「袴田事件」再審請求の差戻し審が始まる/血痕の色合い変化がテーマ


三者協議の終了後に記者会見する弁護団と袴田秀子さん(中央)=2021年3月22日、東京・霞が関の司法記者クラブ、撮影/小石勝朗。

 1966年に静岡県で一家4人が殺害された「袴田事件」の第2次再審請求をめぐり、最高裁が差戻し決定を出したことに伴う東京高裁(大善文男裁判長)の審理が3月22日、スタートした。高裁は、死刑判決が確定した袴田巖さん(85歳)の弁護団、東京高検との三者協議で、犯行着衣とされた「5点の衣類」に付着した血痕の色合いの変化をテーマとする方針を明言。まずは検察が専門家の意見書を提出することになった(ライター・小石勝朗)。

「赤みが残る血痕」に疑問を呈した最高裁

 この事件では、発生の1年2カ月後にシャツ、ズボンなど5点の衣類が味噌に漬かった状態で見つかり、死刑判決は袴田さんの犯行着衣と認定して最も有力な証拠にした。しかし、発見直後のカラー写真を見ると、長期間味噌に漬かっていたにしては衣類の着色は薄く、血痕には赤みが残っていた。弁護団と支援者が同様の衣類を最長1年2カ月間、味噌に漬ける実験をすると、衣類はもとの色が分からないほど味噌の色に濃く染まり、血痕の赤色も判別できなくなった。

 静岡地裁は2014年、この実験結果を新証拠の1つに認定して再審開始決定を出した。5点の衣類が「1年以上、味噌に漬かっていたとするには不自然」と断じ、捜査機関が発見直前にタンクに投入した「捏造」にも言及した。しかし、東京高裁は2018年、この判断を覆し再審請求を棄却した。

 最高裁第3小法廷は昨年12月の決定で、5点の衣類に付着した血痕に赤みが残っていたことに疑問を呈した。弁護団が高裁へ提出した学者の意見書が「血液中のたんぱく質と味噌の糖分が結合して起こる『メイラード反応』で血痕は黒くなる」と分析したことや、検察が依頼した学者による衣類の味噌漬け実験でも血痕は短期間で黒くなったことを重視。血液の色調の変化について専門的な知見に基づく検証が尽くされていなかったと判断し、東京高裁の棄却決定を取り消して審理を同高裁へ差し戻していた(最高裁の差戻し決定については、刑事弁護オアシスの拙稿「袴田事件の再審請求、最高裁が棄却決定を取り消し高裁へ差し戻す/2人の裁判官は『再審開始』を主張」をご参照ください)。

「どんな場合でも血痕は黒くなる」

 「メイラード反応その他の味噌漬けされた血液の色調の変化に影響を及ぼす要因についての専門的知見等を調査したうえで、その結果を踏まえて、5点の衣類に付着した血痕の色調が、5点の衣類が1年以上味噌漬けされていたとの事実に合理的な疑いを差しはさむかどうか判断させる」。

 非公開で約40分間行われた第1回三者協議の冒頭、大善裁判長は最高裁の差戻し決定の一節を読み上げ、味噌に漬かった血液の色合いが変化する要因を科学的に裏づけることが審理の中心になると表明した。そのうえで、弁護団と検察の双方に主張立証の方針を尋ねた。

 弁護団の西嶋勝彦団長は、三者協議に先駆けて3月19日に提出した意見書の概要を説明。最高裁決定を受けて弁護団が、①味噌に漬かった血液の色調が変化する要因や条件を学者らに聞いたが、専門的な知見の情報は見当たらなかった、②さまざまに条件を変えて改めて衣類の味噌漬け実験をしたが、どんな場合でも2週間以内に血痕は黒色か黒褐色になった──と指摘した。

 そのうえで「検察官が主張立証すべきは(味噌に漬かった血痕の)赤みが消えないことがあり得るとの1点だ」と強調し、次回の三者協議までに検察の証拠が提出されなければ速やかに再審開始決定を出すよう高裁に求めた。

 一方の検察は引き続き争う姿勢を鮮明にし、メイラード反応に関する学者の意見書に反論する証拠を7月末までに提出する考えを示した。複数の専門家に意見書を依頼しているという。その後に次の証拠の提出を検討していることも明かした。

「赤みが残る可能性」に触れるよう指示

 これに対し、弁護団は「味噌に漬かった血痕の色調が変化する要因は、メイラード反応のほかにも酸化や微生物の影響、味噌による染色などが想定され、その内容では足りない」と批判した。大善裁判長は「赤みが残る可能性があることには当然触れていただく」と検察に念を押したそうだ。

 検察の意見書の提出時期についても、弁護団は「最高裁決定から3カ月が経過しており、あと2カ月もあれば十分だ」と主張した。検察は7月末とした理由を、コロナ禍の影響や、依頼した学者が所属する大学の異動の都合と説明。高裁は次回の三者協議を6月21日に設定し、その時点の状況を確認したうえで審理の進め方を詰めることにした。弁護団は、検察が新たな実験を計画しているかどうかただしたが、検察ははっきり答えなかった。

 弁護団も、最高裁の決定以降に独自に実施した衣類の味噌漬け実験の報告書を、次回までに提出すると伝えた。たとえば、採血直後の血液を使ったり、極端に薄い色の味噌に漬けたりと、実験の条件を100以上に変えたそうだが、「赤みが残ることが確認されたのは一例もなかった」という。

 弁護団は差戻し前の審理で、高裁が検察の持つ証拠のリスト(一覧表)開示を勧告したと主張し、改めて開示を求めた。また、5点の衣類が発見時に入っていた麻袋のカラー写真の開示を要求した。高裁は、リスト開示について検察に検討するよう促し、検察は「対応を考える」と答えたという。

最高裁の差戻し決定後、初めて公の場に姿を見せた袴田巖さん(左)=2021年1月31日、静岡市清水区、撮影/小石勝朗。

「検察に手詰まり感」との見方も

 弁護団の小川秀世・事務局長は三者協議後の記者会見で「血痕に赤みが残る可能性があると検察が明らかにすべきで、差戻し審ではこの点が最も重要だ」と強調した。検察がメイラード反応についての意見書しか準備していないのは、他の要因に関する立証が「できないと認識しているためではないか」として検察に手詰まり感があるとの見方を示し、審理の先行きに自信を見せた。

 会見に同席した袴田さんの姉、秀子さん(88歳)=再審請求人=は、最近の巖さんの様子について「最高裁決定の後、街でかけられる言葉が『頑張ってください』から『良かったですね』に変わり、心境の変化があったようで明るくなった。出かける先も神社仏閣だったのが、(支援者の)車で物見遊山に行くようになった」と紹介。「再審開始に期待している」と力を込めた。

◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう) 
 朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。

(2021年03月25日公開)


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