
「再審法」の改正に向けた議論が進むなかで、証拠の取扱いに関する問題が大きな課題となっている。
法制審議会―刑事法(再審関係)部会事務局が、12月16日の第13回会議に提出した「今後の議論のための検討資料」で、再審手続における検察官開示証拠の目的外使用禁止の規定を提案した。
これは、被告人や弁護人等が検察官開示証拠を審理手続等以外の目的で人に交付、提示、提供することを禁止する刑事訴訟法第281条4および5の規定を、再審請求手続においても明記するものである。現行の規定自体にも弁護士等からの批判も多いが、さらに再審請求という非公開の手続もより市民の目の届かないものとなることが懸念される。
2024年9月26日に再審無罪判決が下された袴田事件の場合では、弁護団が支援者と裁判等の記録や開示証拠を共有し、ともに議論や実験を積み重ねたことが、重い再審の扉をこじ開けることにつながった。
袴田事件では、事件から1年2カ月後に、味噌製造工場の味噌タンクから血のついた「5点の衣類」が発見され、袴田巖さんが犯行時に着ていたとされた。この「5点の衣類」のカラー写真の色が白すぎることなどに疑問を抱いた支援者らが「味噌漬け実験」を始めた。第二次再審請求審において、「5点の衣類」の鮮明なカラー写真のネガフィルムが検察から開示されると、弁護団、支援者らの疑問は決定的なものとなり、裁判所も捜査機関による捏造証拠であることを認めた。
支援者と弁護団は、発見された「5点の衣類」に似た衣類を用意し、支援者から採取した血液等を付着させ、さまざまな条件で味噌に漬けるなどの実験を行なった。いずれの実験でも、衣類は濃い味噌の色に染まり、血液は赤みを残さず黒くなり、カラー写真とはまったく違うものになるということが明らかになった。これらの実験は第二次再審請求審で新証拠として提出され、再審開始決定を掴んだ。実験の報告書は袴田事件弁護団ホームページで公開されている。
袴田事件の再審無罪判決は、市民の素朴な疑問から始まった実験なしには手にすることはできなかった。そこで、「証拠」を市民に公開することの重要性について、40年以上袴田事件に支援者として関わり、「味噌漬け実験」を主導して袴田さんの再審無罪を勝ち取った山崎俊樹さん(71歳)に話を聞いた。
袴田事件における弁護団と支援者の「共闘」体制
確定記録や再審請求審での記録は、ある弁護人が支援者の求めに応じてコピーしてくれた。えん罪事件は弁護人だけでなく支援者の協力も必要なのでは、という考えを共有していたからである。
1994年8月(第一次再審請求審で静岡地裁が請求を棄却した)以降、弁護団と支援者の距離が縮まり、証拠の共有が進み、2000年ごろから、確定記録の電子化(デジタル化)を支援者と弁護団が共同して行った。その結果、電子化した記録・証拠、再審請求審で出された書面や証拠の検討が共有された。特に、裁判記録にあった写真や図面が共有化されたことは、支援者にとって、事件そのものの臨場感を強く覚え、支援に対する決意や覚悟を促した。
同時に、この頃からメーリングリストを作り、メールで弁護人の意見や意見書草稿を見ることもできたため、証拠との関連性を指摘したり、草稿に記されていない証拠や証言などを関連させたりすることで、弁護団と支援者との間で論点や争点の共有化がさらに進んだ。弁護団会議や同合宿にも、支援者が参加できることとなった。
このように、弁護人と当事者のみならず支援者を含めて裁判記録を共有し、ともに同じ資料でもって議論することができる場が設けられたことは、弁護団にとっても、これまでのどんな活動でもなかった画期的なことであった。
結果として、これまでの署名集めや情宣活動などを補完する形で、支援の輪が広がっていった。

市民の目で見た気づき
共有した確定記録の存在は、証拠や証言など、これまで以上に支援者として真剣に考えることを促した。
特に、袴田巖さんが被害者宅からの脱出・再侵入・再脱出と合計3回通ったとされた裏木戸を当時と同じ材質、実物大で作成し、「裏木戸通過実験」を行い、蝶番をかけたままでは通れないことを明らかにした。
また、実物大の味噌タンクを作り、150kg程度の残存味噌では、麻袋に入れた5点の衣類を隠すことができないことも明らかにした。
上記のいずれの実験も、弁護人との共同作業で行い、第一次再審請求で静岡地裁に新証拠として提出された。残念ながら、静岡地裁の決定(1994年8月)では証拠価値を認めさせることはできなかったが、このときの経験が、後の弁護人と支援者の共同作業の基礎になった。
第一次再審請求審における即時抗告審では、マッチと絆創膏を生地の異なるズボンのポケットに入れ、それらを麻袋の中に入れた後、事件当時の味噌製造原料配分と同様の配分の味噌を製造した。麻袋をその新たに製造した味噌の中に入れ、1年2カ月後にそれらの変化を見る実験を弁護団とともに行った。「5点の衣類」の発見時に、ズボンのポケットにマッチと絆創膏が入っており、それらが長期間味噌に漬かっている割には新しく見えたからだ。残念ながら予想した結果を得られず、この実験を証拠化することはできなかった。
