死刑は冤罪なのか──執行後に再審請求の「飯塚事件」がテーマ、弁護士・警察官・記者が内実を語る/映画『正義の行方』4月27日公開

小石勝朗 ライター


『正義の行方』の木寺一孝監督(撮影/小石勝朗)

 死刑が執行された後に、遺族が「冤罪」を訴えて再審(裁判のやり直し)を求めている事件がある。1992年に福岡県で小学生の女子児童2人が殺害された「飯塚事件」だ。犯人とされた男性は捜査段階から公判まで一貫して犯行を否認。直接的な物証もなく、死刑判決は状況証拠を積み重ねる形で導かれた。映画『正義の行方』では、そんな危うい事件の内実を、かかわった弁護士、警察官、記者がそれぞれの視点から率直に語る。見る者に「死刑とどう向き合うか」という重いテーマを投げかける。

事件を知って驚き2012年に取材を開始

 「死刑が執行された後に再審を求めるなんていうことがあるのか。冤罪だったら国家が罪なき人を殺したことになる」

 『正義の行方』の監督・木寺一孝さんは、飯塚事件に初めて触れた時の驚きをこう表現する。2011年に別の死刑事件を取材する過程で耳にするまで、詳しく知らなかった。当時、第1次再審請求の審理が福岡地裁で行われていたが、地元以外ではほとんど報道されていなかった。

 事件の発生は1992年2月20日。福岡県飯塚市の小学校へ登校中だった1年生の女子児童2人(ともに7歳)が行方不明になり、翌日、遺体となって見つかった。2年7カ月後、同じ小学校区に住む久間三千年さん(執行時70歳)が殺人と誘拐、死体遺棄容疑で逮捕される。一貫して無罪を主張したものの、DNA鑑定など複数の状況証拠を根拠にした死刑判決が2006年に最高裁で確定。2年後に死刑は執行された。

再審請求に取り組む岩田務弁護士(左)と徳田靖之弁護士(ⓒNHK)

 NHKのディレクターだった木寺さんは2012年に、鑑定で抽出されたDNAを写したネガフィルムが久間さん側の弁護団に証拠開示されたタイミングで撮影を始めた。弁護団の依頼を受けた法医学者は、確定審に証拠として提出された写真はトリミングされており、カットされた部分に真犯人のものとみられるDNA型が写っていると解析した。

 しかも、DNA鑑定の誤りが判明して再審無罪になった「足利事件」と、同じ機関が同時期に同じ手法で鑑定を実施していた。DNA鑑定は状況証拠の要だったはずなのに「これほど脆弱な証拠をつないでいたのか」と衝撃を受け、取材に本腰を入れた。

 久間さん側の弁護士が再審請求審に矜持を持って熱く取り組む姿が鮮烈だった。「自分たちが再審請求を申し立てるのが遅れたから死刑は執行されたのではないか」。そんな苦悩にさいなまれてのことだと知った。「死刑執行後の再審の重さ」を象徴していると受けとめ、葛藤の様子を描きたいと考えた。

「みんなこの事件を引きずっている」

 だが、NHKの局内で番組の制作にはなかなかゴーサインが出なかった。すでに死刑が執行された事件のためか、冤罪を証明するスクープを取るか再審開始決定が出ること、という高いハードルを課せられた。それでも木寺さんは地道に取材を続けた。衛星(BS)放送で番組の企画が通ったのは、2020年のことだ。

 1年をかけて撮影を進め、関係者に幅広く取材を重ねるうちに、「立場は違っても、みんなこの事件を引きずっている」と気づく。

取材の最前線にいた記者が当時の報道の検証を主導した(ⓒNHK)

 久間さんの逮捕に至る過程でスクープを連発した西日本新聞は、2018年にこの事件の報道の検証を始めていた。当時、取材の最前線にいた記者が、編集局長と社会部長として社内の反対を押し切り長期連載を主導していた。再審請求審で死刑判決の証拠に疑問符が付く中で、2人は「当時の報道は正しかったのか」と自問していた。

 事件の捜査に当たった福岡県警の元捜査1課長は、久間さんの有罪に自信を示しつつも、どこか揺れをのぞかせることがあった。「自白が取れないままだったために不完全な気持ちを抱いているのではないか」との感触を持った。

 久間さんは真犯人なのか──。死刑が執行されたことで「真相」は分からなくなっており、出口がないところで関係者はもがいていた。撮影を進めるほど「大変な事件だったんだ」という思いは強くなった。簡単に結論を出せない事件だとも認識した。

捜査を指揮した福岡県警の山方泰輔・元捜査1課長(ⓒNHK)

 弁護士、警察官、そして新聞記者と「多角的にフェアに向き合う」を番組制作の柱に据えた。カメラを入れるまでに対象者との関係を構築し、本音を語ってもらえる環境を整えたうえで「素直に聞いていく」ことを主眼にした。角度をつけずに、3者の葛藤をそのまま並べる構成に行き着いた。

 2022年4月に放映されたNHKの番組を大幅に練り直し、2時間38分の映画に仕上げた。

「真実」は自分で探って

 裁判のやり直しは実現するのだろうか。

 久間さんの妻は死刑執行1年後の命日に第1次再審請求を申し立てたが、2021年に最高裁で棄却された。2カ月半後に起こした第2次再審請求は今年2月に福岡地裁の審理を終え、決定を待つ段階だ。久間さん側の弁護団は新たな証言を提出し、証人尋問も行われており、裁判所の判断に注目が集まる。

 だが、映画が答えを示すことはない。登場人物のそれぞれ異なる立ち位置から事件をあぶり出し、見る者を藪の中へと誘い込む。「真実」を自分で探ってもらう手法は、黒澤明監督の名作になぞらえて「羅生門スタイル」と呼ばれるそうだ。

 映画の公開に当たり、木寺さんはこんなメッセージを投げかける。

 「人が人を裁くとは、そして、死刑をどう考えるかを問いたい。『正義の行方』は皆さんにかかっている」

◇       ◇       ◇

 4月27日から[東京]ユーロスペース、[福岡]KBCシネマ、[神奈川]横浜シネマ・ジャック&ベティ、[大阪]第七藝術劇場にて公開。ほか全国順次公開。
 公式WEBサイト:https://seiginoyukue.com/

◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう) 
 朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。

(2024年04月23日公開)


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