ニュースレター台湾刑事法の動き(第6回)

台湾国民裁判官法の概要


国民裁判官法の模擬裁判の様子(台湾司法院提供)

1 はじめに

 台湾では、今までの刑事裁判は専門的な職業裁判官が行うものであった。これにより法の安定性、法解釈の一貫性を保つことができた一方、国民の審判内容・過程に対する理解の不足という問題が指摘されてきた。また、判決自体が国民の感情から乖離した例も少なくない。このような事情により、司法と国民との間に「見えない壁」が存在していた。これらの状況の解消、透明性の高い司法の構築、国民主権原則の実現等の目標に向けて、台湾司法院(台湾の最高司法機関)は、台湾の現行刑事司法審判手続に法律専門家ではない一般人を参加させる仕組みの導入を求めてきた。

 数十数年 検討を重ねた上、刑事裁判に国民が参加するための法律「国民裁判官法(中国語:國民法官法)」が、2020年7月22日に立法院(台湾の国会)の三読会を通過した。以下では、国民裁判官法の制度の概要と、現時点での課題を述べていく。

2 制度の概要

 国民裁判官法(以下「本法」という)は全7章(総則、適用及び管轄、国民裁判官及び予備国民裁判官、審理手続、罰則、制度評価、附則)、計113条で構成される。本法の対象事件・施行時期・法廷の組織、起訴・審理過程・評議・判決、上訴等の救済、国民裁判官の義務違反時の罰則、国民裁判官に対する保護の順で説明していく。

(1)対象事件・施行時期・法廷の組織

 本法の対象事件は、本法5条によると、少年刑事事件と薬物犯罪の事件を除き、①法定刑が10年以上の罪(同条1項1号)または②故意の犯罪で人を死亡させた事件(同条1項2号)である。

 関連規則の制定や、制度の国民への浸透に時間を要するため、施行時期については以下のように制定された。本法5条1項2号の事件(故意の犯罪で人を死亡させた事件)は2026年1月1日施行することに対し、その他の対象事件(同条1項1号、最も軽い本刑が10年以上の有期刑である罪を犯した事件)は国会通過の2年半後の2023年1月1日に施行する予定である。
 2010年から2019年まで台湾地方裁判所刑事第一審が受理した事件のうち、殺人、強盗、放火などの重大事件は年間平均約150件にのぼるという現状から、この制度により裁かれる件数も予想できる。

 法廷は職業裁判官3人および国民裁判官6人で組織され、共同審判による合議制である(本法2条4号、3条1項)。
 また、満23歳かつ地方裁判所管轄地域内に4月以上継続して居住する中華民国の国民で、一定の職業でない者(法の専門家でない者、特に法曹三者。)または刑の宣告・監護若しくは輔助宣告1)を受けていない者等が、国民裁判官・予備国民裁判官に選任される資格を有する(本法12条以下)。選任方法について、上記の資格のある者を無作為で地方裁判所が必要とする人数の国民裁判官の候補者を選出し、法で定める方法で国民裁判官の候補者初選名簿・複選名簿をそれぞれ作成し、対象事件の審判期日の訴訟手続前に、複選名簿から当該事件の必須人員を無作為で選ぶ(本法17条以下)。

(2)起訴・審理過程・評議・判決

 一般の刑事事件においては、検察官が起訴するときに起訴状および証拠物を併せて裁判所に送るのであるが、それと異なり、国民を審判に参与させる事件については、検察官が起訴したときに、被告人の氏名などの個人情報、犯罪事実、犯行にかかる条文のみ起訴状に記載し、起訴状のみ裁判所に送る(起訴状一本主義、本法43条)。

 審判期日については特別な状況がある場合を除き、連続して開廷しなければならない(本法68条)。証拠能力、証拠調べの必要性および訴訟手続の決定並びに法令の解釈については、職業裁判官の合議でこれを決定する(本法69条1項)。裁判長準備手続における争点整理の結果および証拠調べの範囲、順番及び方法を国民裁判官に説明する(本法70条、71条)。また、証拠調べおよび弁論は、国民裁判官の前で行わなければならず、国民裁判官が不明瞭な点があるとした場合、裁判長に解釈・説明を求めることができる(本法76条以下)。

