「袴田事件」検察が来年2月までに総括的な反論意見書/差戻し審は佳境に

小石勝朗 ライター


4回目の三者協議の終了後に記者会見する袴田秀子さん(中央)と弁護団=2021年11月22日、東京・霞が関の司法記者クラブ、撮影/小石勝朗。

 袴田事件(1966年)第2次再審請求の差戻し審で、元プロボクサー袴田巖さん(85歳)の弁護団と裁判所、検察による4回目の三者協議が11月22日、東京高裁(大善文男裁判長)で開かれた。焦点になっている「味噌に漬かった血液の色の変化」をめぐり、弁護団が11月1日付で出した鑑定書と意見書に対し、検察は来年2月までに反論の意見書などを提出することになった。高裁は「総括的な内容」を求めており、差戻し審の審理は佳境を迎えている。

 三者協議は非公開で行われ、終了後に弁護団が記者会見して概要を説明した。死刑判決が袴田さんの犯行着衣と認定した「5点の衣類」が事件の1年2カ月後に味噌タンクから発見された際、付着した血痕には赤みが残っていたとされ、弁護団は「発見直前に投入された捏造証拠だ」と主張している。

 弁護団が11月1日付で提出した法医学研究室の鑑定書は、血液が味噌に漬かると、味噌が含む塩分や弱酸性の環境によって血液を赤くしているヘモグロビンが変性・分解、酸化し、褐色の別の物質に変わるため、数日~数週間で赤みは失われると指摘した。さらに数カ月後には、血液中のたんぱく質と味噌の糖分が結合して起きるメイラード反応も加わり、「1年以上味噌に漬けた場合、血液の赤みが残ることはない」と結論づけた(詳しくは『刑事弁護オアシス』の拙稿「『袴田事件』弁護団が差戻し審へ学者の鑑定書/『1年以上味噌に漬かった血液に赤みが残ることはない』」をお読みください)。

即時抗告の取り下げを要求

 これを受けて、弁護団は22日の三者協議に「進行についての意見書」を提出した。鑑定書が「名実ともに明白性を有する新証拠となったことは明らかで、再審開始の要件を満たしている」と強調。袴田さんは高齢でもあり、「いかに速やかに再審開始を実現するかという点が三者協議のテーマとされるべきだ」としたうえで、検察に対し、鑑定書を再審開始に必要な新規・明白な証拠と認めるか、高裁への即時抗告を取り下げて静岡地裁の再審開始決定を確定させるよう要求した。

 弁護団は、新たな味噌漬け実験の報告書も提出した。5点の衣類の発見時の状況を踏まえ、血液を付けた布を麻袋に挟んだり、仕込んだばかりで色が薄い白味噌に漬けたりとさまざまに実験の条件を変えても、ほとんどのケースで24時間以内に、遅くとも4週間後には、血液の赤みは消えて黒褐色になったとしている。

検察は「赤みが残る可能性がある」と主張へ

 一方の検察は三者協議で、弁護団の鑑定書に「反論する準備を進めている」と表明した。鑑定の結論について「長期間味噌に漬かった血液には条件の違いにかかわらず赤みは残らないという趣旨か」との求釈明(質問)を申し立てており、反論では「赤みが残る可能性がある」ことを柱に据えるとみられる。求釈明に対し、弁護団は口頭で「味噌に漬けるという条件で十分だ」と回答した。

 検察は複数の学者に見解を求めており、関連する実験も依頼している模様だ。意見書は来年2月末までに提出するとし、「完成形になる」と説明したという。

 大善裁判長は検察の意見書が「総括的なものと理解している」との受けとめを示した。検察にもう少し早く提出できないか尋ねたが強くは求めず、次回の三者協議を来年3月14日に設定した。検察の主張を見たうえで、鑑定書を書いた学者の尋問をするかどうかを決める見通しだ。

「反論は裁判所を動かすものにはならない」

 記者会見で弁護団事務局長の小川秀世弁護士は、提出した鑑定書について「最高裁の差戻し決定の要請に完全に応えた」と改めて断言した。そして、味噌に漬かった血液に「『赤みが残る条件』は到底考えられない。検察の反論が裁判所を動かすものにはならないと確信している」と力説した。

 差戻し審の決定が出るまでにはまだ時間がかかりそうだが、会見に同席した袴田さんの姉・秀子さん(88歳)は「55年闘ってきており、長いの短いの言っている暇はない。あくまで再審開始決定を出してもらうよう頑張っていく」と語った。

◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう) 
 朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。

(2021年11月26日公開)


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