「袴田事件」専門家の証人尋問は7月下旬~8月上旬に/年内にも高裁決定か

小石勝朗 ライター


三者協議の終了後に記者会見して概要を説明する弁護団=2022年5月23日、東京・霞が関の司法記者クラブ、撮影/小石勝朗。

 袴田事件(1966年)第2次再審請求の差戻し審で、元プロボクサー袴田巖さん(86歳)の弁護団と裁判所、検察による7回目の三者協議が5月23日、東京高裁(大善文男裁判長)で開かれた。審理のテーマになっている「味噌に漬かった血痕の色の変化」をめぐり、専門家の証人尋問が7月下旬から8月上旬にかけて実施される方向が固まった。再審を開始するかどうかの高裁決定は、早ければ年内にも出される見通しになった。

味噌に漬かった血痕の色をめぐり主張が対立

 差戻し審では、事件発生の1年2カ月後に味噌タンクから見つかった「5点の衣類」に付着した血痕の色合いが争点になっている。

 死刑判決は5点の衣類を袴田さんの犯行着衣と認定したが、当時の調書や鑑定書によると発見時の血痕は赤みを帯びていた。弁護団は、血液を付けた衣類を長期間味噌に漬け込む実証実験をしたところ血痕が黒色化したことから、「5点の衣類は発見直前に投入された」と立論。この味噌タンクの仕込みの状況と袴田さんの逮捕の時期を勘案すると袴田さんが5点の衣類を発見直前にタンクに投入することは不可能で、「証拠が捏造された」と主張してきた。

 同様の実証実験は差戻し前の高裁審理の段階で検察も行っており、最高裁は「血液の色は遅くとも味噌漬けから30日後には黒くなり、5カ月後以降は赤みが全く感じられない」と結果を評価した。差戻しにあたって、その要因を専門的な知見に基づいて調べるよう求めた。

 差戻し審で弁護団は昨年11月、味噌の塩分や弱酸性の環境によって血液を赤くしているヘモグロビンが変性・分解、酸化し褐色の別の物質に変わるため「1年以上味噌に漬けた血液に赤みが残ることはない」とする大学の法医学講座の鑑定書を高裁へ提出した。これに対し検察は今年2月、独自の実証実験を新たに実施したところ味噌に漬けてから5カ月後でも血痕には赤みが残ったとして、「長期間味噌漬けされた血痕に赤みが残る可能性は十分に認められる」と反論する意見書を提出。双方の主張は真っ向から対立している。

弁護団、検察の双方が法医学者ら計5人を申請

 三者協議は非公開で行われ、終了後に弁護団が記者会見をして概要を説明した。

 証人として弁護団が申請したのは、昨年11月提出の鑑定書をまとめた法医学講座の学者2人と、理化学の学者の計3人。検察の申請は、この鑑定書を批判する見解を示した法医学者2人。現段階では、7月22日に弁護団申請の法医学者2人▽8月1日に検察申請の法医学者2人▽8月5日に弁護団申請の理化学学者の尋問を、それぞれ行う予定という。

 このうち弁護団申請の理化学学者は、検察による実証実験の条件設定を批判する鑑定書を作成し、4月に高裁へ提出された。検察申請の法医学者2人は、弁護団提出の鑑定書を批判するとともに、検察の実証実験の結果を分析・評価しており、その見解は供述調書として高裁に提出されている。

 弁護団によると、本来はこの日の三者協議で証人尋問の実施と内容が決定するはずだった。しかし、検察が具体的な尋問事項を提示しなかったため、尋問時間の設定ができないなどとして決定が先送りされたという。次回・6月27日の三者協議で正式決定する見通しだ。

 記者会見で弁護団の西嶋勝彦団長は、証人尋問の実施が固まったことへの受けとめを問われ、「(再審開始の)展望が開けたとは感じていない。無条件で安心とは思っていない」と気を引き締めた。差戻し前の高裁審理でも証人尋問が行われながら、逆転の再審請求棄却決定が出されたためだ。

 一方で小川秀世事務局長は、検察が申請した2人の法医学者の尋問時間が20分ずつだったと明かし、「(検察の)反証の仕方に限界があるのだと意を強くした」と自信を見せた。オンラインで会見に参加した袴田さんの姉、秀子さん(89歳)は「再審開始へ向けて大いに期待しています」と力を込めた。

実証実験への対応が高裁決定の時期に影響

 三者協議では弁護団、検察ともに新たな証拠を出す予定はないと表明しており、証人尋問が終われば最終意見書を提出することになる見通しだ。弁護団は「早期終結・早期決定の立場」(笹森学弁護士)でもあり、早ければ年内にも高裁の決定が出る可能性がありそうだ。

 ただ、前述したように、検察は血液を付けた布を味噌に漬け込んで血痕の色合いの変化を観察する実証実験を昨年9月初めから実施している。裁判官は布の取り出しに立ち会って血痕の色調を実際に見たいとの意向を示しているそうで、実験は継続しているが、いつまで行うかは確定していない。11月初めまで続ければ、5点の衣類と同様に血痕は1年2カ月間、味噌に漬かることになるため、高裁が実験にどう対応するかが決定の時期に影響しそうだ。

◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう) 
 朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。

(2022年05月26日公開)


こちらの記事もおすすめ