しかし、この実験が、後の支援者独自の実験に結びついた。上記実験時に、たまたま、白色半袖シャツとズボンを同じ麻袋に入れておいたのだが、半袖シャツは濃い茶色の味噌色に染まり、鑑定書に添付されているカラー写真とはまったく異なる色になっていた。
このことが、後に血液を付着させた5点の衣類の味噌漬け実験のヒントにつながった。もし、鑑定書添付の写真を見ることが出来なければ、支援者独自の味噌漬け実験の発想は生まれなかった。
第一次再審請求の即時抗告審では、スポーツシャツと半袖シャツの重ね着に伴う血の移り方の実験も行った。袴田さんの右肩にある傷と、「5点の衣類」のスポーツシャツ、半袖シャツの血痕や損傷の位置が整合しなかったからだ。このとき、重ね着をした際の傷の出血に伴う衣類への血の移り方には規則性があることがわかった。また、「5点の衣類」に付着した血液量はほぼ20ml以内であることも明確にすることができ、弁護団は初めて「5点の衣類」は捏造であることを主張できるようになった。
いずれも、実験に際しては、支援者も弁護人と同じ証拠や記録を見て、弁護人の実験計画や方法に意見を述べ、ともに実験を行うという経過をたどっている。
上記の重ね着の際の規則性や、血液付着量の特定は、東京高裁では証拠としての価値を認められなかったが、これらの実験があったがために、棄却決定書(2004年8月)では、「味噌漬け衣類が一朝一夕にできるとは考えられない」と述べられている。
以上のような経過を経て、私たち支援者は2005年から独自の味噌漬け実験、つまりこれまでは、衣類が味噌の発酵熟成に伴って着色される経過や、衣類に付着した血液が味噌によってどのように変化するのかということはまったく明らかになっていなかったので、衣類の色変化、衣類に付着した血液の色変化も実験で試していくことを考えた。
さらに、電子化された確定記録は、新しく参加した支援者に、必要なところを印刷するなどして容易に共有できるようになり、確定記録やそれに含まれている鑑定書などの写真なども一緒に見ることが、新たな視点や考えを生み出した。もちろん、新たに加わる支援者には、単なる野次馬的な関わりとか、興味本位だけに終始する人もいるので、無条件に確定記録などを配布することはなかったことは言うまでもない。
市民への「証拠」公開の重要性
えん罪事件に市民が継続して関わることは、時間や知識、もちろん経済的な負担など、大きなエネルギーを伴う。前項末尾に挙げたような方もおられるのは事実であるため、証拠の扱いには、当然十分注意する必要がある。
しかしながら、きわめて限定的な法律の専門家だけでなく、さまざまな生活経験を現に行っている市民が証拠に接することは、素朴な疑問から始めるだけに、その道の専門家以上に重要である。以下具体例を述べる。
①5点の衣類の血液は少量で十分だったこと。
“血染めの5点の衣類”から連想する大量の血液は、最低でも100ml以上(カップ酒の6分目程度)を想像する方が多い。しかしながら、実際に5枚の衣類を“血染め”にするためには、血液は20ml(通常の血液検査での採血量と同じか少し多い程度)で足りた。この程度の血液量ならば、血染めの衣類の捏造は、血液さえ入手できれば、簡単にできるということである。ちなみに20mlという血液量は、第二次再審請求審の中で鑑定で述べられているが、実際に行うことによって鑑定の正しさを証明したことにもなった。
②発酵熟成が十分進んだ味噌の場合、発生した液体によって衣類の色が変化していくには、ほぼひと月であったが、血液は赤みが感じられないほど変化していたこと、また、衣類全体を完全に染めるためには、3カ月程度の時間が必要なこと。また、3カ月後のかなり染まった状態でも、染まらない部分が残っていること。
以上①、②の結果は、2003年以降、私たち支援者が確定記録や鑑定書などに基づいて、日々の支援活動の中で感じた疑問点を確かめるために自主的に行った実験で明らかにしたものであった。
さらに、差戻し審(2021年以降)の実験では、③味噌の影響で、衣類の生地が変色するより早く血液の色が変化することを明らかにした。
しかし、その変化に何が働いているのか不明であった。ただし、味噌の熟成が進めばpH値が低下(酸性に傾く)ということから、酸の影響ではないかと推測していた。そのようなとき、支援者の一人が自分の血液を家庭の台所にある様々なもの──例えば、水、みりん、米酢、豆乳、蜂蜜、ポッカレモンなど──に入れたら、米酢、ポッカレモンは直ちに血液が黒色に変化することが明らかとなり、血液の色変化の原因は、それまで議論されてきた「メイラード反応」の影響よりも、味噌の熟成に伴って下がるpH値の変化の方がはるかに勝っていることが明らかとなった。
