
大川原化工機事件で、同社社長ら3名が逮捕されてから約6年。2026年3月10日、弁護士会館の会議室にて、本件を題材とした「企業内弁護士の刑事弁護実務対応——もはや他人事ではない刑事弁護」と題するセミナーが開催された。
講師に、本件の弁護人で企業法務を中心に行ってきた髙田剛弁護士と、刑事弁護を得意とする髙野傑弁護士、モデレーターに、企業内弁護士を長年務め、そのキャリアの中で、企業活動がらみで捜査が入ったが無実を立証し、不起訴処分に持ち込んだ経験がある木内秀行弁護士を迎え、本件の取調べの実態や報道対応、刑事事件における企業内弁護士と外部の弁護士との役割分担について、議論が展開された。
大川原化工機事件とは
大川原化工機株式会社による噴霧乾燥機の中国等への輸出が、不正輸出であるとの嫌疑をかけられた事件。同社幹部や社員に対する約1年半・291回に及ぶ任意の取調べが行われた。同社社長ら3名が逮捕され、勾留は330日に及んだ。しかし、弁護団が、捜査機関による法令の解釈(経済産業省による輸出許可が必要となる要件の一つである「滅菌又は殺菌をすることができる」の定義)やその適用に誤りがあることを主張し、起訴取消しとなった。
髙田弁護士は、警視庁公安部に社長ら3名が逮捕された旨の連絡を受けたのち、ただちに弁護団を結成した。その一人の、検事の経験がある弁護士からのアドバイスで完全黙秘の方針を決めた。「(検事として)これまでどんな人でも割ってきた。(本件でも、自分が検事なら)絶対に割る」(割る:自白させる)と言われ、理路整然とした説明で闘っても通用しない、と気付かされたという。
保釈請求は何度も行ったが、なかなか認められなかった。のちに明らかになったことだが、検事は、警察との相談において、「(完全黙秘では)保釈はつかない、何のために弁護士は動いているのか」といった弁護人に対する不満を漏らしていたという。
他方で、裁判所の公判前整理手続の担当部には、本件は長期間身体拘束されるべきではないことが認められた。弁護団は、その旨を記した同部によるレターを付した保釈請求も行ったが、令状部は保釈を認めなかった(被告人のうち2人は6回目の請求でようやく保釈が認められるものの、ガンを発症したもう1人の被告人は、8回目の保釈請求が認められず、病死に至った)。
加えて、社外への対応にも課題がある。本件では、逮捕後すぐに、社長の顔も合わせて報道がなされた。会社の業務は続くなかで、取引先への信頼や銀行からの融資に影響が生じた。先出の元検事の弁護士は、自身の経験から反対したものの、髙田弁護士は、上記の状況をふまえて、大川原化工機株式会社が捜査に協力する旨のプレスリリースを公表し、大手マスコミ各社にレターを送った。
しかし、反応はほとんどなく、報道被害は解消されなかった。それどころか、1度目の保釈請求の際、却下の理由として利用されてしまった。「本件について後悔はしていないが、初動の報道対応で何が正解かはわからない」と、残る課題に言及した。
個人的な事件におけるデジタルタトゥーも無視できない問題だが、企業と関連づけられた報道被害は、全従業員や取引先にまで及び、一層深刻だ。
本件の弁護活動を振り返り、髙田弁護士は以下のように語った。「弁護方針として、完全黙秘とは言ったものの、普通のビジネスマンには難しい。何か話しかけられたら、頷いたり相槌を打ったりしてしまって、何も反応をしないという意味での『完全な』黙秘は大変」。
また、「当初は(従来の事例をふまえて)逮捕事案とは思っておらず、経済安保の色彩を帯びる可能性にも気付かなかった。任意取調べでの聴取内容の重要性を社員に伝えて、取調官の事情聴取の内容についてメモしておくことを、徹底してもらえばよかった」という。
髙野弁護士も、逮捕直後で心が折れてしまう人は多く、「自分にとって黙秘がベストな選択だ、と被疑者に納得してもらうことが重要」と述べた。取調官からしばしば「家族は話してほしいと言っている」「共犯者は話している」と言われることもあり、この点についても、弁護人から被疑者本人に、事前に話をしておく必要があるという。
企業法務を担う弁護士も、刑事弁護は全く他人事ではない
経営者にとって会社の状況は、自分や家族と同じかそれ以上に重要なことだ。髙田弁護士は、経営陣にいる人が刑事事件に巻き込まれた場合、会社の事情をよくわかっている企業内弁護士の方が、それを活かした接見ができ、有利になると言う。髙野弁護士も、刑事事件において、「企業内弁護士と外部の弁護士がうまく役割分担できると良い」と語った。
また、本件では、噴霧乾燥機の殺菌性能の有無が争点であったため、それを明らかにする実験を行った。このような実験等を伴うコストのかかる弁護活動においても、企業内弁護士が刑事弁護を担い、あるいは外部の刑事弁護人と協力することで、円滑に行える。
刑事事件に巻き込まれようが、会社では日々の業務が続く。そのため、社員に対して弁護人が、必要なことを何でも聞き、要求することは十分にできない。髙野弁護士は、「ここで重要となるのは、当該弁護活動での重要事項や優先事項を絞ることだ」と語った。さらに髙田弁護士は、「社員と面識があり、業務への理解もある企業内弁護士の方が、そうした社内対応をやりやすい」と述べた。
他方で、企業内弁護士と刑事弁護人が、立場を異にする場面もある。会社と被疑者個人で異なる方針の対応をすべき場合や、経営陣ではなく従業員が刑事事件に巻き込まれた場合など、利害が対立するときである。こういう場合には、企業防衛と個人の人権擁護のどちらに重きを置くか、という両弁護士の違いが浮彫りになる。
こうした場面について髙野弁護士は、「立場の違いをふまえた意見交換はするが、(被疑者の弁護人として)どこまで会社に被疑者の事情を話すかは慎重になる」とした。髙田弁護士は逆の立場から、「企業内弁護士としてその人の代理人にはならないとしても、会社として事実を把握するという役割に努める」とした。
最後に、本セミナーの名付け親でもある木内弁護士は、「企業法務を専門にしていても、いついかなるときに国家権力が刃を向けてきて濡れ衣を着せられるかわからない。それが浮彫りになったのが大川原化工機事件だ。刑事弁護はもはや他人事ではない」と締め括った。
大川原化工機事件の経緯について、詳しくは、髙田剛「人質司法から社会をどのように守るか」(上・中・下)刑事弁護OASIS(2024年)、趙誠峰「大川原化工機事件・人質司法の記録」季刊刑事弁護116号(2023年)91頁を参照。
本件は、起訴取消しののち、国家賠償請求訴訟にて、捜査機関による手続の違法性が認定された。これについては、趙誠峰=佐藤元治「捜査機関の逮捕、勾留、公訴提起の違法性を認定した事例」季刊刑事弁護124号(2025年)120頁も参照。
検察官による取調べについては市川寛『検事失格』(毎日新聞社、2012年)、元検察官・市川寛インタビュー(刑事弁護OASIS、2026年4月に公開予定)が参考になる。
(お)
(2026年03月17日公開)