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「真実」に目をつぶり続けた村人たち、そして裁判所名張毒ブドウ酒事件のドキュメンタリー映画『眠る村』2月から一般公開


齊藤潤一監督
齊藤潤一監督

 数ある冤罪事件の中でも、数奇な展開を辿った筆頭格に挙げられるのが「名張毒ブドウ酒事件」だろう。1961(昭和36)年3月、三重県名張市と奈良県にまたがる山村の懇親会で、ブドウ酒を飲んだ女性5人が命を落とした事件である。

 6日後、ここに住む奥西勝さん(当時35歳)が殺人容疑で逮捕される。自身も懇親会に参加して妻と愛人を亡くしており、「三角関係を清算するために農薬を混入した」と犯行を「自白」したが、公判では「警察に強要された」と訴えて否認を貫いた。

 一審判決(1964年)は無罪。ところが二審判決(1969年)は大逆転の死刑で、1972年に最高裁で確定する。2005年には再審開始が認められながら、異議審(2006年)で覆される。最高裁がその決定をいったんは差し戻した(2010年)ものの、結局、請求棄却の結論は変わらず、再審は実現しなかった。

 裁判所の合議体での判決や決定が多数決に依ったとしても、「無罪判決」と「再審開始決定」で少なくとも4人の裁判官が無罪の心証を持っていたことになる。起訴されれば有罪率99%以上の日本の刑事司法において、とても大きな意味を持つ事実に違いない。にもかかわらず有罪=死刑が確定し、再審も叶わなかったのだ。

 奥西さんは201510月、医療刑務所で獄死する。89歳。第9次再審請求の途中での、無念の最期だった。

公判に出廷した奥西勝さん。
公判に出廷した奥西勝さん。映画には事件発生時の現地の様子や公判の映像も収められている(ⓒ東海テレビ放送)

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 そんな事件に向き合ったドキュメンタリー映画が、2月2日から公開される。タイトルは『眠る村』。東海テレビ放送(名古屋市)が制作した。

 「再審で無罪になった奥西さんにインタビューをしたい、そのために世論を、裁判所を動かしたい。その一念で取材を続けてきました」。

 監督の1人、齊藤潤一さんは、名張毒ブドウ酒事件とのかかわりをこう振り返る。東海テレビは40年にわたってこの事件を追い続け、1987年からこれまでに7作のドキュメンタリーをテレビで放映。そのうち劇場公開するのは今回で3作目になる。

 率直なところ、奥西さんが亡くなったことで、取材のモチベーションを保つのが難しくなりかけていたという。

第10次再審請求を起こした妹の岡美代子さん
奥西さんの死後、第10次再審請求を起こした妹の岡美代子さん=前列右(ⓒ東海テレビ放送)

 「そんな時に、奥西さんの妹が第10次再審請求を起こしたのです。身元を隠して生活してきた彼女が、集会でマイクを握り、記者会見に出て、兄の名誉回復を必死で訴える。決意を持った姿を見て、私たちもまだまだ頑張らなければ、と思い直しました」。

 『眠る村』のテーマは、村人たちの供述だ。決定的な物証がない中で、奥西さんが「自白」すると、「犯行」のストーリーを支える方向へ一斉に内容が変わる。「懇親会場で奥西さんが1人になった10分間のほかに犯行の機会はない」と立証するために、ブドウ酒が届いた時刻は最初の証言から3時間も動いた。一審の無罪判決は「検察官の並々ならぬ努力の所産」と、皮肉を込めて供述の誘導を批判している。

 カメラは、数少なくなった当時を知る村人たちに、改めて事件について問いかける。時が流れ、奥西さんが亡くなる中で、彼ら彼女らの表情や話もかつてとは変わり、後ろめたささえ感じさせる。しかし、肝心の証言を変えた理由を口にすることはない。そして「早くケリをつけて忘れたい」「終わってもらうことが一番いい」と語る。

 「村人たちにとって、ムラの平和を保つためには、警察や検察が言う通りに奥西さんを犯人にするしかなかった。声の小さい奥西さんのような人が虐げられる様子は、日本の社会の縮図とも言えます。『真実』から眠り続けて、奥西さんの死でムラの事件は終わったのです」。

 奥西さんの弁護団長は映画の中で「村人も被害者」と同情を示す。

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改めて取材を重ねた
懇親会に参加していた村人たちに、事件について改めて取材を重ねた(ⓒ東海テレビ放送)

 『眠る村』のネーミングには、もう1つ、重要なメッセージが込められている。

 奥西さんの弁護団が示してきた幾つもの科学的な証拠に目をつぶったまま、あくまでも「自白」を重視して死刑判決を維持し続けてきた「裁判所ムラ」への怒りだ。

 「元裁判官から『再審請求は難しいんだよ』と聞かされたことがあります。この事件の再審が認められなかったのは、裁判官たちがムラの中で生き残るためにそうせざるを得なかったからでしょう。再審を裁判員裁判の対象にして裁判所ムラのしがらみを解くとか、制度のありようを考え直すべきです」。

 奥西さんが獄死したと伝えられた時、齊藤さんには2つの相反する思いが去来したという。

 「『さぞ無念だったでしょう』という悲しい気持ちが1つ。それから『これでやっと楽になれましたね』という気持ちが1つ。裁判所は奥西さんが死ぬのを待っていたとしか思えません」。

 カメラは奥西さんの苦し気な死に顔をアップでとらえる。

 奥西さんの妹が起こした第10次再審請求は201712月、名古屋高裁にあっさり棄却された。裁判所は、弁護団、検察と審理の進行を話し合う三者協議さえ開かなかった。弁護団は異議申し立てをしているが、今の担当裁判官も同様の姿勢だという。

 妹は89歳になった。死後の再審請求は親族に限られるが、ほかに引き継ぐ人はいない。「裁判所は私が死ぬのを待っている」とつぶやく。

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 映画の公開を前に、齊藤さんは力を込める。

 「奥西さんが亡くなって、名張毒ブドウ酒事件は世間では『終わった事件』になってしまいました。全国の人たちに、この映画を通して事件のことを知ってほしい。風化させないために、再審請求が続く限りは私たちも作品をつくり続けます」。

(ライター・小石勝朗)

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 『眠る村』は2019年2月2日から東京・ポレポレ東中野にて公開。以後、名古屋、群馬、大阪、京都など全国各地で順次公開予定。

公式WEBサイト:http://nemuru-mura.com


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