。

 最終意見書の提出まで2年を要した差戻し審の終結について、弁護団の西嶋勝彦団長は「予断は許さないが、審理の経過や裁判官の姿勢などを見ると、私たちの望む方向に結果が進むと考えている」と手応えを示した。小川氏も「検察の(味噌漬け)実験は血痕に赤みが最も残りやすい条件で実施されており、そこで赤みが観察されなければ再審開始を確信できる」と強調した。

 ただ、差戻し審で高裁がいずれの決定を出しても「敗訴」した側は最高裁へ特別抗告することが予想され、結論が確定するまでにはさらに時間がかかりそうだ。袴田さんは来年3月に87歳に、秀子さんは2月に90歳になる。迅速な審理が強く求められる。

◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう) 
 朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。

(2022年09月28日公開)


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