
生徒の調査書の成績を改ざんするよう教員に指示し、その謝礼に生徒の祖父の元市長から現金を受け取ったとして加重収賄罪などで有罪判決が確定した静岡県立天竜林業高校(当時)の元校長、北川好伸さん(78歳)の第2次再審請求審で、静岡地裁浜松支部は3月24日、裁判所と弁護団、検察による2回目の三者協議を開いた。
北川さんの弁護団は、2007年の贈収賄があったとされる時間帯に元市長は銀行で手続きをしていて北川さんに現金を渡すのは不可能だったと主張しており、元市長が銀行にいたかどうかが焦点になっている。検察は2月に約30点の証拠を開示したが、來司(くるじ)直美裁判長は今回の協議で、元市長の手続きにかかわる記録と防犯カメラの映像が銀行に残っていないか改めて捜査するよう検察に依頼した。弁護団によると、再審請求審で裁判所が再捜査を要請するのは極めて異例という。
双方の当事者が贈収賄を否定
北川さんは校長だった2006年に、2人の生徒を推薦入試に合格させるため教員に指示して調査書の評定点をかさ上げしたとして、虚偽有印公文書作成・同行使罪に問われた。また、うち1人の生徒の祖父である元静岡県天竜市長、中谷良作さん=贈賄罪で罰金70万円が確定、昨年11月に死去=から2006年と2007年の2回、謝礼としてそれぞれ現金10万円を受け取ったとして加重収賄罪に問われた。
2010年に最高裁で懲役2年6月・執行猶予4年の判決が確定したが、捜査段階から一貫して犯行を否認している。中谷さんは北川さんの確定審で贈賄を認めたものの、北川さんの有罪確定後に「自白や証言は虚偽だった」と翻し、自らも再審請求していた。
北川さんの弁護団は第2次再審請求審で、2007年12月10日とされた2回目の贈収賄が不可能だったことを新たな証拠の柱に据えた。確定判決では中谷さんが午前11時ごろに高校を訪ねて北川さんに現金を渡したとされたが、伝票などをもとにその時間帯に中谷さんは銀行で年金保険の契約手続きをしていたと主張。一方の検察は、中谷さんが手続きの途中で銀行を退店したとの新たな筋書きを持ち出して反論している(第2次再審請求審の経緯や双方の主張については本サイトの拙稿をご覧ください)。
通帳をいつ返したかの記録を重視
三者協議は非公開で行われ、終了後に弁護団が記者会見を開いて概要を説明した。
弁護団によると、來司裁判長は検察の証拠開示を受けて検討した結果として、12月10日に中谷さんに応対した銀行員が警察の聴取に「中谷さんは手続きの途中で通帳を預けて午前11時ごろに銀行を出た」と証言していることに着目し、その真偽が「再審理由に直結する重要な部分」との認識を示したという。
裁判所と弁護団が重視しているのは、中谷さんの退店時に預かったとしている通帳を返したことを示す記録だ。
銀行員は「通帳はその日のうちに中谷さんに返したはずだ」と証言する一方で、12月10日のこの銀行員の「預り通帳記入帳」には中谷さんの通帳を預かった記載がないことも認めている。銀行員は記入帳の仕組みを「翌日まで預かって渡す場合は必ず記載しなければいけない」と説明しており、記載がないのは「当日中に返したため」との理屈とみられる。
弁護団はそれが事実かどうか確かめるため、この銀行員が担当した中谷さん以外の顧客の通帳預かり記録の開示を求めていた。もしその中に通帳を預かった当日に返した記載があれば、中谷さんの通帳を当日返したため記載がないとの銀行員の説明に疑問符が付き、中谷さんが手続きの途中で通帳を預けて銀行を出たとの検察の筋書きは大きく揺らぐためだ。
しかし、検察は今回の証拠開示に当たり「検察と警察が保管している記録には該当するものはなかった」旨の回答をしていた。
そこで來司裁判長は三者協議で検察に対し、捜査の一環として2007年12月のこの銀行員の「預り通帳記入帳」が残っていないか改めて銀行に照会し、残っていれば通帳を預けた日と返した日が分かる記録を取り寄せ、個人名をマスキングして提出するよう求めたという。
防犯カメラ映像の確認も求める
裁判長は同時に、12月10日の銀行の防犯カメラの映像についても、捜査機関が証拠として保管していない場合、捜査の一環として銀行に残っていないか改めて確認するよう検察に要請した。