もし、私たちの味噌漬け実験が無かったら、弁護側、検察側の専門家による不毛な科学論争に終始していた可能性は否定できない。しかし、確定記録や再審請求中の実験報告書、鑑定書などがすべて公開されていたため、袴田さんのえん罪に関心を寄せる人から様々な情報を送って頂いた。
例えば、血液検査の際、少し余分に採血してもらい、その血液をガーゼにつけ、種類の異なる味噌に漬けて自分も実験した人、釣ってきた魚の血液を白い布に付着して味噌に漬けた人、いずれも、「血が黒くなるよ」と報告していただいた。身近な存在である味噌は、どこの家庭にでもある。このように市民が裁判に関わるということは、身近な経験が裁判の中でも活きるということも証明された。
また、検察側法医学者の欺瞞をも暴くことになった。再審公判では、検察側に与する法医学者たちの“共同鑑定書”なるものが提出された。しかし、鑑定書とは名ばかりで、実験等による検証をまったく伴わない単なる意見書であり、それも「赤みが残る可能性がある」と述べただけのものであった。
そもそも、ヒトの血液は、塩分濃度0.9%、pH値7.4で、ほぼこの数値で厳密に維持されていることは医学上の常識である。味噌の塩分濃度は12%程度、pH値は5.5程度であることも絶対に否定できない。検察側の法医学者たちはこの事実を知っていたがゆえに、実験を行えば、私たちの実験の正しさを証明することになることを恐れたのである。
このように、確定記録や鑑定書を見たり読んだりして素朴な疑問を抱いた市民が、自分たちの発想で実験を行った。その内容は、常識的で、再現性もあり、検察に与する法医学者の反論を許さなかった。この事実は、証拠や記録が無ければ絶対にありえなかったと言える。

「証拠」はどのように扱われるべきか
死刑判決を受けた者は、必ず死刑が執行される。このように国家は裁判の結果を必ず実行する。えん罪犠牲者は、最後の望みとして再審請求を行う。そのことを考えれば、自分の無実を理解する人、弁護人だけでなく、さまざまな立場の人たちに訴える方法しかない。
そもそも、袴田さんの第二次再審請求とほぼ同時に始まった裁判員制度は、国民が司法に参加し、国民感覚で裁くことを目的としていた。しかし、裁判員裁判を短期間で終わらせるために、「密室」である公判前整理手続で、法廷で使用される「証拠」が選別されている。その選別の際、裁判員は立ち会うこともできない。国民参加を標榜しつつ、現実には法廷で使われる証拠の選択に、国民は立ち会っていないのである。
えん罪が生まれる主な原因は、根拠なき見立て、あるいは独善的な見立て、場合によっては袴田事件のように、無実であることをわかった上で、犯人に仕立てあげていく捜査手法に依拠するため、その見立てに沿わない証拠を隠したり、見立てに合った証拠に曲解したりして、捜査に都合の良い証拠だけを作り上げるやり方にある。そして、検察官は有罪に有効な証拠だけを法廷に出し、起訴した以上、有罪判決を獲得するため、ありとあらゆる方法、私たちから見たら非常識な主張を展開する。それは、誤った捜査や起訴は絶対に無いという超人的な思想の持主ともいえるだろう。
事実、再審無罪となった福井女子中学生殺人事件の前川彰司さんに対して、福井県警も名古屋高検もいまだに謝罪していない。彼らは今でも前川さんが犯人だが、証拠を作るのを失敗したとでも思っているのだろう。袴田さんの無罪判決に対しての検事総長談話の内容もこれと同様である。また、このような考えが再審開始決定に対して抗告を繰り返してきたのである。
このような、えん罪を作り出しても何ら反省するところのない警察・検察に証拠を独占させることはきわめて危険である。捜査を監視する意味で市民が証拠に接することは、当然の権利である。これを目的外使用と言うのなら、警察・検察の意に沿わない者は捜査の対象になるのだと、市民を恫喝しているのに等しい。
また、刑事訴訟確定記録などにある過去の裁判で使われた証拠、再審請求審で開示された証拠や記録なども、検証できなくなれば裁判そのものの検証が不可能になり、再審請求人は暗闇での孤独な闘いを強いられることになる。
証拠を市民目線で見るため、裁判の検証を行うためには確定記録やその証拠、新たに出された書面や新証拠を、その事件の支援者が見ることは当然の権利である。
さらに、それによって、事件の内容を一般の人に広めることが可能となる。これが、何の権力も持たないえん罪被害者や弁護人、支援者らが、捜査の密行性を暴き、真実を白日のもとにさらけ出すために取ることができる唯一の方法である。
よって、確定記録や証拠に市民が関わることが国民の司法参加であり、権力の暴走を防ぐ唯一の方法であると言える。また、市民の批判に耐えられる捜査を行うことで、捜査の質も高まるし、より信頼される検察の存在になれるだろう。
法制審の検討資料にある開示証拠の目的外使用禁止を許すことはできない。
(中)
(2025年12月26日公開)