〈袴田事件・再審〉5点の衣類の血痕の色合いに「不自然な点はない」、検察が第9回公判で主張/5月22日に結審へ

小石勝朗 ライター


袴田巖さんの再審公判が開かれている静岡地方裁判所=2024年1月16日、静岡市葵区、撮影/小石勝朗

 1966年に静岡県清水市(現・静岡市清水区)で一家4人が殺害された「袴田事件」で強盗殺人罪などに問われ、死刑が確定した元プロボクサー袴田巖さん(87歳)の再審(やり直し裁判)の第8回、第9回公判が2月14、15日、静岡地裁(國井恒志裁判長)で開かれた。第9回公判では、死刑判決が袴田さんの犯行着衣と判断した「5点の衣類」に付着した血痕の色合いをめぐり、検察が主張を展開。再審開始が認められる決定打となった、血痕に「赤み」が残っていたことに対し、法医学者7人が新たにまとめた共同鑑定書などをもとに「不自然な点はない」と強調した。地裁は4月以降の公判期日を指定し、再審は5月22日に結審する見通しになった。

カラー写真は「色合いの把握に不適当」

 検察はまず、複数あるカラー写真によって、5点の衣類の血痕の色合いは異なっていると指摘した。写真は撮影時の露光の調整や照明の設定、現像・プリントの方法によって色合いが左右されるため「大まかな色合いの傾向を把握するにも不適当」との前提に立った。

 5点の衣類を見た人の説明も「濃赤色」「赤紫色」「ドス黒い」「濃い茶色」など異なっているとし、「照明光源を含む観察条件の影響が考えられる」との光学専門家の見解を紹介。光量や天候などによって「赤みを感じさせることもあれば黒・茶褐色系が強く見えることもある色合いだった」との見方を示した。

検察「化学反応の進行速度を考慮すべき」

 味噌に漬かった血液の赤みが失われる化学的機序について、袴田さんの弁護団の委託を受けた旭川医科大の清水恵子教授と奥田勝博助教(ともに法医学)は再審請求・差戻審で、血液を赤くしているヘモグロビンが味噌の塩分と弱酸性の環境によって変性・分解、酸化して短期間で褐色化するとの鑑定書を提出した。弁護団は「1年以上味噌に漬かった血痕に赤みが残ることはない」と主張。東京高裁はこれを受け入れ、血痕が赤みを帯びていた5点の衣類は発見直前に味噌タンクに投入された捏造証拠である可能性に言及し、再審開始決定を導いた経緯がある。

 検察は今回、弁護団の主張に対し「血痕に起こる化学反応を指摘するのみで、1年あまり味噌漬けされた血痕に赤みが消失するところまで化学反応が進行するという根拠を示していない」と反論した。清水教授らの鑑定は「味噌醸造における環境条件について、醸造専門家らの見解に反する誤った理解をしている」と批判した。

 検察は、味噌に漬かった血痕に赤みが残るかどうかを判断するためには、血痕に起こる化学反応の進行速度・程度を考慮すべきだと立論。特に「進行を阻害する要因の影響の有無・程度を検討する必要がある」と強調し、具体的な要因として、血痕化に伴う血液の凝固・乾燥や低い酸素濃度を挙げた。

 検察は味噌に漬かった血液に起こる化学反応は認めながら、血液の凝固や乾燥、酸素の少ない環境が褐色化の進行を遅らせるので、1年後に赤みが残っている可能性はあると主張している。

検察が再審請求・差戻審の実験で1年2カ月間味噌に漬けた血痕(袴田巖さんの弁護団提供)

味噌漬け実験の評価は分かれる

 血液を付着させた布を長期間味噌に漬けて色合いの変化を観察する「味噌漬け実験」は、これまで弁護団と検察がそれぞれ複数回、実施している。弁護団がこれらの実験で「血痕の赤みは消失するとの結論が出ている」との受けとめを示したのに対し、検察は「5点の衣類が味噌漬けされたのと異なる条件の下で行われており、血痕に赤みが残ることはないとただちに認定することはできない」とのスタンスに立った。

 一方で、検察が再審請求・差戻審の段階で実施した味噌漬け実験では「血痕に赤みを感じさせる試料が複数の条件下において観察された」と評価。低い酸素濃度、血痕化に伴う凝固・乾燥のほか、布の厚さや血液の量の影響が考えられると分析し、「味噌醸造の環境下において血痕の化学反応の進行を阻害する要因の存在」を裏づける材料とした。

