死刑判決を支えた検事調書の「作成日は虚偽」/袴田事件の弁護団が最高裁に補充書


補充書の提出後に記者会見する弁護団の西嶋勝彦団長(左)と小川秀世事務局長(2020年7月8日、東京都内、撮影/安田聡)

 1966年に静岡県で一家4人が殺害された「袴田事件」で、再審請求している元プロボクサー袴田巖さん(84歳)の弁護団は7月8日、死刑判決が供述調書の中で唯一証拠と認めた検事調書の作成日が「虚偽」だと主張する特別抗告申立理由補充書を、最高裁第3小法廷へ提出した。同じ日付の起訴状と整合性が取れない箇所が複数あることなどを根拠に挙げており、改めてただちに再審を開始するよう求めている。

 袴田事件の1審・静岡地裁判決(1968年)は、警察官による28通、検事による17通の供述調書のうち、警察官調書のすべてを「極めて長時間の取調べで任意性に疑いがある」として、検事調書のうち16通を「起訴後の取調べで違法」として、いずれも証拠から排除した。しかし、起訴前の検事調書1通だけは証拠能力を認め、犯行のストーリーに反映させた。物証が乏しい中で「自白」が死刑判決の拠り所になった。

 袴田さんは1966年8月18日に逮捕されて以来、犯行を否認していたが、過酷な取調べを受け9月6日になって「自白」した。証拠採用された検事調書は勾留期限の9月9日付で、同日深夜、袴田さんは強盗殺人罪などで起訴された。

殺害の順番や場所が起訴状と相違

 弁護団が疑問視するのは、被害者4人の殺害の順番だ。起訴状では夫の後に「妻→長男→次女」となっているが、検事調書では「次女→長男→妻」になっており、検察の冒頭陳述でも検事調書と同じ順番とされた。妻が最後になったのは、3人の中で現金が入った布袋を持ち出して犯人に投げ渡すことができたのは妻だけだったのに、最初に殺害されたのではつじつまが合わないためとみられる。

 補充書は、起訴状の殺害順が、袴田さんが犯行を「自白」した9月6日付の警察官調書と同じことに着目。「犯行態様に直接かかわる重要な事実」が起訴状と検事調書で違っているのは、実際には9日までに「布袋持ち出し」に関する供述がなかったためで、「起訴状作成時点では検事調書はまだ作成されていなかったと考える以外にない」と主張した。

 弁護団は、被害者が刺された場所も起訴状と検事調書で異なっていると指摘した。起訴状は夫以外の3人が「居間」で刺されたとしているが、検事調書では次女は「ピアノの間」、妻と長男は「奥八畳間(寝室)」とされており、食い違っている。「居間」という曖昧な言葉は他の供述調書や検証調書にも出ておらず、弁護団は「起訴時点では夫以外の3人を刺した部屋が特定できなかったため」との見方を示した。

 また、現金が入った布袋の強盗罪について、起訴状には犯罪行為の場所や具体的方法が書かれていないことも問題視した。検事調書には「仏壇のある部屋で現金などが入った3個の布袋を強取した」旨の記載があるため、起訴段階では検事調書は存在せず、袴田さんもそうした供述をしていなかったことを裏づけるとみている。

 さらに、奪った3個の布袋のうち2個を落としていることに気がついた時点をめぐっても、「自白」は不自然に変遷しているという。検事調書は「放火後、最後に被害者宅の裏口を出る直前」となっているが、この取調べの前と後に取られたはずの9月9日付の2通の警察官調書はともに「被害者を刺した後、放火に使う混合油を取りにいったん工場に戻った時」となっている。同じ日の取調べで供述内容がA→B→Aと変わったことになり、補充書は「きわめて不自然な状況で到底考えられない」と批判した。

 布袋を落としていることに気づいた時点について、検事調書と同様の供述は9月18日付の警察官調書にならないと出てこないことから、弁護団は「検事調書は9月18日以降に作成されたのではないかと考えられる」と見立てた。そして「検察官によって虚偽の日付が記入されたか、いったん作成された後に虚偽の日付に改ざんされた」とし、「日付の記載が虚偽であることは間違いない」と強調した。

検事は内容のある自白調書が欲しかった

 弁護団は改ざんの理由について、袴田さんの「自白」から勾留期限まで3日余りしかなく、検事は起訴までに「何としても内容のある自白調書が欲しかった」と推測している。この時点では後に犯行着衣とされる「5点の衣類」は発見されておらず、袴田さんと犯行を結び付ける有力な物証はなかった。

 ちなみに、袴田事件では今回の第2次再審請求審になってから、取調べを録音した計25巻のテープが開示されたが、9月9日付の検事調書に該当する取調べをはじめ「自白」から起訴に至る9月6~9日のものは、ほとんど入っていないという。補充書は「警察や検察は取調べや調書作成の実態を今でも隠そうとしており、かえって供述調書の改ざんの可能性をうかがわせる」と非難している。

 こうした点を踏まえて弁護団は、この検事調書は実際には起訴後に作成されたもので、本来なら1審判決で他の検事調書と同様に「証拠から排除されたはず」と分析した。また、検事が調書の作成日を偽造したのは有印虚偽公文書作成・同行使罪に当たり、刑事訴訟法435条7号が定める「原判決の証拠となった書面を作成した検察官が被告事件について職務に関する罪を犯したこと」との再審事由に該当すると立論している。

 弁護団は補充書とともに、この検事調書を作成した元検事と元検察事務官の2人を証人尋問するよう求める「事実取調べ請求書」を最高裁へ提出した。

 一方、弁護団は検事調書と同時期に作成された警察官調書についても、改ざんされた疑いを指摘した。根拠としたのは契印の不整合で、とくに9月7日付の警察官調書には、右側と左側の印影が合わなかったり片側だけにしか契印がなかったりする箇所があるという。補充書は9月7~9日付の警察官調書に対して「9月9日付の検事調書とできるだけ内容が整合するように日付も内容も改ざんされている可能性がある」との見解を記している。

(ライター・小石勝朗)

(2020年07月31日公開)


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