銀行の伝票によれば中谷さんにかかわる当日の手続きが終わったのは12時26分で、弁護団はその後に退店したと見立てているので、11時ごろに銀行を出たとする検察の主張とどちらが正しいか検証する狙いとみられる。弁護団も開示を求めていたが、検察は今回の証拠開示に当たり防犯カメラの映像を保管しているかどうか明らかにしていなかった。
來司裁判長は2件の再捜査について「(証拠開示の)勧告でも命令でもなく、あくまで訴訟指揮に基づく依頼。その結果を踏まえて、最終的に命令や勧告をするかどうか、適宜の段階で検討したい」と述べたという。
検察は依頼に対し「検討する」と回答。裁判長は弁護団に向けても「今回開示された証拠をもとに新しい主張をできることがあるなら書面にして提出してほしい」と要請し、弁護団は受諾した。

弁護団長の海渡雄一弁護士は記者会見で「裁判所は検察の主張を信じていない。重要な部分で何か隠されていると思っており、納得していない。再審開始へ向けて審理を進める気持ちで取り組んでいるようだ」と述べ、裁判長の対応を高く評価した。
北川さんは「審理が打ち切りになるのでは、という気持ちが心の片隅にあったのでホッとした。私と同じ目線で審理を進めてくれており、裁判官の良心を見た思いだ。調書はまだ隠されており、証拠と供述が偽装されたのは間違いない」と感想を話した。
「元市長と会った」との証言は誘導で作られた
検察は三者協議に先立ち、2月13日に約30点・782枚の証拠を任意開示した。第2次再審請求の申立て後に弁護団が7項目の証拠開示を求めたのに対し、來司裁判長は前回の協議で「まず全体的に開示すべきものがあるか、開示するかどうかを、まるっと検討してほしい」と検察に促していた。
弁護団は「大半が伝票などで本件にかかわらないもの。中谷さんの途中退店に関連する証拠はなかった」(海渡双葉弁護士)との受けとめを示しているが、その中で重要視しているのが天竜林業高校の当時の職員Tさんの警察官調書だ。
中谷さんが12月10日に高校を訪れた根拠にされたのは「午前11時15分ごろ県庁に出かける際に玄関で中谷さんに会った」との同校の当時の事務長の証言だった。事務長は北川さんの有罪確定後に「中谷さんと会った記憶はなかった」と振り返ったうえで、思い出すきっかけになったのは「『Tさんが中谷さんと事務長が会っているのを見たと言っている』と教えられたため」という趣旨の説明をしていた。
一方、Tさんは北川さんの有罪確定後、「警察には『覚えていない』と言ったのに調書が作ってあり署名してしまった」と告白している。今回開示されたTさんの調書には「午前11時20~30分ごろに玄関近くの廊下で中谷さんを見かけた」と記されており、弁護団はこの事件で警察が強い誘導で本人の記憶と異なる調書を作成していたことを裏づけるとみている。Tさんは検察の聴取では「覚えていない」と強く主張したため調書は取られず、警察の調書も公判には提出されていなかった。
弁護団は三者協議前日の3月23日に提出した申立補充書で「事務長の調書もTさんの調書を梃子として強い誘導によって作り出されたものだと推認させる」と指摘した。
弁護団は証拠リストなどの開示を改めて要求
弁護団は申立補充書で、さらなる証拠の開示を要求した。とくに証拠一覧表(リスト)を開示する必要性を強調するとともに、12月10日の銀行の防犯カメラ映像や、成績の改ざんに関与した教員の捜査書類、中谷さんの銀行退店後の行動の記録などを挙げている。
検察は今年になって改ざんにかかわった教員の1人を改めて聴取しており、証拠開示に合わせてその調書を提出した。弁護団はこれに対し「検察のストーリーと矛盾する記載のある書面を開示せざるを得なかったため、その内容を取り繕い糊塗するため」と反発している。
◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう)
朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。
【天竜林業高校事件の動き】は以下を参照(編集部)
・〈天竜林業高校事件〉元校長の贈収賄めぐり検察が新たな筋書き、裁判所は証拠開示の検討を促す/第2次再審請求審で初の三者協議
・〈天竜林業高校事件〉元校長の贈収賄を否定する新証拠、第2次再審請求で弁護団が提出
・〈天竜林業高校事件〉元校長の再審請求を最高裁が棄却/検察の異例の証拠開示を受けた差戻し要求に応えず
(2026年04月07日公開)