
生徒の調査書の成績を改ざんするよう教員に指示し、その謝礼に生徒の祖父の元市長から現金を2回受け取ったとして加重収賄罪などで有罪判決が確定した静岡県立天竜林業高校(当時)の元校長、北川好伸さん(78歳)の第2次再審請求審で、北川さんの弁護団は9月30日、最終の申立補充書を静岡地裁浜松支部へ提出した。
第2次請求審で大きな争点になった2007年12月の2回目の贈収賄に対し、新たな証拠を踏まえて「その事実は認められない」と強調している。1回目の贈収賄や成績改ざんへの関与についても改めて冤罪だと訴え、再審を開始するよう求めた。
審理は12月17日の裁判所と弁護団、検察との三者協議で終結する見通しで、再審を始めるかどうかの裁判所の決定は今年度中に出る可能性が高いと弁護団はみている。
2回目の贈収賄の可否が最大の争点に
北川さんは校長だった2006年に、2人の生徒を推薦入試に合格させるため教員に指示して調査書の評定点をかさ上げしたとして虚偽有印公文書作成・同行使罪に問われた。また、うち1人の生徒の祖父である元静岡県天竜市長、中谷良作さん=贈賄罪で罰金70万円が確定、昨年11月に死去=から2006年12月と2007年12月の2回、謝礼としてそれぞれ現金10万円を受け取ったとして加重収賄罪に問われた。捜査段階から一貫して犯行を否認したが、2010年に最高裁で懲役2年6月・執行猶予4年の判決が確定した。
弁護団によると、最終の申立補充書は87ページ。弁護団は書面を公表せず、裁判所への提出後に弁護団長の海渡雄一弁護士らが浜松市内で記者会見を開いて主張のポイントを説明した。
補充書の中心になっているのは、2007年12月10日に行われたと認定されている2回目の贈収賄だ。確定判決は、中谷さんの手帳にあった「9:00 銀行」のメモを根拠に、中谷さんは午前9時ごろから銀行で年金保険の契約手続きをした後、午前11時ごろに高校を訪れ、校長室で北川さんに現金10万円を渡したと判断した。しかし、2023年10月に起こした第2次再審請求審では、その可否が最大の争点になった。
弁護団は「11時に高校へ行くのは不可能」と主張
新たに開示された証拠によって、「9:00 銀行」は開店時刻を意味しており、中谷さんは9時58分に農協で振込をしてから銀行に行っていたことが判明したのだ。銀行の販売記録表にも、受付日時は「10時30分」と記載されていた。
中谷さんの取調べメモには「12:26 事務処理(中谷退店)」と書かれており、弁護団は保険契約に関して12時26分の印字がある振込伝票を独自に入手した。保険契約の手続きは煩雑で時間を要する内容だったことも勘案すると、中谷さんは10時半ごろから12時半ごろまで銀行で手続きをしており、11時に高校へ行くのは不可能と立論した。
この日の中谷さんの行動をめぐっては、同校の当時の事務長が午前11時15分ごろに学校の玄関で会ったと証言している。これに対しても弁護団は、①事務長の調書は確定審で証拠請求されておらず、事務長は北川さんの有罪確定後に「全く記憶になかったが、職員のT氏がその場面を見たと言っていると聞かされて思い出した」と話した、②T氏も検察では「見た記憶はない」と述べており、調書は作成されなかった——として「捜査機関の誘導でつくられた証言」と見立てた。
検察は「手続きの途中で退店した」との新たな筋書き
一方の検察は、中谷さんに応対した銀行員の調書を初めて証拠として提出し、その証言をもとに「中谷さんは契約手続きの途中で通帳を預けて11時ごろに退店した」との新たな筋書きを展開した。受付日時の「10時30分」について銀行員は「説明の中間くらいで打ち込んだ時刻」と釈明している。
検察は8月に提出した意見書でも銀行員と事務長の証言の信用性を強調して、弁護団の主張に全面的に反論。中谷さんが手続きの途中で銀行を退店したことは「揺るぎがない」と言い通しているという。