 そして「1年あまり味噌漬けされた5点の衣類の血痕に赤みが感じられたことに不自然な点はない」と強調。他の証拠と合わせれば「5点の衣類を袴田さんが犯行時に着用し味噌タンクに隠匿したという(死刑判決の)事実認定が揺らぐことはない」と結んだ。

弁護団は「抽象的な可能性を指摘しているだけ」と反論

 弁護団は直後に反論し、検察の主張は「血痕に赤みが残る抽象的な可能性を指摘しているにすぎず、5点の衣類に赤みが残ることは間違いないと立証されたとは言えない」と非難した。

 根拠として「血痕の赤みが消えるのに必要な酸素量は極めて微量であり、(5点の衣類が隠されていた味噌の)タンクには血痕の赤みが消えるのに十分な酸素量があった」などとする清水教授らの新たな意見書を取り上げた。さらに、差戻審での鑑定に使ったサラシより厚いメリヤスによる実験でも「数日以内に血痕の赤みが消失した」とする奥田助教の鑑定書や、味噌漬けの環境であれば血痕であっても味噌中の水分が浸透し酸化が進むとする石森浩一郎・北海道大学大学院教授(物理化学)の意見書などで検察に対抗した。

 そのうえで「5点の衣類が1年以上、味噌漬けにされれば血痕の赤みは消失する」と力を込めた。

証人尋問は法医学者ら5人に実施へ

 地裁は「血痕の色合い」をテーマに次回3月25~27日に実施する証人尋問の内容を決定した。味噌に1年以上漬かった血液に赤みが残るかどうかは、再審請求・差戻審に続いて最大の争点で、再審公判のヤマ場になりそうだ。

 初日の尋問は検察が請求した神田芳郎・久留米大教授(日本法医学会理事長)、池田典昭・九州大名誉教授(同学会元理事長)▽2日目は弁護団が請求した清水教授と奥田助教、石森教授▽3日目は双方の証人を相対させて同時に聞く「対質尋問」を行う。

 神田氏は、再審公判で検察が新たに提出した法医学者7人による共同鑑定書の筆者の1人。池田氏は検察の聴取に応じ、清水教授らの鑑定を批判する見解が供述調書になっている。清水、奥田、石森氏は再審請求・差戻審でも証人尋問を受けた。

第9回公判を終え記者会見する袴田秀子さん(中央)と弁護団=2024年2月15日、静岡市葵区の静岡県弁護士会館、撮影/小石勝朗

弁護団「検察の共同鑑定書に証拠価値はない」

 再審公判終了後の弁護団の記者会見では、検察の主張・立証に対し厳しい批判が渦巻いた。

 法廷で反論した間光洋弁護士は「最高裁(の差戻し決定)は『血痕の赤み』が犯人性に直結するとの基本的な判断枠組みを示した。それなのに検察は論点の重要度を低く設定し、赤みが残る抽象的な可能性で有罪を立証しようとしている。最高裁の基準をねじ曲げており許せない。赤みが消えるという結論は揺らがない」と語気を強めた。

 笹森学弁護士は検察が新たに提出した共同鑑定書に対して「実験をしておらず、7人の法医学者がオンラインで3回会議をしただけ。東京高裁の再審開始決定を『科学リテラシーが欠如している』と批判しているが、証拠価値はない」と切り捨てた。

 元裁判官の水野智幸弁護士は「今日の段階で検察は立証責任を果たしていない」との受けとめを示したうえで、「判決が『(捜査機関が証拠を)捏造した』と踏み込めるのなら、これからの審理に意味がある」と証人尋問の意義を説明した。

 袴田さんの姉・秀子さん(91歳)は「検察は長々とした陳述だったが、弁護団の反論は小気味よかった」と感想を語り、結審の日程が固まったことについては「裁判なので最後までお付き合いします」と淡々と話した。

【袴田事件の再審決定後の動き】は以下を参照(編集部)
〈袴田事件・再審〉「ズボンの端切れも警察の捏造」、5点の衣類めぐり弁護団が主張/第6、7回公判
〈袴田事件・再審〉犯行の動機や袴田さんのけが、パジャマをめぐり検察と弁護団が論戦/第5回公判
〈袴田事件・再審〉袴田さんの弁護団が「5点の衣類は捏造証拠」と反論、ズボンがはけない理由を論証/第4回公判

◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう) 
 朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。

(2024年02月22日公開)


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