 評議時、6名の国民裁判官と3名の職業裁判官が共に当該事件の「事実の認定」、「法律の適用」および「量刑(保安処分の決定・期間も含む)」を議論したうえで判決を下す(本法82条1項)。また、評議の過程では、裁判長が分かりやすく刑事裁判の基本原則、本件事実および法律の争点を説明しなければならず、各証拠調べの結果を整理し、国民裁判官、職業裁判官に自主的に意見陳述および十分な議論の機会も与えなければならず、かつ国民裁判官が独立して判断の責務を全うできるよう確保しなければならない(本法82条3項)。

 有罪の認定は、国民裁判官及び裁判官の3分の2以上の同意でこれを決める。この比率に達しない場合、無罪又は被告人に対して有利な認定をしなければならない(本法83条1項)。また、免訴、不受理又は管轄錯誤の認定は、国民裁判官及び裁判官の半数以上の同意でこれを決める(本法83条2項)。

 それに対し、量刑事項の評議は、国民裁判官及び裁判官の半数以上の同意でこれを決める。但し、死刑の処断は国民裁判官及び裁判官の3分の2以上の同意がなければ、これを決めることができない(本法83条3項)。国民裁判官及び裁判官の意見が異なり、国民裁判官及び裁判官の半数以上の同意が得られない場合、最も被告人に不利益な意見を次位に被告人に不利益な意見に算入し、国民裁判官及び裁判官双方の過半数の同意を得たものを評議の結果とする(本法83条4項)。

 判決については、原則として、終局評議を終えた後、直ちに言い渡さなければならない。判決を言い渡すとき、主文を朗読したうえで、主文の理由を説明しなければならない(本法86条)。また、有罪の判決文において、犯罪事実の認定理由は、証拠の標目および重要な争点についての判断の理由のみ記載することができるため、一般の刑事裁判の判決文より簡略化されている(本法88条)。

(3)上訴等の救済

 本法による第一審の審判に対し、控訴の理由がある場合、または控訴の理由はないが原判決が不当または違法である場合、原判決で控訴された部分を取消さなければならない。ただし、一定の条件を満たさない場合、上訴または証拠調べは認められない(本法89条、90条)。また、事実の認定については、原判決が経験則または論理則に反しており、それが明らかに判決に影響を与えたと認められる場合でなければ、第二審裁判所はこれを取り消すことはできない(本法92条1項)。このように、控訴の条件は限定的である。

 また、判決確定後、証拠となった書類、証拠物、証言等が虚偽であることが証明された場合の再審の申立以外に、確定判決により虚偽の事実を誤って認定した判決に参与した国民裁判官が当該事件において職務上の罪を犯したことが証明され、かつ原判決に影響があった場合も、再審の申立てができる(本法93条)。

(4)国民裁判官の義務違反時の罰則

 国民裁判官は国民の義務である。合法に通知したが、正当な理由なく国民裁判官の選任期日に出廷しない、宣誓を拒否する、終局評議時に出廷しない、陳述を拒否するなどの方法で職務の遂行を拒否する場合、裁判長による秩序維持の命令に違反して、審判期日の訴訟手続の進行を妨害し、もしくは制止したがそれに従わなかった場合、いずれも3万新台湾ドルの過料に処する(本法99条、101条、102条)。

 また、審判の公正性を期するため、国民裁判官が賄賂またはその他不正な利益を要求し、約束し、または受領した上で、職務権限を行使せずまたは特定の職務権限の行使に承諾した場合、3年以上10年以下の有期刑に処し、200万新台湾ドルの罰金を併科する(本法94条)。

 現任又はかつて国民裁判官、予備国民裁判官が正当な理由なく評議の秘密を漏えいした場合は、1年以下の有期刑又は拘留に処し、10万新台湾ドルの罰金を科すことができる(本法97条1項)。正当な理由なく現任又はかつて国民裁判官、予備国民裁判官が職務上知り得た秘密を漏えいした場合は、6月以下の有期刑又は拘留に処し、8万新台湾ドルの罰金を科することができる(本法97条2項)。

(5)国民裁判官に対する保護

 国民裁判官の職務を円滑に遂行できるように、国民裁判官が所属する機関(機構)、学校、団体、会社、工場に対して公休の付与を求めるとともに、職務上の不利益の禁止(本法39条)、個人情報の保護(本法40条)の規定が設けられている。また、審判の公正性を保つため、いずれかの方法で国民裁判官に接触または連絡して、法律により保持すべき秘密事項を詮索することは禁じられている(本法41条)。

