
「国旗の損壊等の処罰に関する法律案」(国旗損壊処罰法案)は6月30日、衆議院で自民党、日本維新の会などの賛成多数で可決され、参議院に送られた。現在、参議院内閣委員会で審議されている。同法案に対して7月9日、笹倉香奈(甲南大学教授)、髙山佳奈子(京都大学教授)、本庄武(一橋大学教授)、松宮孝明(立命館大学特任教授)各氏らが呼びかけ人となって、「表現の自由が制限される」とする反対声明がまとめられ、公表された。同声明には、刑事法学者ら148人が賛同している。
同法案は、全体で3条からなるもので、1条で「国旗」の定義をする。すなわち「国旗及び国歌に関する法律」(国旗国歌法)に定める国旗として用いられていると「社会通念上認められる有体物」とされている。2条に罰則規定がある。「人に著しく不快又は嫌悪の情を催させるような方法により、公然と国旗を損壊し、除去し、又は汚損した」者は、2年以下の拘禁刑又は20万円以下の罰金が科せられると定める。そして、3条で、この法律の適用について「表現の自由その他の日本国憲法の保障する国民の自由と権利を不当に侵害しないように留意しなければならない」と、解釈指針が示されている。
声明は、はじめに、同法案1条の「国旗」の定義について触れる。
「必ずしも『国旗及び国歌に関する法律』に厳密に該当するものに限られない。現に、この点に関する質問に対する提案者らの回答は、『国旗国歌法に定める制式にのっとったものに限られず、社会通念上国旗の用に供していると認められる有体物』であるという。したがって、この『国旗』の範囲は漠然かつ不明確となる。もちろん、『他人の』ものに限定されてはいないので、自己所有の『国旗』であっても処罰の対象となる。『国旗損壊罪』は政治的表現の自由を規制しこれを委縮させるものとなるおそれが強い」と批判する。
さらに、声明は刑事法の観点や諸外国での国旗損壊罪について言及し、重大な疑義があるとする。
第1に、保護法益(立法目的)について、日本の「外国国章損壊罪」(刑法92条)との関係に触れる。
「本罪の保護法益は、『国旗を大切に思う国民感情』という社会的法益だとされている。……刑法92条にある『外国国章損壊罪』からみて、『国旗を大切に思う国民の気持ちは万国共通であるにもかかわらず、我が国では外国国民の気持ちは保護される一方で日本国民の気持ちは保護されず、アンバランスである』と受け止められ得る状況にあるので、『外国国章損壊罪』のみ存在するという矛盾を是正するものだというのである。
しかし、『外国国章損壊罪』は、1891年の『大津事件』と呼ばれるロシア皇太子襲撃事件を契機とした外交的危機に対して対処するために作られた『国交に関する罪』に属するものである。決して、外国の国旗に対するその国の国民感情を保護するものではない上に、日本の刑法が外国の国民感情を保護することはあり得ない。したがって、外交関係を害する恐れのない自国旗に対する加害行為を処罰するには、これとは別の理由が必要である。つまり、アンバランスを是正すべきとの立法理由は誤解なのである」と断じる。
第2に、声明では、国旗損壊罪に類する規定を持つ国の国旗の成立ちと国旗にこめられた意義を比較する。
ナチス期を否定して、新たな自由民主主義的法治国家の存立後のドイツ国旗、国王の戦争責任を追及し、共和制国家となることを国民投票で可決した後のイタリア国旗。それらは、第二次世界大戦前の国家観を否定して普遍的な価値に基づく国家体制を象徴するものとして位置づけられている。自由・平等・博愛を象徴するフランス国旗も、日本から独立して戦後に出発した国家の体制を象徴する韓国の国旗も同様である。
「日の丸」には、ドイツ、イタリア、フランスの国旗のような民主主義ないし自由と平等・博愛等の象徴という意味はなく、日本で国旗損壊罪を作ることを「これらの国にもあるから」という次元で正当化することはできない、という。
第3に、声明は、日本の過去の歴史を日の丸(国旗)と関連させて紐解く。
日本には侵略戦争をした過去があり、特にアジアには「日の丸」がその象徴だと思う人がいる。沖縄国体での「日の丸」焼損事件で明らかなように、日本人でもネガティブなイメージを持つ人がいる。「類似の規定がよその国にあるから日本でも国旗損壊罪を作るべきだ」というのは、その国の歴史を理解していない、証左であるとする。
第4に、声明は、同法案の「不快」を根拠とする罰則規定に注目する。
「『不快だ』というだけで処罰することには、かなり慎重にならなければならない。それを言い出したら、多様な感情を害する罪を作り出せてしまうからである。わいせつの罪でも、どういう見せ方をすれば自己表現で、どこからがわいせつなのかは人の感覚や時代によって異なり得る。ただ、さすがに人前で性器を露出するような行為は今の社会では問題だ、ということは大多数が共有する『規範』になっている。だから、そういう行為には公然わいせつの罪が成立するのである。異論の強いものについて『感情』を理由に処罰規定を作ってはならない」と危険性を指摘する。
第5に、声明は、ヘイトスピーチなど差別的言動との関係を指摘する。この点は、これまでさまざまな「反対理由」が表明されているが、たいへん注目される。
同法案が成立すると、「人類の普遍的価値を象徴するフランスやドイツ、イタリアの国旗と異なり、これが人種的・宗教的なヘイトの象徴となる可能性も懸念される」として、「外国人排斥デモの先頭に『日の丸』を掲げ、抗議する人々をこれを用いて排除し、その際『日の丸』を汚した人々を現場にいる警察官に逮捕させるという」ことにまでなる可能性を指摘する。
そして、「『日の丸』をこのようにヘイトの象徴として用いることがあれば、これを保護する『国旗損壊罪』は、外国国章損壊罪とは反対に、日本国の外交関係を危うくするであろう。ゆえに、そのような濫用の危険のある法律は、決して制定してはならないのである」と訴える。
同法案が成立した場合、3条というたいへん短い法律であるが、日本の社会を息苦しくする存在になることは間違いないだろう。
(2026年07月15日公開)