再審制度に関する2つの本が刊行、読みごたえのある「入門書」


左が、『再審制度ってなんだ?——袴田事件から学ぶ』(岩波書店、2024年)、右が、『見直そう! 再審のルール——この国が冤罪と向き合うために』(現代人文社、2023年)。

 名張毒ぶどう酒事件の第10次再審請求は、1月29日、最高裁第三小法廷(長嶺安政裁判長)によって、弁護側の特別抗告が棄却された。

 この決定に対して、再審法改正をめざす市民の会は、「(最高裁の)多数意見は、ブドウ酒瓶の口に巻かれていた封緘紙に、ブドウ酒瓶元来のものとは異なるのりが付着しているという科学的新証拠(澤渡鑑定)に対し、専門家でもない裁判官のケチツケとしかいえない批評をくわえる以上のものではなく、どんな細かいことも請求人が立証できなければ『疑わしきは原判決の利益』の大原則に従うものにしか見えません」と批判の声明を発表している。

 また、日本弁護士連合会は、「科学的知見に基づいた判断を行っておらず、『疑わしきは被告人の利益に』という刑事裁判の鉄則に反しており、到底容認できない。宇賀反対意見が述べるように、糊鑑定には高い信用性が認められ、新旧全証拠を総合評価することにより、確定判決の有罪認定には合理的な疑いが生じるものであり、原決定及び原々決定を取り消し、再審を開始すべきであった」と、厳しく批判する。

 名張毒ぶどう酒事件は、1972年に再審請求人の奥西勝さんの死刑判決が確定しているが、最初の再審請求は1974年であり、50年も経ている。この間に奥西さんは、獄中で病死している。なぜ、50年を経ても再審が開始されないのか、という疑問が浮かんでくる。

 いうまでもなく、再審の目的は、誤判を救済することである。しかし、この目的は、日本の刑事裁判において本当に実現しているのか。

 再審の門は、難しい言葉で固められて一向に開かない。刑事訴訟法の再審に関する条項は19条しかないためか、その解釈が研究者や実務家の中で混迷を極めていて、理解に苦しむところである。

 そんな中で、再審制度に関するつぎの2つの本が刊行された。

 一つは、『再審制度ってなんだ?——袴田事件から学ぶ』(岩波書店)で、もう一つは『見直そう! 再審のルール——この国が冤罪と向き合うために』(現代人文社)である。

 前者は、今年に入って刊行されたもので、編者の一人は袴田事件の再審開始決定を出した静岡地裁の村山浩昭・元裁判長である。

 村山・元裁判長が冒頭で、なぜ袴田事件が再審開始されたかを解説する。ついで、福崎伸一郎・元裁判官が、「証拠のねつ造・隠ぺい」が、日本の捜査の中で決してないばかりか、決して珍しいことではないことを指摘する。これに続いて、根本渉・元裁判官は、「なぜ裁判官は誤った判断をしてしまうのか」という問題提起をする。その原因の一つに裁判官がもつ「警察検察に対する過度の信頼」があるとする。では、なぜこの過度の信頼が生じるのか。同元裁判官は、裁判官がもつ「バイアス」にあると深掘りする。それを「高い有罪率」「身近な人間に対する無条件の信頼」「自白調書に対する過度の信頼」などと分析する。

 さらに、葛野尋之・青山学院大学教授、田淵浩二・九州大学教授、豊崎七絵・九州大学教授、石田倫識・明治大学教授、上地大三郎・弁護士が、誤判原因、再審制度の意義、再審事件の現状、再審法改正の必要性などを解説する。

 ブックレットという形式から、再審制度について平易に解説することを試みているが、それでもかなり難しいことは否めない。その混迷している再審法―再審開始の要件について、豊崎教授がその解釈を紐解いている。

 後者は、昨年7月に刊行されたものだが、日弁連再審法改正実現本部本部長代行の鴨志田裕美・弁護士らが編集したものである。最初に、日常にある冤罪を小説仕立てで紹介する。ある大学生が、自分のパソコンから、ライブを中止しなければ、無差別殺人を行うとする脅迫メールを音楽プロダクションに送信したとして、威力業務妨害罪で、懲役2年の実刑判決を受けた。後に、彼のパソコンが遠隔操作のウイルスに感染していることがわり、再審請求へ……。これをもとに、冤罪が起こる原因を解説したあと、再審の扉を閉ざしている一つの原因が、現行の再審法の欠陥にあると指摘している。最後に、再審法のどの部分をどのように改正するべきかについて、多くの紙幅が占められている。

 再審法改正への動きが加速している現在、両書とも、再審法改正についてより詳しく知るための強い援軍になると思われる。

(な)

(2024年02月15日公開)


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