
7月27日午後、福岡高裁で岡田健裁判長の判決を聴きながら原告弁護団席でメモを取る三角恒共同代表(熊本県弁護士会)のペンに力がこもる。
閉廷後「一審判決がひどかったからですよ」と笑ったが、予想外といってもよい画期的な勝利判決に弁護団は「もっと旗とかたくさん持ってくればよかったよ」(齊藤誠共同代表・東京弁護士会)と沸きに沸いた。
1985年1月8日、熊本県松橋町(まつばせまち。現宇城市)で、めった刺しされた59歳の男性の遺体が発見され、5日の深夜に男性宅で知人らと飲酒するうち口論となっていた宮田浩喜さん(電気工事店経営)が被疑者として浮上する。任意段階での連日の長時間にわたる取調べで「ポリグラフ(噓発見器)で陽性が出たぞ」などと責められた宮田さんは、精魂尽き果て「自分が殺した。逮捕してくれ」と自白してしまう。

殺人罪で逮捕・起訴され、一審の途中から否認したが、熊本地裁(裁判長・荒木勝己、裁判官・川口宰護、松本健児)は1986年12月22日に懲役13年の判決を下す(LEX/DB25561491)。控訴も棄却されて1990年1月26日に最高裁で確定し、岡山刑務所で満期服役した。物証もなく目撃者も悲鳴を聞いた人も皆無。宮田さんの自白だけが有罪立証の根拠だった。
ところが、再審準備中に検察庁の証拠開示で「シャツの切れ端を刃物に巻いていて犯行後に燃やした」と自白していたはずのシャツが完全な形で出てきた。自白の信用性が崩れ、2016年6月30日に熊本地裁が再審開始を決定し(LEX/DB25543182)、2019年3月に再審無罪(LEX/DB25562527)が確定した(事件と裁判の経過について、日本弁護士連合会「松橋事件最終報告書」が詳しい)。
宮田さんは国家賠償請求訴訟を起こした2020年に87歳で亡くなり、遺族が引き継ぐ。一審の熊本地裁は2025年3月14日、検察官が布片の存在を明らかにせず公判を継続したことを違法とし、国に約2,380万円の賠償を命じたものの、県警の取調べの違法性は退けていた(LEX/DB25574199)。このため、原告側と国側が控訴していた。
「任意捜査の限度を超える」
今回の判決で特徴的なのは熊本県警の任意取調べの段階で違法性を認めたことである。逮捕までの9日間の取調べは計81時間。自白の前々日は13時間42分、前日は12時間45分と過酷だった。「犯人との予断に基づいて行われ、自白させることが目的だった」とし「任意捜査として許容される限度を超えている」として違法とした。ポリグラフの信頼性には限界があるのにポリグラフの検査後は犯人だという予断に基づいて取り調べたことも違法とした。
さらに検察官の公判対応の違法性を指摘する。「検察官は有罪に合理的な疑いがあれば公訴を取り消すか、無罪論告を行う義務があるというべき」とし、「シャツの布切れが送致され、血液の付着がない鑑定も届いている。検察は、罪に合理的な疑いを生じさせる証拠がある場合、明らかにした上で、公訴を取り消すか、無罪論告することを怠り、公正な裁判の実現を図る義務に違反したと言わざるを得ない」と断じた。そして「意図的に違反したなら犯罪的な行為とすら言え、過失だとしても甚だしい職務怠慢で国家賠償法上、違法」と断じ「検察官の行動には失望を禁じ得ない」と付言した。
ここまで手厳しい判決文は福井女子中学生殺人事件での昨年7月18日の名古屋高裁の再審無罪判決以来だ(LEX/DB25623230)。国賠訴訟では、先般の湖東記念病院事件のように警察の違法捜査は認めても検察の違法はなかなか認めない。松橋事件のケースは検察の違法を認めたが、警察の取調べの違法を認めなかった意味で、一審も異例ではあった。

「裁判官も怒った」検察の対応
齊藤共同代表は「我々の主張の完璧な勝利。(警察段階で)任意と称して強制的な取調べがあったことをはっきりと断罪した。任意取調べで、これだけはっきり違法としたのは高裁判決では初めてではないか」と胸を張った。「警察の証拠隠しも断罪しているし、すべて認めた判決です。40年関わり、今80歳になって感無量です」と微笑んだ。齊藤氏は原審の最高裁審理の頃から弁護団として取り組み、2019年の再審無罪ではすでに認知症になっていた宮田さんへ必死に雪冤を伝えていた。
齊藤氏は「忘れてはならないのは真犯人のこと。警察と検察は宮田さんの自白を取ることばかりで、それに反する事実を隠蔽、あるいは潰しにかかり真犯人を取り逃がしている。私は被害者の遺族、お姉さんに会ったこともありますが、遺族に対して警察はいかなる責任を取るのか。いまだに一つも謝罪していない」と怒りを込めた。
三角弁護士は「任意捜査を違法としたのは画期的。高裁判決でもあり影響力は非常に大きい。取調べ時間だけでなく、ポリグラフについて明らかに信用性を装い自白を取ったことの違法性も認め、任意の違法について取調べ時間の長短だけではなく一石を投じている。公訴以降の(検察の)違法は一審でも認めたが、高裁はさらに、検察の対応について、『意図的なら犯罪、過失でも甚だしい職務怠慢』とし『袖片の存在を言わば握り潰した検察官の行動には失望を禁じえず、強く非難せざるを得ない』とまで述べている。裁判官も非常に怒っている。自白しかない事件で警察がいかに杜撰だったかを厳しく断罪した意義ある判決」と評価した。
