東電の元幹部3人に高裁も無罪判決/原発事故で強制起訴、津波の予見可能性を認めず

小石勝朗 ライター


 東京電力福島第1原子力発電所で2011年に起きた未曾有の事故をめぐり、業務上過失致死傷罪に問われて強制起訴された同社元会長の勝俣恒久被告(82歳)、ともに元副社長の武黒一郎被告(76歳)、武藤栄被告(72歳)の控訴審で、東京高裁(細田啓介裁判長)は1月18日、1審の無罪を支持する判決を言い渡した。高裁は東京地裁判決(2019年9月)と同様に、3人は同原発の敷地を超える高さ10m以上の津波の襲来を予見できなかったと判断。発電所の運転を停止すべき業務上の注意義務を否定し、検察官役の指定弁護士の控訴を棄却した。指定弁護士は最高裁へ上告した。

「不当判決」と書いた紙を掲げ、抗議の声を上げる刑事訴訟支援団のメンバーら=2023年1月18日、東京高裁前、撮影/小石勝朗。

入院患者ら44人を死亡させた過失を問われる

 3人は、同原発で津波に起因する事故が起きないよう防護措置を取る業務上の注意義務があったのに怠り、漫然と原発の運転を続けた過失により、2011年3月11日の東日本大震災で津波を受けて原子炉建屋に水素ガス爆発を発生させたため、近くの病院の入院患者ら44人に長時間の搬送を伴う避難を強いて死亡させた、などとして業務上過失致死傷罪に問われた。

 原発事故で被災した福島県民らが2012年に刑事告訴。検察は不起訴にしたものの、検察審査会の「起訴議決」を受けて、指定弁護士が2016年に3人を強制起訴した。

 控訴審で指定弁護士は専門家の証人尋問や原発の現場検証を求めたが、高裁は却下。3回の公判で結審していた。

政府機関による地震予測の信頼性を認めず

 控訴審でも最大の争点は、政府の地震調査研究推進本部(推本)が2002年に公表した「福島県沖を含む日本海溝でマグニチュード8.2級の津波地震が30年以内に20%程度の確率で起きる」との地震予測(長期評価)の信頼性だった。東電は長期評価をもとに2008年、同原発に高さ15.7mの津波が襲来する可能性があるとの試算を得ていた。こうした点を踏まえ、3人に津波の予見可能性があったかどうかがテーマになった。

 高裁は長期評価について「専門家の審査を経て見過ごすことのできない重みを有していた」「わが国有数の専門家が審議のうえ出した結論」と一定の評価をしてはいる。

 しかし、そのうえで長期評価が「(地震予測の)理由を一般に納得可能な明確性をもって提示しているとは言い難く、具体的に補う文献や研究成果も示していなかった」と指摘した。さらに、①長期評価の前書きに「評価結果には誤差を含んでいる」との記載がある、②推本は公表翌年の2003年に発生領域・確率の評価の信頼度を「C」(やや低い)としている、③信頼性に異論を唱える専門家もいた——とネガティブな材料を列挙した。

 そして、長期評価が「10mを超える津波が襲来するという現実的な可能性を認識させるような情報だったとは認められない」と信頼性を否定し、「ただちに対策を義務づけられるような具体性や根拠」を伴うものではなかったと判断した。長期評価に基づく15.7mの津波の試算についても「現実的な可能性を認識させるような数値であったとは認められない」と結論づけた。長期評価以外の知見にも「現実的可能性を認識させる成熟したもの」はなかったとの見方を示した。

水密化で事故を回避できたとの主張を一蹴

 もう1つのテーマは、対策を取っていれば事故は避けられたか(結果回避可能性)だった。指定弁護士は控訴審で、原発の運転を停止するだけでなく、防潮堤、防潮壁の設置や重要機器の水密化によって浸水を防止していれば今回の事故の被害は避けられた、と主張した。

 これに対して高裁は、指定弁護士が主張の根拠とした関係者の証言は「事後的に得られた情報や知見を前提にしている」と批判し、「採用できない」と一蹴した。さらに、①東日本大震災は地震の規模、震源域とも国内観測史上最大で、同原発に襲来した津波は最大17mを超えたとも言われる、②2008年の津波試算では原発の南側からの浸水が主と想定されていたが、実際には東側から襲来した——として、そうした対策を取っていても「本件事故を回避可能だったと認めるに足りる証拠はない」と断じた。

