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袴田巖さんの右肩の傷に「新証拠」/弁護団が最高裁へ補充書


 1966年に静岡県で一家4人が殺害された「袴田事件」で、死刑が確定して第2次再審請求をしている元プロボクサー袴田巖さん(83歳)の弁護団が、犯行着衣とされた「5点の衣類」に関する新たな証拠を最高裁第3小法廷へ提出した。「5点の衣類が捏造だったことを裏づける」と改めて主張している。また、捜査段階の取調べ録音テープをもとにした供述分析の補充書も出した。

「5点の衣類」の半袖シャツ。
「5点の衣類」の半袖シャツ。

 5点の衣類は、事件発生から1年2カ月後に、現場そばの味噌工場の醸造タンクから味噌に漬かった状態で見つかった。死刑判決は、そのうちの半袖シャツ(下着)の右肩に付いた血痕の血液型などをもとに袴田さんの犯行時の着衣と認定し、傷やシャツ右肩の穴は袴田さんが被害者と格闘した際にできたとされてきた。

 しかし、袴田さんの弁護団は、①半袖シャツ右肩の2つの穴(直径2.5mmと3mm)やその周囲の血痕と袴田さんの傷の位置が合わない、②5点の衣類が発見されるまで犯行着衣とされていたパジャマの右肩にも損傷があり、血が付いている――などと疑問を提示してきた。袴田さんは「パジャマを着て(事件に伴う火事の)消火活動をしている時に右肩にけがをした」と供述し、事件や5点の衣類との関わりを否定。弁護団は「半袖シャツの血痕は右肩の傷によるものではなく、捏造された」と主張してきた。

 静岡地裁は2014年、「半袖シャツ右肩の血痕のDNA型は袴田さんとは一致しない」とする本田克也・筑波大教授(法医学)の鑑定結果を新証拠に採用して再審開始の結論を導いたが、東京高裁は2018年に本田氏の鑑定の信用性を認めず再審請求を棄却した。袴田さん側が最高裁に特別抗告している。

「右肩の傷」
着装実験の結果、半袖シャツの穴(黒い丸)と袴田巖さんの傷(赤い線)の位置はずれていることが裏づけられた(支援者提供)。

 再審開始決定を受けて袴田さんが釈放されたことで、実際に右肩を見ることが可能になった。長さ1.5㎝の傷は今も残っており、袴田さんが暮らす静岡県浜松市の支援者が傷を測定したうえでシャツの着装実験を行い、報告書にまとめた。弁護団はこれをもとにした特別抗告理由補充書を6月に最高裁へ提出した。

 着装実験では、証拠開示された5点の衣類のカラー写真や判決文に付されたイラストの寸法をもとに、用意した半袖シャツとスポーツシャツの同じ位置に穴や損傷の印を付けた。袴田さんに半袖シャツを着てもらい傷の位置をシャツに記入すると、2つの穴とは明らかにずれていた。スポーツシャツの損傷も、半袖シャツの穴や袴田さんの傷の位置と離れていることが確認された。補充書は「袴田さんの実際の傷の方向と半袖シャツの穴の並びが全く一致していない」ことにも触れている。

 また、証拠を閲覧した弁護団が撮影した写真をもとに、パジャマのカギ裂きの損傷(5.5㎝×3㎝)を再現したところ、損傷の起点と袴田さんの傷の端が相応していることが分かった。弁護団は補充書で「右肩の傷は、パジャマが破れた時にできた傷と判断することがごく自然」と強調した。

 実験をした支援者は「半袖シャツの穴と傷の位置はずれているのだから、血が穴の周囲にしか付いていないのはおかしい」と話している。弁護団は補充書で、今回の実験結果が「5点の衣類が捏造であることを示す客観的証拠」と結論づけ、「(本田氏による)DNA鑑定などの証拠の正しさや、袴田さんの主張の正しさを裏から支える」とも訴えている。

 これに対して、最高検は2週間後に、支援者の報告書が再審の要件を満たさないと主張する意見書を出した。袴田さんの傷と衣類の損傷との位置関係については確定審や再審請求審で「ほぼ同一の内容の証拠が取り調べられて(裁判所の)判断がすでに示されている」としている。裁判所はこれまで、半袖シャツの穴の位置が袴田さんの傷と合わないことには「概ね一致している」「ずれはわずか」、パジャマの損傷と傷が相応することには「袴田さんが後刻、損傷を作出することは可能」などと理屈づけている。

記者会見する弁護団
「供述分析」の補充書を提出し記者会見する弁護団(2019年7月4日、撮影/小石勝朗)。

 一方、弁護団が7月4日に最高裁へ提出した供述分析の補充書は、第2次再審請求審で開示された計24巻の取調べ録音テープ(約46時間分)をもとに、死刑を言い渡した一審判決が45通の供述調書のうち唯一証拠に採用した検察官調書について「警察での取調べの影響力が完全に遮断されていたとは到底言えず、任意性に強い疑いが生じる」との見方を示した。

 また、録音テープによって「逮捕当初から袴田さんを犯人と決めつけ、本人の供述を無視し、ひたすら自白や謝罪、反省までも執拗に迫っていた生々しい状況が明らかになった」と分析した。「自白調書の作成順序の入れ替えや、取調官らの公判での虚偽証言がなされていた」とも指摘。こうした取調べの手法が「本件の捜査全体に通底する不適正さを疑わせ、ひいては捏造にも容易に手を染めかねないとの疑念を抱かせるのに十分」と主張した。

 東京高裁の棄却決定は、取調べ録音テープと浜田寿美男・奈良女子大名誉教授(心理学)による供述鑑定書・鑑定意見書について、再審開始の要件である「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」とは評価しなかった。だが、弁護団は補充書で、これらが「犯行が袴田さんによるとの事実認定に合理的な疑いを生じさせる重大な証拠であるばかりか、積極的に袴田さんの犯人性を否定し無実であることを明らかにする証拠である」と反論している。

(ライター・小石勝朗)


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