16歳の少女が勾留で衰弱死、10月21日、神戸地裁で遺族の国賠訴訟始まる

粟野仁雄 ジャーナリスト


神戸地方裁判所(2026年10月21日。撮影/粟野仁雄)

「娘も守られるべき一人の人間ではなかったのですか」。

 母の渾身の訴えが神戸地裁でもっとも広い101号法廷に響いた。

 この訴えが届かないのなら3人の合議体裁判官は人を裁く仕事などやめるべきだろう。 
                        
 兵庫県の障害者福祉施設で働いていた16歳の少女が、利用者への暴行の被疑事実で逮捕され、不起訴となったが長期勾留で精神的ショックや摂食障害に陥り、後に死亡した。

 「娘の死は違法な取調べと勾留が原因」として、遺族が兵庫県と国を相手に計約1億1,000万円の損害賠償を請求した訴訟の第1回口頭弁論が10月21日に神戸地裁(鳥飼晃嗣裁判長、千葉沙織裁判官、増田慧裁判官)で開かれた。国と県は違法捜査や、死亡との因果関係を否定し、全面的に争う姿勢を見せ、請求の棄却を求めた。

 この日の法廷のハイライトは「娘の潔白を証明したい」と白いスーツを着た母・Aさんの約10分にわたる意見陳述だった。

 「身体を拘束する必要がなぜあったのか。その間、娘の声を聴き命と尊厳を守っていたのか。娘が悪いことをしていなかったのなら、娘に謝ってあげてください」「その場にいた人たちの声、日々の支援の記録、残された証拠をもって娘の無実を証明します」「警察も、検察も、人々を助け、命と人権を守る立場にあると、私は信じてきました。娘も守られるべき一人の人間ではなかったのですか」「人質司法と呼ばれる問題にも、向き合ってください」……。

逮捕3日前のるなさん(提供/遺族)

 訴状によれば、2025年2月15日、娘のるなさん(仮名)は、Aさんが理事長を務める障害者福祉施設でのバレンタインのイベント中、重い知的障害のある利用者の女性が他の利用者に嚙みつこうとしたため、顎に手を添えて制止した。

 ところが6月17日早朝、自宅を訪れた明石署員に任意同行を求められ、そのまま逮捕、勾留される。「顎付近を複数回押さえつけた」との暴行の被疑事実だった。

 るなさんは否認したが、親や姉との接見も許されず18日間勾留された。その間、体重が激減、留置場で嘔吐して倒れ緊急搬送されたが、再び留置場に戻された。釈放後も、摂食障害や急性ストレス障害(ASⅮ)、心的外傷後ストレス障害(PTSD)で心身ともに回復せず、12月14日に低栄養状態で死亡した。身長は148センチと小柄で、40キロもなかった体重は勾留中に10キロも減った。体重は釈放後も減り続け、半年後にはたった21キロ、死亡時には19キロにまでなっていた。

 逮捕のきっかけは、イベントに参加していた障害のある利用者Kさんが、居住する加古川市の窓口に「虐待ではないか」と相談したことだった。ところが、この利用者の方はるなさんが死亡した3か月後にAさん宛に「オーバーに言ってしまった。ぎゃくたいとして伝えてしまった。うそをついてしまって、すみませんでした」と謝罪する手紙を送っていたのだ。

 るなさんは、弁護士が差し入れていた被疑者ノートに、捜査官に「今言ったら楽になるぞ」「少年(院)に行きたいんか?」などと自白を迫られた様子を綴っている。「ママに会いたい」などと書かれた文字は涙で滲んでいた。

 るなさんと一緒に、当時、男性職員も逮捕されたが、Aさんはこの日の会見で「午前中の出来事でした。るなは(被害者とされた利用者に)お菓子をあげていたが、男性職員と関わることはなかったと言っていた。複数の人も証言していた。利用者の人も弁護士さんにそう話しています」と話した。

 原告代理人の向井義博弁護士は「利用者の人は意思疎通もできない重度の障害がありましたが、お菓子に執着があった。お菓子をあげると落ち着く。あの日は落ち着かない時間が結構あって男性職員も対応した。その一環で、隣の人に嚙みつこうとしたのでるなさんが『あかんよ』と言って顎に手を添えたと本人が言っていました」と説明した。

