
1月8日11時、大崎事件の弁護団は、第5次となる再審請求を鹿児島地裁に申し立てた。原口アヤ子さんの長女・京子さんが請求人となり、殺人・死体遺棄で有罪となったアヤ子さんとその元夫の再審開始を求めるものである。
大崎事件とは、1979年に鹿児島県の大崎町で四郎さん(仮名)が自宅の牛小屋の堆肥置場で遺体となって発見されたというもので、四郎さんの兄の一郎さん(仮名)、二郎さん(仮名)、二郎さんの息子の太郎さん(仮名)、一郎さんの妻の原口アヤ子さんが、殺人や死体遺棄の容疑で逮捕された。アヤ子さんは一貫して犯行を否認するも、アヤ子さん以外の3人が自白し、全員に有罪判決が下された。アヤ子さんらが犯行を行ったという客観的証拠は存在せず、さらに自白した3人はいずれも知的障害を持っているいわゆる供述弱者であり、判決後に自白は強要されたものであったと訴えた。
アヤ子さんは満期出所した後、1995年から再審請求を行い、第1次再審請求の鹿児島地裁、第3次再審請求の鹿児島地裁、福岡高裁宮崎支部で再審開始を認める決定が出されるも、すべて検察官の抗告によって取り消されてきた。アヤ子さんは現在98歳である。
確定判決では、四郎さんが酒に酔って側溝に転落し、それを近隣住民が救助し、軽トラックに乗せて四郎さん宅まで運び、その後四郎さん宅に行ったアヤ子さんと一郎さんと二郎さんが首を絞めるなどの暴行によって四郎さんを殺害し、太郎さんも加わり牛小屋の堆肥の中に死体を遺棄したことが認定されている。当初争点であった保険金目的という動機は否定された。
確定判決は、頸部圧迫による窒息死であると「推定」する鹿児島大学医学部の城哲男教授(当時)による旧鑑定と、一郎さんらの自白によって有罪と認定した。弁護団はこの2つの証拠を新たな証拠により崩そうとするものである。
今回の再審請求にあたって、弁護団は5つの新証拠を提出した。四郎さんは他殺ではなく側溝に転落したことなどによる事故死であり、アヤ子さんらが暴行を加えたとされる時刻よりも前にすでに死亡していたことを示す新証拠として、守田誠司・東海大学医学部総合診療学系救命救急医学主任教授と、北田真平・兵庫県立西宮病院の外傷再建センター医長、村上龍・救急救命士による3つの医学鑑定を提出している。さらに、共犯者とされる3人や関係者の供述に関して、大倉得史・京都大学大学院教授(心理学)による供述心理鑑定と、稲葉光行・立命館大学教授(言語情報科学)によるコンピュータを用いた解析によって、虚偽供述であり、信用性がないことを主張する。
また、これらに加えて、法医学者、臨床医による法医学鑑定書、また3人の供述に関して、3人が有していた知的・精神的障害の影響についての精神科医の鑑定書なども提出予定である。
今回新たに提出された医学鑑定は、四郎さんの頸椎前面に見られる顕著な血腫に着目している。今までの再審請求で提出された鑑定も、これは絞殺では生じ得ず、側溝への転落事故によって生じたものだと結論づけてきた。今回の3つの鑑定は、さらに異なる観点から、より具体的に四郎さんが死に至った経緯を明らかにするものである。
3つの鑑定は、いずれも四郎さんの死因について、頸椎前面の血腫が気管を圧迫したことによる窒息の可能性、血腫に付随して生じる頸髄内の浮腫の影響によって呼吸筋麻痺が生じた可能性、また不適切な救助によって頸部損傷が拡大した可能性を指摘し、近隣住民らが軽トラックに乗せた直後には死亡していた可能性が高いことを示している。
これは、殺人であるという鑑定とともに、四郎さんの殺害や死体遺棄を認める共犯者3人の自白、また「四郎さん宅に到着後、四郎さんが歩いていた」「生きている四郎さんを土間に置いた」という近隣住民の供述の信用性を著しく失わせるものである。
また、共犯者とされた3人の供述について、大倉教授が、「対立仮設検討型供述分析」という手法を用いて供述心理鑑定を行った。「対立仮設検討型供述分析」とは、供述が供述者の実体験に基づく体験供述であるという仮設と、実体験に基づかない非体験供述であるという仮設を立て、各仮設に立ったときに生じる不合理な要素を分析するという手法である。その結果、3人の供述はそれぞれに非体験性兆候が多く見られ、また相互に排斥し合う関係にあることがわかった。