3 現時点の課題――関連法令の制定と国民への浸透

 本法により、施行のために制定すべき下位法又は規則は14ある。しかし、現時点(2021年5月)で既に作成された弁法 (日本でいう「規則」にあたる)は、国民裁判官の候補者名簿の作成・管理弁法、国民裁判官の候補者名簿審査グループ職権行使弁法、国民裁判官宣誓弁法の3つしかない。そのため、関連法令の整備が当面の課題の一つである。

 また、本法施行後、国民裁判官制度がどのように社会に浸透していくのかも現時点での課題である。この点について、台湾各地の裁判所は「国民裁判官法の模擬裁判」を行っていた。現時点(2021年5月)において、全国22裁判所で50回近くの模擬裁判が行われた。
 模擬裁判の開催に加え、国民裁判法の研修を受けた弁護士・裁判官等を講師として学校または各団体に派遣し、講演またはミニ模擬裁判を開催したり、知名度のある映画監督を招いて、国民裁判制度を紹介するミニ映画を制作するなど、司法院は国民裁判官制度を国民に普及させることに相当な力を入れている。これらの方法を通して、国民裁判官制度を国民に浸透させることが期待されている。

4 おわりに

 本法施行までの時間はわずかであり、また、昨今のコロナの感染拡大により、模擬裁判の実施も一時中止となっている。このような状況で、上記の課題について司法院がどのように克服していくかは今後注目すべきであろう。

【参考資料】
国民裁判官法全文(中国語)
https://law.moj.gov.tw/LawClass/LawAll.aspx?pcode=A0030320 (2021.5.29)
司法院国民裁判官制度紹介ウェブサイト(中国語)
https://social.judicial.gov.tw/CJlandingpage/ (2021.5.29)
http://social.judicial.gov.tw/LayJudge/ (2021.5.29)
司法院各裁判所模擬裁判の関連資料(中国語)
https://social.judicial.gov.tw/LayJudge/MockTrials (2021.5.29)
https://www.judicial.gov.tw/tw/cp-2014-282447-8fe5a-1.html (2021.5.29)
国民裁判官法関連法規
https://www.judicial.gov.tw/tw/lp-2012-1.html (2021.5.29)

◎執筆者プロフィール
洪 士軒(コウ・シケン)
 台湾弁護士、文化大学社会人コース非常勤講師(刑事訴訟法)。国立台湾大学公衆衛生学部及び同物理学部(副専攻)を卒業後、同大学院科際整合法律学研究科(法務研究科)修了。2011年台湾司法試験(弁護士)合格。2014年台湾台北弁護士会登録。2020年3月早稲田大学博士(法学)取得。研究テーマは刑事訴訟法、監獄(刑務所)行刑法、触法精神障害者の処遇、保安処分等。

【出版物】
・『刑務所受刑者の医療人権の考察(中国語:「監獄受刑人醫療人權之初探」)』(修士論文)2013年。
・「触法精神障害者に関する対応策をめぐる「人権保障」と「公共の福祉」との相克についての考察――改正刑法草案における「保安処分」を中心に」早稲田法研論集166号、167号(2018年)。
・「台湾における触法精神障害者に対する保安処分(監護処分)の認定傾向――関連裁判例を材料として」早稲田法研論集172号(2019年)。
・「台湾・人体バイオバンク管理条例(訳)と運用」『医事法研究』第3号(2021年) (共著)

【翻訳】
・「ストーキング行為犯罪化の動向」、早稻田大學法務研究論叢(5)、2020 (第4屆 早稻田大學法科大學院・國立台灣大學法律學院「學術交流工作坊」)(原著:王皇玉著「跟蹤糾纏行為犯罪化之趨勢」刑事政策與犯罪研究論文集(22)2019、頁293-310)
・共同翻訳に、李茂生監訳『冤罪論:關於冤罪的一百種可能』商周出版、2015年。第5章訳者。(原作:森炎著『教養としての冤罪論』岩波書店、2014年)。

注/用語解説   [ + ]

(2021年09月08日公開)


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