〈天竜林業高校事件〉元校長の再審請求、東京高裁も棄却/抗告から4年半、三者協議も開かないまま

小石勝朗 ライター


特別抗告後に記者会見する北川好伸さん(中央)と弁護人=2021年4月5日、東京・霞が関の司法記者クラブ、撮影/小石勝朗。

 生徒の調査書の成績を教員に改ざんさせ、その謝礼に現金を受け取ったとして有罪が確定した静岡県立天竜林業高校(当時)の元校長、北川好伸さん(73歳)の再審請求に対し、東京高裁(平木正洋裁判長)は3月31日付で認めない決定をした。請求を棄却した静岡地裁浜松支部の決定を不服として、北川さんが即時抗告してから約4年半。高裁は弁護人、検察との三者協議を一度も開かず、検察に意見書を求めることもなかった。北川さんは4月5日、最高裁に特別抗告した 。

捜査段階から一貫して否認

 北川さんは校長在任時の2006年、2人の生徒を推薦入試に合格させようと教員に指示して調査書の評定点をかさ上げしたとして、虚偽有印公文書作成・同行使罪に問われた。また、うち1人の生徒の祖父である元同県天竜市長、中谷良作さん(88歳)=贈賄罪で罰金70万円が確定、昨年10月に再審請求=から謝礼として現金計20万円を受け取ったとして、加重収賄罪に問われた。

 北川さんは捜査段階から一貫して犯行を否認したため、逮捕から1年近く身柄を拘束された。最高裁まで争ったものの、2010年に懲役2年6月執行猶予4年が確定した。2014年に再審請求したが、静岡地裁浜松支部が2016年に棄却決定を出したため、即時抗告していた。

贈賄側の新証言の信用性を認めず

 北川さんの弁護人が新証拠の中核に据えたのは、中谷さんの新たな証言だった。中谷さんは捜査段階で最終的に贈賄行為を自白し、北川さんの一審公判でも同様の証言をした。贈収賄の唯一の証拠だった。

 しかし、北川さんの再審請求審では一転、「警察官や検察官に厳しく追及され捜査機関の意向に迎合してしまった」と事実関係を否定する。2015年に地裁浜松支部の証人尋問で「すべて虚偽だった」旨を証言。その信用性が最大の焦点になった。

 高裁は決定で、中谷さんの取調べが任意段階も含めて長期間にわたっており、贈賄の認否を何度も変遷させていることや、威圧的な取調べをされたと訴えていることに触れて、当時の供述の「信用性の検討にあたり留意すべきだ」と述べた。

 それでも、中谷さんの新たな証言を再審開始の要件である新証拠とは認めなかった。取調べ段階で贈賄を否認したのは「激しく動揺」して「自己保身」を図ろうとしたためで「自然な流れ」と推測。中谷さんは「事実に反して贈賄を認めると北川さんにも無実の罪を負わせることになるし、刑事裁判で偽証すると偽証罪の制裁を受ける可能性があることも十分理解したうえで贈賄を認めた」と断じ、当時の自白や証言は信用できるとした。

 再審請求審で証言を一転させたことには「北川さんに対して負い目を感じていた中谷さんが、弁護士らの立会いなしに、北川さんと共通の知人の3人で多数回打合せを重ねたうえで証言に至ったという不自然な供述経過も認められる」と疑問を呈し、地裁支部と同様に信用性を否定した。

 これに対し、北川さんの弁護人は特別抗告の申立書で、中谷さんが捜査段階で最終的に贈賄を自白した理由として「早期釈放と罰金刑で済ませてもらう方針にした」ことを指摘。それが実現したため、北川さんの公判で「虚偽自白を覆して真実を話すことには相当高いハードルがあった」とし、さらに「自分を長期間取り調べた警察官が傍聴に来ているのを見て、自白ストーリーを貫くことにした」と主張した。

 贈賄を否定した新証言についても、北川さんの有罪確定後に初めて面会した際、中谷さんが「即座に平身低頭して『嘘の証言』をしたことを謝罪している」ことなどを挙げ、「中谷さんには虚偽供述をする動機はなく、核心部分は信用できる」と高裁決定に反論している。

集会で事件について説明し、冤罪を訴える北川好伸さん=2020年1月26日、静岡市清水区、撮影/小石勝朗。

証拠開示や証人申請にも応じず

 中谷さんの孫の成績を改ざんした教員は、調査書を何度も作り直していたことが分かっている。弁護人は、北川さんの指示の有無や、この教員の供述の信用性を判断するためには、作成の経緯の解明が不可欠だとして、調査書のデータが保存された光磁気ディスク(MO)の証拠開示を求めていた。

 高裁は、この教員が調査書を作り直した理由について「合理的な説明をしているとは言えない」としながらも、「北川さんの指示がなかったにもかかわらず、独断で調査書を改ざんしなければならないような動機はなかった」と決めつけ、開示の必要性を認めなかった。

 また、弁護人は「事件の前年に北川さんが別の調査書改ざんを阻止した」とする当時の同校教員の陳述書を提出し、証人申請した。これに対しても高裁は「全く別の生徒の調査書改ざんに係る事実関係で、この事件の事実認定を左右するものとは言えない」と退けた。

 北川さんが調査書改ざんを指示したとする証拠は、教員の供述だ。弁護人は特別抗告の申立書で「改ざんを実行した教員は、北川さんの指示があったとすることで刑事訴追を免れ、この事件後も教員を続けることができている」とし、「北川さんを巻き込んで虚偽の証言をする動機は十分にある」と強調した。

 高裁の審理では、検察は意見書を提出せず、裁判所も求めなかった。弁護人が申し入れた三者協議も、高裁は開かなかった。中谷さんの捜査報告書は地裁審理の終盤で開示されており、捜査報告書や中谷さんの新たな証言に対する検察の見解は示されていない。弁護人は特別抗告の理由として、これらが証拠開示や証人申請を認めなかったことと併せて憲法31条が保障する「適正手続」に違反すると主張している。

「裁判官が推論で作文」

 北川さんは特別抗告後に東京都内で記者会見し、「このまま屈することはできない。検察や裁判所と闘う気持ちを奮い立たせてくれた。北川を愚弄し人権を否定する内容で、裁判官が恣意的な思いを優先させて書いたものだ」と高裁決定を強く批判した。そのうえで「私は改ざんを指示していないし、20万円をもらってもいない」と改めて冤罪を訴えた。

 弁護人の1人、海渡雄一弁護士は「検察の意見書もないまま、裁判官が頭の中の推論で作文を書いただけだ」と決定を非難する一方、「新証拠の内容を否定していない部分も多い」として最高裁の審理に期待を寄せた。

◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう) 
 朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。

(2021年04月09日公開)


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