国宗直子弁護士(熊本県弁護士会)は「一審で悔しかった部分も認めてくれた。袖の部分は一審と同じだが、一審判決は警察の取調べの違法は再審でも認めているのに県に責任がないとしていた。ないなんてありえない。任意捜査について反論していったが、岡田裁判長は丁寧にフォローしてくれた。1月8日から20日までが任意捜査。9日間の取調べは平均10時間以上。自白の前日は12時間45分、前々日は13時間42分という長さも指摘してくれた。前々日はポリグラフを圧力に使い、宮田さんは弱気になり自白に転じた。そういう手法も違法としてくれた」と喜んだ。
噓をついていたら心拍数が上がるなどを利用した程度のポリグラフ。今や死語に近い「噓発見器」も、この頃はまだ一定程度の神通力があった。国宗弁護士は「福井事件の証拠隠しも裁判所が厳しく言ったが今回もそうだったのはよかった。こういう判決でなければ冤罪は防げない。一審はちゃんと捜査したけど冤罪になりました、のような判断。何が悪かったのかがわからない。今回はこんな任意捜査をしてはいけないとちゃんと言ってくれた」と評価した。
衛藤二男弁護士(熊本県弁護士会)は「詳細な事実認定で任意捜査の違法性を述べた。被告人に有利な証拠があるのに、出さずに公訴を遂行したことについて、裁判官が主観も交えて言ってくれた百点満点の判決です」と評価した。
さらに検察官は単に立証する役務を追うだけではなく、合理的な疑いがある時は公益の代表者として被告人を無罪にすべく、起訴を取り消したり、無罪論告をする責務を負っているとしていることの意義を語った。検察の本来の義務は訴追ばかりではない。
袖を燃やしたはずのシャツが完全復元
少し事件を振り返る。宮田さんの「自白」によれば、宮田さんは犯行時にジャンパーを着ており被害者の血が付いた。しかし、鑑定では極微量の付着でも起きるはずのルミノール反応もなかった。宮田さんは自白で「被害男性を追っている時に近所の家に灯りがついていた」と話した。警察は「警察も知らない事実で犯人しか知りえない秘密の暴露」とした。しかし、その家の住人は「警察に聞かれて『電気は深夜2時ごろに消した』と話した」と話している。証拠が摑めない時に捜査側が都合よく仕立てる「秘密の暴露」すら崩れていた。
宮田さんは「スポーツシャツの袖を切り取って小刀の柄に巻き付け、犯行後に風呂の焚き口に放り込んで燃やした」と自白していた。1997年頃、再審請求を模索していた弁護団が熊本地検に未提出証拠の閲覧を請求したところ、あっさり検察は出してきた。大量の証拠物の中から燃やしたはずのシャツの袖が出てきたのだ。驚いた弁護団が残りのシャツと合わせると一着分が完全に復元できた。これで自白が出鱈目だったことが明白になった。
さらに、弁護団の新鑑定で切り出し小刀では不可能な傷が被害者にあることも判明した。また法医学者の大野曜吉氏による鑑定で、凶器はもっと鋭く細長いドスのようなものであることもわかった。これで再審無罪へ走ることができた。とはいえ冤罪事件は最初の弁護士に問題があることも多い。
三角弁護士はこの日の会見で「父親(修一弁護士〔故人〕)が担当していたが、知らなかった。記録を見たら出てきたので聞いたら『あれは無実だよ』と言っていた」と懐かしがった。実は宮田さんは第5回公判で急に無実を訴えるが、罪状認否で認めていたので最初の国選弁護士は検察官請求の証拠すべてに同意してしまった。「情状でやろうとしていたのに弁護できない」と降りてしまう。引き継いだ三角修一弁護士は、捜査段階でのやり取りを聞くため最初の国選弁護士を証人尋問しようとした。裁判長は認めてくれたが、『不利なことも言うかもしれない』と聞かされた宮田さんは呼ぶことを拒否した。こうなると裁判官は何かまずいことがあるからだと思ってしまう。事実、裁判官の心証を悪くしてしまった。再審請求ではその弁護士は協力してくれなかった。
「自白は証拠の女王」などといういびつな文化が捜査の世界に根付いてきた。
1963年に東京都台東区で起きた誘拐殺人「吉展ちゃん事件」で、犯人(小原保=刑死)を自白させた警視庁の平塚八兵衛刑事が「落としの八兵衛」と英雄視されてきたことも大きい。「自白重視文化」を問うと若い村山雅則弁護士(熊本県弁護士会)は「取調べの録音・録画で改善されている面もある。また以前に比べて、自白の証拠価値も下がっていると思います。ただ取調べの録音・録画は任意捜査の段階では取り入れられていないのが問題」と話していた。48時間とか、20日間とかの制限のない「任意捜査」というのが都合よく使われてしまっていることを見直すべき意義ある判決だった。
再審無罪となった2019年4月、筆者は宮田浩喜さんを熊本市西区の老人施設に訪ねている。衰えてベッドに横たわる彼とのコミュニケーションはほとんど成り立たなかったが、女性職員は「頭の良い人です。野球がすごく好きですがベレー帽やジャケットを通販で注文したり、結構おしゃれですね」と話していた。そして「宮田さんは若くて綺麗な女性が通ると目がないんですよ」とちょっぴりからかわれていた時の優しそうな眼差しが忘れられない。
◎著者プロフィール
粟野仁雄(あわの・まさお)
1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部卒。共同通信記者を経て現職。著書に『サハリンに残されて』(三一書房)、『瓦礫の中の群像 阪神大震災』(東京経済)、『アスベスト禍』(集英社新書)、『「この人、痴漢!」と言われたら』(中公新書ラクレ)、『検察に殺される』(ベスト新書)、『ルポ 原発難民』(潮出版社)など多数。近著に『袴田巖と世界一の姉——冤罪・袴田事件をめぐる人びとの願い』(花伝社)。神戸市在住。
(2026年08月07日公開)