 高裁は1審同様に、事故を回避できた方策を「運転停止」に限定した。

3被告は「津波襲来の現実的な可能性を認識せず」

 武藤被告は2008年6月に15.7mの津波の試算結果を知らされていた。しかし判決は「長期評価は明確な根拠を示していないため信頼性がないという説明も受けている」ことを挙げて、「具体的な対策を講じる必要があるとまでは言えない、と認識したとしてもやむを得ない」と認定。武藤被告が翌月、電力業界と関係が深い土木学会に再評価を委託するよう指示したことに対しては「不合理であったとは到底言えない」と許容した。

 武黒被告は2008年8月に武藤被告から15.7mの試算結果などを聞いたが、判決は翌年に部下から長期評価の問題点などの説明を受けているとして「長期評価の見解を積極的に評価する手がかりを認識していたとは認められない」と判断した。勝俣被告も、10mを超える津波の可能性への言及があった2009年2月の社内打合せに出席していたものの、判決は「長期評価の見解や15.7mの試算結果は知らされていなかった」と斟酌した。

 そのうえで高裁は「10mを超える津波が襲来する現実的な可能性を認識していたとは認められない」として、3人の過失を否定した。さらに、①電力事業者は市民にとって最重要のインフラを支え、法律上の電力供給義務も負っている、②東電は行政機関や専門家から同原発の運転を停めるべきと指摘されたことはなかった、③長期評価を根拠にして原発の運転を停止した電力会社はない——ことにも触れて、発電所の運転停止の義務を課すほどの事情はなかったと結論づけた。

指定弁護士は「到底容認できない」、最高裁へ上告

 指定弁護士は判決を受けて「長期評価の信頼性を全面的に否定した判決は到底容認できない」とするコメントを出した。

 判決が「(津波)発生に確実性がある情報を求めている」との受けとめを示したうえで「津波のような自然災害に基づく原発事故というシビアアクシデントにまでこのような見解を取れば、およそ過失責任を問えないことになり、不合理と言うほかない」と非難。「判決は国の原子力政策に呼応し、長期評価の意義を軽視するもので、厳しく批判されなければならない」と強調した。

 指定弁護士は1月24日、最高裁へ上告した。最高裁は昨年6月の国家賠償請求訴訟判決で、長期評価を前提にした東電の15.7mの試算について「安全性に十分配慮して余裕を持たせ、当時考えられる最悪の事態に対応したものとして、合理性を有する試算だった」と一定の評価をしており、指定弁護士は判例違反を主張するとみられる。

報告集会で弁護士から判決の解説を聞く刑事裁判の支援者ら=2023年1月18日、東京・霞が関の弁護士会館、撮影/小石勝朗。

被災者らは「重大な原発事故を繰り返す」と危惧

 原発事故の被災者らが参加して指定弁護士を独自に応援してきた福島原発刑事訴訟支援団の弁護団は「この事故によって命と生活を奪われた被害者・遺族の皆さんの納得を到底得られない誤った判決だ」とする声明を出した。今回の判決のような判断を確定させると「まさに次の重大な原発事故を繰り返してしまうことが危惧される」と警鐘を鳴らした。

 3被告を含む東電の元幹部4人に13兆3,210億円の賠償を命じた昨年7月の株主代表訴訟の東京地裁判決は、長期評価に「相応の科学的信頼性」を認め、電力会社の取締役はそれに基づく「津波対策を講ずることを義務づけられる」と立論した。結果回避可能性をめぐっても、水密化によって「重大事態に至ることを避けられた可能性は十分にあった」と肯定している。民事裁判とはいえ、中心になった証拠は刑事裁判と同じだ。

 株主代表訴訟の弁護団メンバーで刑事裁判でも被害者参加代理人を務めている海渡雄一弁護士は、高裁判決後の報告集会で「空虚な判決。津波への対策を取るには、どこでどんな地震が起きるか確実な予測が必要と言っており、現実的な可能性が証明されていない限り何もしなくて良いことになる。次の大原発災害を認めている」と語気を強めた。

◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう) 
 朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。

(2023年01月30日公開)


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