また、一郎さん、二郎さん、太郎さん、二郎さんの妻の4人の各供述を、コンピュータを用いたテキストマイニングという手法で解析する鑑定も稲葉教授によって行われた。この結果によれば、4人の供述は、捜査の進行に伴ってアヤ子さんを主犯とするストーリーに収斂していき、特にアヤ子さんが四郎さんにかけていた保険金の件がストーリーを補強する要素として反復されていったことがわかる。これは、捜査機関が保険金を殺害の動機として誘導していった可能性をうかがわせる。また4人の証言は、事件の夜の生活経過や事後言動などの周辺場面では概ね一致しているものの、殺害の実行やその際のアヤ子さんの立ち位置といった事件の核心部分になると、大きく食い違うことがわかった。
弁護団らの記者会見
再審請求申立て後に開かれた記者会見で、アヤ子さんの長女・京子さんは、再審請求も5回目となることに対して、「どうしてですかね」と溢し、「冤罪者をなくすためには司法を変えなければならない」と強く主張した。母親のアヤ子さんについて、「6月で99歳、してないっていうのをわかってもらうために生きてる。冤罪を晴らすという元気がなければ生きられない」と声を震わせた。
八尋光秀弁護団長は、「冤罪被害は、ただ被害を受けるだけではなく、“法と正義の名において”、自由だけでなく、人生、尊厳、名誉、家族、すべてを奪われる。最も悲しく辛いもの」と述べた。
鴨志田祐美弁護団共同代表は、「アヤ子さんを救い出す闘いは、この国の再審制度を変える闘い」だと述べる。そして、「46年間無実を訴えているアヤ子さんが98歳になるまで闘い続けなければいけない。こういうことはこの第5次再審請求で終わらせなければならない。進化した刑事司法の目で、過去の間違った有罪判決を見てほしい」と訴えた。
会見には、全国から冤罪被害者や刑事法の専門家らも駆けつけた。
2024年9月26日に再審無罪判決を獲得した袴田巖さんの姉・ひで子さんは、「もう98歳ですよ。いい加減にしてほしい」と怒りを露わにし、「早くアヤ子さんを無罪にしてほしい」と願った。
東住吉事件で2016年に再審無罪となった青木惠子さんは、以前アヤ子さんと対面した際に、「20年かかったけど無罪になったよ」と言葉をかけると、アヤ子さんが涙を流していたという思い出を語った。そして、「どれだけアヤ子さんを苦しめればいいのか。許せない」と声を荒らげた。
映画監督の周防正行氏は、大崎事件の記録を1年間かけてすべて読んだという。そして、「今までの記録を素直に読めば再審開始しかありえない」と述べた。
アヤ子さんの無罪と再審法改正を訴える報告集会

その後、鹿児島市内で報告集会が開かれ、多くの登壇者が大崎事件の再審無罪と再審法改正への決意を口にした。東京・弁護士会館のサテライト会場とも中継され、多くの人々が参加した。
弁護団共同代表の鴨志田弁護士は、大崎事件の原口アヤ子さんの再審無罪と議員立法による再審法改正を2026年に実現することを目標に掲げ、多くの協力を呼びかけた。
周防正行監督と成城大学法学部の指宿信教授によるパネルディスカッションでは、再審法について議論している法制審議会への批判が飛び交った。指宿教授が「再審法改正について議論しているのに、日弁連の委員以外は、冤罪や誤判救済といった言葉を発しない」と指摘し、周防監督は「彼らは、もし自分が無実の罪で裁かれたらという一番必要な想像をしていない」と述べた。
冤罪被害者の方々から、原口アヤ子さんへの応援メッセージも送られた。
袴田巖さんの姉、ひで子さんは、「アヤ子さんも、がんばって、がんばって、がんばって、とにかく冤罪を晴らして無罪になることを願っております」と激励を送った。
湖東記念病院事件で2020年に再審無罪を勝ち取った西山美香さんは、「ここまでしんどいこともあったが、仲間がいたのでがんばれた。だからアヤ子さんも励ましてがんばってもらいたい。明日会いにいくのが楽しみ」と語った。
翌日9日、袴田ひで子さん、青木惠子さん、西山美香さんらは、施設で暮らすアヤ子さんのもとを訪ねたという。
村山浩昭元裁判官・弁護士は、「なんで5回も申立てをしなければいけないのか。この事件がこんなに何回も申立てをしなければならない事件だとは到底思えない。大崎事件は現在の再審制度の問題点がまさに凝縮している事件。この事件をなんとかしないと、日本の再審法制は本当に変わらない」と強く訴えた。
アヤ子さんは現在98歳。再審請求書は次のように締めくくられている。
「本件再審請求は、言うまでもなく、98歳になるアヤ子にとって、存命中に無罪となるための、最後の機会である。裁判官、検察官、弁護人をはじめ、刑事司法に携わるすべての者が、アヤ子の人生のために何をすべきか、今、それが問われている」。
(中)
(2026年01月14日公開)