 Aさんは「逮捕や勾留の必要性はまったくなく、勾留後の健康管理もなされていない。捜査は違法」としている。兵庫県警は「警察官による捜査及び留置施設における対応に国家賠償法上の違法はない」として請求の棄却を求めているが、この日は「事実と違う。裁判で追って主張する」との答弁書を出すだけだった。

口頭弁論後に記者会見する(手前から)Aさん、向井義博弁護士、佐々木正博弁護士(2026年10月21日、兵庫県弁護士会館。撮影/粟野仁雄)

不起訴の理由示さず

 神戸地検は、るなさんの釈放の3日後に不起訴を決定している。

 しかし、遺族代理人の佐々木正博弁護士は「不起訴処分告知書は開示されたが、不起訴処分理由告知書は強く求めても開示しない。口頭でも言わない」と話した。

 この日、神戸地検は報道へのコメントを拒否した。

 不起訴処分告知書は、佐々木弁護士から検察官に対してその交付を求め、発行されたもので、それとは別に、不起訴処分理由告知書の交付を求めたが、これは検察官が拒否した。

 不起訴処分告知書には「貴殿に対する暴行被疑事件については、令和7年7月7日、公訴を提起しない処分をしました」とのみ記載されている。刑事訴訟法259条は、被疑者から請求があった場合、検察官が不起訴処分を告知することを義務づけている。一方、同法261条が不起訴理由の告知を義務づけているのは、事件の告訴人、告発人または請求人から請求があった場合に限られ、被疑者に対しては告知を義務づけていない。また、事件事務規程76条は告知を書面で行う場合の様式を定めているが、不起訴処分理由告知書は不起訴処分告知書に「添付される」とは定められていない。

 Aさんは意見陳述で、娘の仕事ぶりについて褒めたことがなかったことを少し後悔するような様子で明かし「娘が(障害者へ)してきた支援は素晴らしかった」と称賛した。

 会見では「今日、(法廷で)自分の言葉で伝えたいことを伝えられて本当に良かった。事実しかお話しすることはありません。裁判所も事実に向き合っていただけると信じています。訴訟は起こしましたが争うとかいう観点ではありません。(るなさんが)やっていないことに対して謝ってほしいのが一番です」と話した。そして「娘が潔白であることは私が一番わかっています。当日のことは鮮明に覚えていますし、被害を受けたとされた利用者を車で送りだしたのも私ですから」と話した。

 そして「謝ってくれたら許します。施設内でも悪いことをしたら謝る、明日一からやり直そうと言ってやってきました。娘も謝ってくれたら許すと生前、言っていました。私が変えるわけにはいきません」と話した。

 捜査官に対しての思いを問われると「同じ人間であると思うので、人と同じ立場になって同じ気持ちを知り、人を守るという立場に立って改めて考えるようになるまで伝えていきたい。それが被害を生まないことだと信じています」と話した。

記者会見風景──左からAさん、向井義博弁護士、佐々木正博弁護士(2026年10月21日、兵庫県弁護士会館。撮影/粟野仁雄)

因果関係がないというなら勾留がなくても死亡していた証拠を

 大きな争点の一つが、死亡と勾留との因果関係だ。るなさんの死亡が釈放されてから半年近く後のためだ。国や県は「持病があったのでは」「釈放後の治療や看護が悪かった」など、医学者を総動員して主張してくる可能性がある。だが、それであれば、逮捕や勾留がなくてもるなさんは死亡したということを証明しなくてはならないはずだ。

 向井弁護士は「国と県が争うことは想定内でした。身体拘束、取調べの内容、勾留中の健康管理の違法性が大きな争点です。拘束については、逮捕・勾留の令状を裁判所に請求した際の疎明資料を求め、逮捕や勾留に嫌疑の相当性、必要性があったのかなどを判断していきたい。どういう人からの聞取りをもとに強制捜査に踏み込んだのかと、取調べ中に何があったのかを明らかにしたい」と話した。

 疎明資料とは、罪を犯したと疑うに足りる相当な理由(嫌疑)や、身体拘束の必要性(逃亡のおそれや罪証隠滅のおそれなど)・相当性などを裏付けるための捜査報告書や供述調書などである。

