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『陪審制度論』


古典的名著にみる裁判員制度の可能性

1 陪審制度研究の出発点

 本書は、「近代刑法学の父」ともよばれているP. J. A. von Feuerbach1775-1833)によって著されたBetrachtungen über das Geschwornen=Gericht (Landshut, 1813)の全訳である。原著は、ドイツにおける陪審制度に関する最初の単行本で、その後の研究の出発点として位置づけられている著作であり、そのような古典的名著を日本語で味わう機会が与えられたことの意義は大きい。

2 各章を概略的に紹介

 本書は、原著の全訳部分全6章と訳者による「解題」から成る。その内容をごく概略的に紹介すると、第1章では「陪審裁判所の概念および本質」が、第2章では「政治制度、国家体制の一部分」としての陪審制の意義が、第3章では陪審員と被告人との間の「身分の平等性」「同輩性」を確保することの意義が、第4章では「純粋に刑法上の制度」としての陪審制の意義が、第5章では陪審制の下での「事実問題の性質」と事実認定に及ぼす「弁護および裁判長の影響」が、第6章では「陪審制の欠落を治癒する」方法が、それぞれ検討されている。そして「解題」では、原著の理論の特徴や当時の時代背景などの解説を通して、原著の趣旨を正確に理解するための手がかりが示されている。

3 刑事裁判への市民参加の意義やあり方を考える

 本書でまず目を引くのが、その先見性と現代性である。原著が出版されたのは200年以上も前のことであるが、そこで具体的に検討されているのは、裁判長による説示をめぐる問題(166頁)、一般市民が日常生活で得た「悟性」を裁判に反映させることの意味(205頁以下)等々、裁判員制度の導入に際しても議論されてきたすぐれて今日的なものでもある。その意味で、本書は、刑事裁判への市民参加の意義やそのあり方を考えるに際して、時代や国を超えて考慮すべき普遍的視座を提供するものといえ、施行10年を迎える裁判員制度の意義や課題、その将来像を議論するうえでも、大いに参考となりうるであろう。

4 裁判員制度の果たしうる役割を示唆

 本書では、陪審制度について、さまざまな角度から論じられているが、そこには、刑事裁判への市民参加の意義のみならず、個人の人権を保障することの意義や、さらには社会のあり方をも問い直す示唆に富んだ叙述が散りばめられており、頁を手繰るたびにその奥深さに惹き込まれていく。

 たとえば、「市民においては、無実の者が有罪とはされず、刑罰権が不正な恣意のために濫用されないということも、……重要性のある利益である。なぜなら、支配者の剣は独裁的に使用されると、殺人者の短剣よりも危険であるからである。後者は個人を殺しうるにすぎないが、前者は生命一般にも及ぶものである」(10頁)という叙述がある。判例実務を含め一般的には、「個人の権利」(被疑者・被告人の利益)と「公共の福祉」(被疑者・被告人以外の者の利益)とを対置し、後者により重要な価値を見出そうとする傾向が根強い。しかし、あらためて考えてみれば、「個人の権利」を保障するということは、当該個人以外のすべての者たちに対しても、将来同じ立場に立たされたときには同様に権利が保障されることを意味する。とするならば、「個人の権利」と「公共の福祉」は必ずしも相対立する関係にはなく、否むしろ、「個人の権利」は「公共の福祉」の一内容として定位しうるのではないか。上記の叙述は、「個人の権利」を保障することの価値を再認識させるものであると同時に、「個人の権利」対「公共の福祉」という二項対立的議論に根本的な再考を迫るものであるといえよう。

 また、「分立されていない政治権力の下では、陪審制が有効に栄えうるであろうような条件はほとんど発見されえない。民衆の活発な関与を直接当てにしている制度は、民衆の精神と意欲の中にのみその生き生きとした力を有している……」、「この民衆の精神とは、陪審裁判所という制度がそこからその生命力を引き出すものであり、それは立法のどのような賢明さによっても人為的に産み出されえないものであり、また、何かある別の手段によっても強力にされえないものである。この民衆の精神とは、全ての個人が全体の中においてのみ自分自身を実感し、国家に関するあらゆることを自分自身に関することと看做す、あの公共の精神(public spirit)なのである」(6465頁)という叙述は、現在のわれわれの社会に存在するさまざまな問題の根源を探るうえでの重要なヒントを提供するものであるのと同時に、あるべき社会を構築するうえでの裁判員制度の果たしうる役割、なかんずく裁判員制度の「民主主義の学校」としての豊かな可能性を示唆するものであるといえよう。

 

関口和徳(せきぐち・かずのり/愛媛大学准教授)

〔季刊刑事弁護98号・167頁より転載〕


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