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免田事件資料、熊本大学が保管


 日本の刑事裁判史上初めて確定死刑囚で再審無罪となった免田栄さん(93歳)に関する貴重な資料を、熊本大学文書館(熊本市)が保管することになった。免田さんが収監中に家族や支援者に宛てた手紙や書き写した裁判資料などで、文書館は今後、整理・分類して公開することにしている。

 1980年代には再審の門戸を広げたといわれる最高裁白鳥決定(1975年)を受け、免田事件をはじめ死刑囚の再審無罪が相次いだが、いぜん再審が狭き門である状況は変わっていない。今回、免田事件の資料が熊本大学文書館に保管・公開されることになった意義は大きい。

 免田さんは再審無罪となり「自由社会に帰ってきた」(免田さん)後、結婚した玉枝さん(82歳)と共に、福岡県大牟田市の自宅で暮らしてきた。しかし、高齢化に伴って二人とも病気がちになり、現在は大牟田市内の別々の高齢者施設に入所している。

 免田さん夫妻は数年前から自宅に保管していた資料類の散逸を危惧し、再審無罪後に熊本日日新聞紙上で事件の検証企画を連載するなど取材や交流を続けてきた高峰武、甲斐壮一の二人に相談していた。

 保管場所として法学部がある熊本大学であれば、学生の研究にも役立てられるのではないかと考え、熊本大学と協議。文書館が水俣病やハンセン病など熊本県内の社会課題に関する資料収集・保存を掲げていることから、その一環として免田事件資料の保管が決まった。2019年1月、免田さん側と文書館が展示・公開を前提に、資料寄贈の覚書を交わした。

 高峰、甲斐の二人が古島幹雄・文書館長(当時)から「市民研究員」の委嘱状を受け、19年度中をめどに資料を整理・分類。文書館は今後、免田事件を扱ったテレビ・ラジオ番組、映画など映像や音声資料の収集にも努め、目録のホームページでの公開や資料の展示を計画している。

 段ボール十数箱分の資料の中には、免田さんの死刑確定後に、福岡刑務所が熊本県球磨郡免田町の父栄策さんに宛てた3通の公文書がある。

 1通目は手書きで、死刑が確定した1952(昭和27)年1月5日から間もない1月14日付。死刑執行後の遺体引き取りか、または火葬に付し遺骨の引き取りを求めるかを尋ねる内容で、後者の場合は火葬料700円の支払いを求めている。2通目は同年9月17日付で活字。1通目と同じ内容で、栄策さんから回答がなかったために催促したと推察される。

 3通目は手書きの文書で同年10月7日付。免田さんは同年6月に第1次再審請求を行っているが、それを受けて「(再審請求の)手続きが終了し且つ、法務大臣の命があるまで死刑の執行はされない」と明記している。再審請求と死刑の執行停止を考える上で貴重な資料といえる。法務省は現在、「再審請求は死刑執行を停止する理由に当たらない」との見解で、2018年7月のオウム真理教事件など、再審請求中の死刑囚の刑が執行されている。

 なお、3通目の文書は「再審申し立ての結果がいかがなるのか予測できないのでありますが」と断って、火葬料が800円に値上がりしたことも知らせている。

 このほか、免田さんが収監中に点訳奉仕作業に使っていた文机や辞書、六法全書などもある。文机は「(支援者の)潮谷総一郎さん(故人)から差し入れてもらった」という。

 免田事件については熊本日日新聞社編『完全版 検証・免田事件』(現代人文社、2018年)をご一読いただければ幸いである。

(熊本大学文書館市民研究員/甲斐壮一)

(写真左)福岡刑務所が父免田栄策さんに再審請求中の死刑執行停止を伝えた文書
(写真右)潮谷総一郎さんから差し入れられた文机と免田さんが愛用した辞書、家族に宛てた手紙類

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