
大阪府の学校法人の土地売買で約21億円を横領したとされて大阪の不動産会社「プレサンスコーポレーション(現、株式会社プレサンス)」の社長だった山岸忍氏が濡れ衣で逮捕・起訴された冤罪事件。
山岸氏の部下で部長だったK氏(業務上横領罪で有罪確定)の取調べ中に大声で怒鳴るなどした大阪地検特捜部の田渕大輔被告(54歳。現、東京高検)が「恫喝的で侮辱的な取調べをした」として特別公務員暴行陵虐罪で起訴された付審判の第3回公判が8月24日午後、大阪地裁(裁判長・大森直子、裁判官・荒井智也、神谷匠海)であった。
相次ぐ不祥事で検察官への関心が高まり、36.5度の炎天下にも大勢が傍聴券抽選に並んだ。筆者はあえなく抽選に外れたが知人のライターが当選券を譲ってくれ傍聴できた。
録音・録画は「見ていない」
この日は、田渕被告の上司で事件の主任検事だった蜂須賀三紀雄検事(53歳。現、千葉地検刑事部長)が検察役の指定弁護士申請の証人として出廷した。
田渕被告のK氏に対する取調べの録音・録画について蜂須賀検事は、「捜査当時は見ていなかった」と証言し、その理由を「物理的に見る時間がなかった」と多忙を挙げた。
蜂須賀検事は山岸氏の逮捕の10日ほど後に田渕被告の取調べ内容について報告を受けた。しかし、「その後の取調べは穏やかに続き、被疑者側からの不服申立てはないとも伝えられた」と証言した。このため、取調べ映像を確認することについては「考えに至らなかった」と話した。
後に報道などで映像を見たときの印象について「全体として適正さを欠くかなと思った」と話したが、指定弁護士の山口昌之弁護士から具体的な部分について問われると言及を避けた。
取調べについて、あらかじめ田渕被告に注意喚起をしなかったことについては、「自分と同等程度の経験をしているベテランだったから」と話した。田渕被告は検察官への任官が蜂須賀検事より1年だけ後である。
この横領事件で大阪地検特捜部は2019年12月5日にプレサンスのK氏ら5人を業務上横領の疑いで逮捕した。そして、上場会社のトップを逮捕して評価を高めようと山岸氏を巻き込むことを目論む。このためK氏から何とか社長関与の言質を引き出そうとしていた。大阪地検特捜部が部下を締め上げて上を狙った、厚生労働省の官僚だった村木厚子氏の冤罪を招いた郵便不正事件(2009年)と同じである。
K氏は山岸氏の関与を否定したため、苛立った田渕被告が「検察なめんなよ」と大声を出したり、激しく机を叩いたりしていた。この日の法廷で、田渕被告の弁護人の森直也弁護士は反対尋問の冒頭、郵便不正事件の反省から取調べの録音・録画が始まり、その直後に田渕被告の取調べがあったことを確認した。要は、時期的にも上司の蜂須賀検事が取調べ方法について意識していたはずだとの趣旨である。

「本当に悪い奴」
この日、山口弁護士は法廷で何度か、田渕被告と蜂須賀検事とのメールをスクリーンに映し出した。K氏らの逮捕翌日の12月6日に蜂須賀検事が、「上級庁(最高検)からはいろいろご指導いただいており、本当に悪い奴の処分をどうするか、早めの中間報告を求められている」などの内容のメールである。これが田渕被告ら応援検事に送られていた。
しかし、「本当に悪い奴」を逮捕するべきかどうかについての最高検の要望について蜂須賀検事は「どちらかという話はされていない」と話した。「本当に悪い奴とは誰ですか」と山口弁護士に問われると蜂須賀検事は山岸氏のことであることを認めた。
閉廷後に会見した山口弁護士は、蜂須賀検事を喚問する意義について「供述調書を請求していたが、弁護側の証拠意見が蜂須賀検事のみ不同意にされたので呼ぶしかなかった。蜂須賀検事は捜査のスタートから主任として関与してきた。被疑者逮捕までの流れでもっとも事件の認識があった。もっともよく知る人の話は必要。田渕被告がどういう環境で取調べをしたかの立証です」と話した。
ただ「陵虐にあたるかについて、直接結びつくものがあるのではない。蜂須賀検事については背景事情。とくに、主任と応援検事の中でどういうメッセージがあったのかなど、組織性や情状面の意味合い」とした。
録音・録画を「見なかった」証言については「多忙な主任として役割分担の中で見ていなかったのか、それが本当かどうかをこちらが判断することはできない。蜂須賀検事の話を前提に組み立てるしかない」とした。
メールについては「一つは強制捜査前に着手報告書を読んでおいてください、と応援検事に送ったもの。主任のストーリーを応援検事が最初に認識したとき。そのうえで逮捕翌日の12月6日のメール。本当に悪い奴などです。応援検事が主任の意図を汲んで個別に取調べにあたる。それが田渕検事の取調べにつながっている。組織内での流れが重要なところ」と説明した。
法廷で主尋問を聞いた筆者は、田渕被告個人としての刑事責任を問うはずが、大阪地検特捜部の組織責任に埋没してしまうような印象を持った。それを問うと山口弁護士は「前回の第2回公判で法廷で流された録音・録画がもっとも重要な証拠調べ、極めて重大な客観証拠で圧倒的に重要です。ただ、田渕被告が一人で暴走したのか。組織的な背景もない中で生まれた犯罪ではない。問題な取調べは全国でいくつも起きている。(蜂須賀証言は)重要な情状事実と考えている。(田渕被告を有罪にする)構成要件の立証に埋没するとは思いません」と答えた。
