『刑事弁護人のための科学的証拠入門』


科学鑑定の基本原理等を効率よく理解できる

1 新人弁護士(あるいは司法修習生)等の手助けに

 本書は、科学的証拠に関する「刑事弁護人」のための「入門書」であり、刑事弁護において科学鑑定や科学的証拠を目前とした新人弁護士(あるいは司法修習生)等の初学者が、科学鑑定の基本原理等を効率よく理解し、必要な弁護人活動を要領よく習得する手助けとなることを目的としている。

2 各章の紹介

 本書は、3部から構成されている。まず、「入門書」の性格から、分野別基礎知識(第1部)として、損傷や鑑定書の基本といった法医学の基礎(第1章)、事故直前の運転態様や事故の機序等が争われる交通事故鑑定(第2章)、個人識別や現場存在の、新しい証明法のDNA型鑑定(第3章)、その古典的証明法の指紋・足跡等鑑定(第4章)、薬物事犯や殺人事件等に頻出する薬物・毒物鑑定(第5章)が解説されており、各章においてその科学的原理の基礎知識や弁護活動のポイント等が、弁護人の視点から解説されている。また、随所に関連コラムもある。

また、「刑事弁護人」のために、立証活動の実践(第2部)として、弁護人が直接専門家に依頼して行う当事者鑑定(第6章)に関するポイントと、専門家証人に対する尋問(第7章)の基礎および具体例等が解説されている。

そのうえで、科学的証拠を弾劾または活用した弁護人に対するインタビュー(第3部)として、近時の著名3事件の科学鑑定(事件性を争ったDNA型鑑定と燃焼実験、犯人性を争った掌紋鑑定)について担当弁護人による体験談が盛り込まれている。

第1部、第2部の基礎的事項は、実際の裁判で科学的証拠や専門家証人と格闘した経験のある弁護人であれば誰でも熟知している内容である。しかし、未経験の入門者にとっては、その習得に拒否反応が出たり、多くの時間を要しかねないが、本書は、入門者がアレルギー反応なく科学的鑑定や科学的証拠と対峙できるように配慮して執筆されている。また、インタビュー(第3部)による体験談は、科学鑑定や科学的証拠に対峙した刑事弁護人の生の姿勢を体感でき、弁護人として科学的証拠を取り扱うときの大きな目標となろう(いずれも、評者にも意義深かった)。

3 入門者が必要な最低限の知識を習得できるように配慮

 もっとも、本書には、あれこれと有益情報を盛り込みたいという誘惑を、執筆者陣が苦渋の決断で断ち切り、あくまで入門者のためのプラットフォーム整備に徹したことが窺える。察するに、入門者「自ら」が実際の法医学や各専門書等を横に並べて学習することを期待しているのではなかろうか。というのも、本書には、科学の基礎知識(たとえば、再現性、対照検査等の個別鑑定を超えた科学の基本事項)、法医鑑定における損傷の現物写真、各検査の検査チャートや写真(たとえば、実物のエレクトロフェログラムや増幅曲線等、指掌紋図、各クロマトグラフィーの写真、赤外線吸収スペクトル図)等が示されていない。また、たとえばコラム⑦では専門的知見を要するためか、「警察におけるDNA型鑑定」DVDに潜む重大な問題点について、あえて触れていない。通常の医学書や専門書であれば、これらが存在しない入門書は考えにくい。

しかし、それはひとえに必要な最低限の知識の理解を入門者が習得できるよう記載を簡潔明瞭にとどめるという執筆者陣の教育的配慮と、専門的内容に安易に踏み込まず専門書等に委ねるという謙虚さなのであろう。

4 専門的知見が身につくプラットフォームを整備

 振り返ってみれば、本書はGENJIN刑事弁護シリーズ24GKS24)であるところ、法医学の基礎は医学専門書に、交通事故はGKS7GKS17DNA型鑑定はGKS13(現在、第2版改訂中とのこと)、指紋は現代人文社『弁護人のための指紋鑑定』(齋藤保著)、薬物についてはGKS15、当事者鑑定(専門家証人)や尋問に関してはGKS11GKS20等によって、応用的・発展的知見が容易に習得可能である。本書は、本シリーズ各巻を読む前のスタートラインとして、法医学の基礎や各鑑定の基本知識に始まり、尋問技術という法廷の舞台を経て、第一線の刑事弁護人の水準という高みへと入門者を誘っている。このように本書は、各シリーズにある専門的知見を身につけられるようなプラットフォームを整備している。本書を読んだ諸氏は、間違いなく、本シリーズの他の書籍や関連する専門書をも読まずにはいられなくなるだろう。

 

水沼直樹(みずぬま・なおき/第一東京弁護士会)

〔季刊刑事弁護98号・165頁より転載〕

(2019年05月23日公開) 


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