ただ、検察は裁判所から探すよう求められた、当日の中谷さんの退店場面を撮った銀行の防犯カメラ映像や通帳を預かった記録が「捜査機関に保管している証拠には見当たらず、銀行にも残っていなかった」として提出しておらず、弁護団は「検察の筋書きは客観的な証拠で裏づけられていない」「事実の隠蔽工作を疑わせる」と批判している。
そのうえで弁護団は「検察の描いたストーリーに沿った確定判決の認定は破綻した」「第2次再審請求審で検察が言い出した『途中退店ストーリー』も不自然・不合理で、中谷さんが午前11時に高校へ行くのは不可能なことが明確になった」と結論づけている。
贈賄側の元市長は「お金なんか渡していない」
贈賄罪で有罪が確定した中谷さんは、北川さんの公判で「現金を渡した」と証言したが、第1次再審請求審の証人尋問(2015年)では「証言は虚偽だった」と2回の贈賄をともに否定した。2020年には自身の再審を請求。亡くなる前の昨年8月にも病床で「お金なんか一切渡していない」と吐露したそうで、弁護団はその様子を収めたCD(記録媒体)も最終書面に添付した。
第1次再審請求審で裁判所は、中谷さんの新たな証言の信用性を認めず受け入れなかった。しかし、弁護団は「贈収賄の証拠構造の核は中谷さんの自白と証言」と捉えており、2回目の贈収賄が崩れれば、1回目の贈収賄についても否定した中谷さんの新たな証言の評価が見直される可能性が高い。
成績の改ざんをめぐっては、確定判決は北川さんが指示をして実行されたと認定している。これに対し海渡氏は記者会見で、第2次再審請求審に提出した当時の同校教員の陳述書によって、2件の改ざんのうち1件は別の教員が主導したことが明らかになったと説明。本件の前年に北川さんが改ざんをやめさせたことがあったとの教員の証言にも触れて「北川さんは改ざんの指示をしていない」と力を込めた。

「無実を認めてくれると信じて疑わない」
弁護団は北川さんの意見書も裁判所へ提出した。意見書は冒頭で「私が成績の改ざんを指示した事実はありません」と強調。事件によって「一生懸命に築いてきた人生が瞬時に破壊され、すべてを失った。マイナスの人生になってしまった。せめて再審無罪判決を得て、ゼロの人生で静かに逝きたい」と訴えている。
2回目の贈収賄に関しては、捜査機関は2人を贈収賄の容疑で逮捕する前の段階で中谷さんが午前11時に高校へは行けないことを認識していたと綴り、「何ゆえ虚構を貫こうとしたのか。自らのあやまちに気づいた時、出発点に戻ろうとしなかったのか」と非難している。
北川さんは記者会見に同席し、「捜査機関は隠蔽と捏造というウラの顔を露骨に出し、虚偽の事件をつくった。そのからくりを暴いたので、今回こそ無実を認めてくれると信じて疑わない」と心境を明かした。
海渡氏は「今回の裁判所は証拠開示にも積極的で、手応えがあった。心から示されるであろう司法判断に期待を寄せたい」と語った。さらに、第1次請求審で裁判所の勧告を受けて2015年に開示されるべきだった中谷さんの取調べメモが検察のミスで7年近く埋もれたままだった経緯に触れたうえで「不公正な証拠の取扱いを理由に含む再審開始決定が出た場合、検察は抗告をせず再審公判に臨むべきだ」と語気を強めた。
◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう)
朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。
【編集部からのお知らせ】

本サイトで連載している小石勝朗さんが、2024年10月20日に、『袴田事件 死刑から無罪へ——58年の苦闘に決着をつけた再審』(現代人文社)を出版した。9月26日の再審無罪判決まで審理を丁寧に追って、袴田再審の争点と結論が完全収録されている。
(2026年10月22日公開)