筆者は傍聴できなかったが7月15日の第2回公判では、田渕被告が激しく机を叩いたり、「検察なめんなよ! 命懸けてるんだよ、俺たちは。あなたたちみたいに金をかけてるんじゃねえんだ」などと暴言を吐く映像と音声が約1時間にわたって流された。この時も山口弁護士が「録音・録画は見ていたか?」と聞くと、蜂須賀検事は「断片的、部分的にしか見ていない」「物理的に見る時間がない」と話している。

「見ていない」はあり得ない
交代で会見した田渕被告の弁護人の森直也氏は「見ていない」について「あり得ないと思う」と話した。
「主任や副部長とともにタイトなスケジュールの歯車に田渕さんも位置付けられていたとなれば、田渕さん一人の責任にしてよいのかどうか、蜂須賀さんには、そういう観点で弾劾質問していた」とした。「主観を交えれば『見てなかった』というのはあり得ないと思う。12月10日に肝心の供述が取れたというならば、どんなに忙しくても主任が注意を払わないことはあり得ない。それを前提に質問したが、しかしそこは認めなかった」。
森弁護士は「仮に見ていなかったなら、起訴状に名を連ねた蜂須賀さんが、当時、総括審査検察官が問題があるという指摘をし、副部長の伊吹(栄治)さんも(録音・録画を)見ている中で、最終決裁前後にも見ないままで山岸さんの逮捕も含めて起訴に走ったなら、やはり問題」と指摘する。
「田渕さんの取調べが適切とは誰も思っていない。せっかく録音・録画媒体があり、いつでも見られるし、指摘があったにもかかわらず、見ていなかったということの不適切さは検察庁の問題」と話した。そして「事後に見たら相当ではなかった、適切ではなかったと言い放つ無責任さには呆れました」と話した。
森弁護士は「郵便不正事件からの反省であの年(2019年)の6月に改正刑訴法(逮捕・勾留中の被疑者に対する取調べの全過程の録音・録画)が施行され、同じ大阪地検特捜部の取調べが7月なのに意識しないはずがない。もし意識していないのなら、彼は刑訴法改正などなんとも思っていないことになる。検察庁として、あのくらいの取調べは何でもないよ、ということなのか」などと話した。
国賠訴訟でも「見ていない」
山岸氏が起こした国賠訴訟でも蜂須賀検事は録音・録画を「見ていない」と証言していた。訴えを棄却した昨年(2025年)3月21日の大阪地裁(小田真治裁判長)判決(LEX/DB25574374)は「蜂須賀検事は、総括審査検察官からの報告にもかかわらずこれらの録音・録画を視聴しなかったと認められる」と認定している。
現在、控訴中だが山岸氏の代理人の秋田真志弁護士は「主任検察官である蜂須賀検事が、可視化媒体を見ていなかったなどとは到底考えていない。あのような取調べは特捜部で日常茶飯事であったため、視聴したうえでも『スルー』した可能性が高いからである。
現に、特捜部部長は視聴していた事実が田渕検事の証言から明らかである。総括審査検察官から指摘を受け、さらに特捜部部長は視聴しているにもかかわらず、全証拠を精査すべき主任検察官が視聴していなかったというのはいかにも不自然である。
そもそも国賠訴訟の陳述書や尋問でも、蜂須賀検事の供述は、見たとも、見ていないとも断言しない、曖昧なものであった。蜂須賀検事は、過去の自らの強圧的な取調べについて、明らかな虚偽証言をしたという事情もある。本判決が、蜂須賀検事が録音・録画を見ていなかったとする認定は、不自然不合理というほかない」としている(後藤・しんゆう法律事務所のWebサイトより)。
見ていたのに「見ていない」と証言したなら偽証である。
厳重警備の法廷
さて、大阪地裁は今回、傍聴券獲得者は入廷前にノートと筆記用具以外のすべてをロッカーに預けさせられた。こうした措置は、暴力団事件で法廷での報復を警戒してたまにあるが、検事の「特別公務員暴行陵虐罪」を問う裁判でなぜこんな過剰警備がなされたのか。この日は映像や音声が流れる場面はなかったが、傍聴者が法廷で密かに録音などをして、SNSなどで拡散することなどを警戒したのだろう。
こうした動きに呼応するように8月21日、民事裁判に提出された証拠を裁判手続以外にも利用できる現行制度の変更を視野に、法務省が法務大臣の諮問機関である法制審議会に民事訴訟法の見直しを諮問する検討をしていることが報じられた。刑訴法での証拠の「目的外使用」禁止を民事裁判にも導入する目論見で、醜悪な検察官の姿を国民の目から隠す姑息な動きだ。
今回で指定弁護士側の主張は終了。次回は10月6日。弁護側の冒頭陳述などが行われる。
◎著者プロフィール
粟野仁雄(あわの・まさお)
1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部卒。共同通信記者を経て現職。著書に『サハリンに残されて』(三一書房)、『瓦礫の中の群像 阪神大震災』(東京経済)、『アスベスト禍』(集英社新書)、『「この人、痴漢!」と言われたら』(中公新書ラクレ)、『検察に殺される』(ベスト新書)、『ルポ 原発難民』(潮出版社)など多数。近著に『袴田巖と世界一の姉——冤罪・袴田事件をめぐる人びとの願い』(花伝社)、『狙われたトップメーカー——冤罪・大川原化工機事件の傷跡』(同社)。神戸市在住。
(2026年09月01日公開)