 向井弁護士はさらに「取調べの録音・録画があると聞いています。開示させたい。裁判所が任意開示を求める訴訟指揮をすれば、開示が促されるはずだ。(拒否されれば)文書提出命令の申立てをする。真相解明のためにも不可欠のものであり、裁判所も積極的な訴訟指揮をしていただけると期待しています」と話した。「捜査機関が正しいことをしているなら開示されても問題ないはず、16歳の少女にどんな調べをしたのか、問題ないと言えるなら出すべきで国民にも共有されるべきです」と強調した。

 今回の国の答弁書では録音・録画の存在には触れていないという。

 驚くべきことに明石署は逮捕前、イベントで居合わせた職員にも利用者にもまったく聞取りをしていない。信じられないような「超怠慢捜査」のままで、捜査官は少女に対して恫喝めいた取調べをしたのである。

 Aさんら遺族は8月に3人の警察官と1人の検察官(高橋勇次検事)を神戸地検に刑事告訴し受理されている。特別公務員暴行陵虐罪で刑事裁判にかけられている「検察なめんなよ」の元大阪地検特捜部検事(田渕大輔検事)の事件にも劣らない深刻さなのだ。

 向井弁護士は「たった16歳の少女を不当に勾留し『少年(院)に行きたいんか?』など、とんでもない調べをしている。捜査官らを刑事告訴もしたので追及したい」と話す。

 この日、Aさんは、6月の提訴時の記者会見のときには机に置かれていた半透明の板を撤去していた。「報道時には顔は出さないでください」とのことではあったが、「応援してくださる報道陣の人の顔を自分が見たいから」ということだった。記者会見場には逮捕の3日前に施設でるなさんがかわいがっていたラブラドール犬とともに撮影された元気な頃の写真が飾られていた。逮捕後の写真とのあまりの差に言葉もなかった。

驚くべき新聞の小さな扱い

 今回、るなさんに関する報道を見ていると、テレビ報道はTBSの「報道特集」、テレビ朝日の「報道ステーション」、神戸市のサンテレビジョンが詳細に報じている。在阪局も大きく報じた。それに比べて新聞報道では極めて扱いが小さい。口頭弁論の翌22日の朝刊を並べた。さぞ一面や社会面で大展開するかと思った神戸新聞もたった2段。社会面で扱ったのは産経新聞と朝日新聞だが、さほど大きな記事ではない。読売新聞は県内版で短い記事。毎日新聞に至ってはまったく扱っていない。

 違和感を持ったので親しい地元記者に尋ねた。「県警は神戸地裁が原告の請求を棄却してしまうことについて絶対の自信を持っている。新聞報道が小さいのはそのせいです」とのことだったが、その自信の根拠はまったくわからない。

 兵庫県警はかつて、2005年1月に友人同士だった23歳の女性2人が失踪した事件で、両親が捜索願を出した姫路署は「男とどこか行ってるんやろ」と、まともに取り合わず、後に2人が惨殺体で発見され警察への批判が高まると、県警本部の捜査一課長が「風俗店の女や」と記者に吹聴し、報道を小さくしたことがある。筆者の経験から言うと、一般に放送記者よりも新聞記者の方が警察に食い込んでいる(裏を返せば取り込まれている)ケースが多い。今回、新聞記者たちは県警幹部に「原告に依拠した報道をしてたら大恥かくぞ」とでも言われているのだろうか。

◎著者プロフィール
粟野仁雄(あわの・まさお) 
 1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部卒。共同通信記者を経て現職。著書に『サハリンに残されて』(三一書房)、『瓦礫の中の群像 阪神大震災』(東京経済)、『アスベスト禍』(集英社新書)、『「この人、痴漢!」と言われたら』(中公新書ラクレ)、『検察に殺される』(ベスト新書)、『ルポ 原発難民』(潮出版社)など多数。近著に『袴田巖と世界一の姉——冤罪・袴田事件をめぐる人びとの願い』(花伝社)、『狙われたトップメーカー——冤罪・大川原化工機事件の傷跡』(同社)。神戸市在住。


【編集部】
 国賠提訴までの経緯については、「違法な逮捕・勾留で死亡した16歳少女の遺族が提訴(神戸地裁)、明石署の違法捜査と助長した神戸地検の驚くべき対応」が詳しい。

(2026年11月07日公開)


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