刑事弁護の情報と知が集まるポータルサイト

「家族」を軸に事件の深層をあぶり出す/「名古屋闇サイト殺人」がテーマの映画『おかえり ただいま』9月19日に公開


『おかえり ただいま』の監督・齊藤潤一さん。

 被害者には温かい家族がいた。加害者には複雑な事情を抱えた家族があった。交わるはずのなかった2つの点は、残忍な事件で結ばれた。被害者は殺され、加害者は死刑になる──。

 2007年8月、名古屋市で帰宅途中の女性が見ず知らずの男3人に拉致され、殺害された。加害者3人が知り合ったきっかけは、携帯電話の闇サイトだった。事件の悲惨さとともに、その構図に社会は大きな衝撃を受けた。インターネットを介した犯罪のはしりとされる。

 「名古屋闇サイト殺人」と呼ばれる事件が、この映画のテーマだ。前半は斉藤由貴らによるドラマで、後半は被害者の母・磯谷(いそがい)富美子さんに密着したドキュメンタリーで、「家族」を軸に事件の深層をあぶり出す。

ドラマでは斉藤由貴が被害者の母親を演じる(ⓒ東海テレビ放送)。

◇        ◇        ◇

 被害者の磯谷利恵さん(当時31歳)は、父を早くに病気で亡くしたものの、富美子さんや祖母らの愛情に包まれて育った。団地住まいだった母娘の共通の夢は、持ち家を取得すること。利恵さんと富美子さんの暮らしや素顔、そして2人の深いつながりを、映画は淡々と描いていく。そこにあるのは、ごく普通の日常だ。

 「地元で発生したこともあり、事件の経緯を知った時は『こんなことが起きるのか』と、かなりショックでした。携帯電話やインターネットが普及し始めて便利になった半面、そうではない一面が露呈したと受けとめました」

「家族」をテーマに母と娘の深いつながりが描かれる(ⓒ東海テレビ放送)。

 監督を務めた東海テレビ放送(名古屋市)の齊藤潤一さんは、事件発生当時をこう振り返る。

 齊藤さんらは、事件直後から名古屋地裁で加害者3人に判決が出るまで、富美子さんへの取材を重ねた。ドキュメンタリー番組『罪と罰〜娘を奪われた母 弟を失った兄 息子を殺された父』(2009年)に結実する。ただ、番組で紹介した犯罪被害者は、加害者の死刑を望む人ばかりではなかった。

 「『加害者の死刑を求める運動の後押しになれば』と取材を受けてくれた富美子さんの期待に、応えきれなかったのではないか」。齊藤さんには悔いが残った。別の番組の放送後に「お前たちに被害者家族の気持ちが分かるのか」と視聴者から反響が寄せられていたこともあり、「いつか富美子さんに寄り添った作品を作りたい」との思いを持ち続けていたそうだ。

 取材の蓄積をもとに2016年からドラマ編の脚本を書き始め、翌年、富美子さんに制作を承諾してもらった。富美子さんは娘の遺志を汲み、2人の貯金で購入した新居に引っ越していたが、「他人に住所を知られる恐怖」があり、家の中にカメラを入れることを拒んでいた。地道に関係を築いて1年がかりで撮影を認めてもらい、今も残る娘との生活の息吹が伝わる作品に仕上がった。

◇        ◇        ◇

 この映画の特徴は、被害者だけでなく加害者の成育歴にもスポットを当てたことだろう。加害者3人のうちの1人で、死刑判決が確定し2015年に執行されたAを取材し、ドラマとドキュメンタリーの双方で取り上げた。

 実は、最初の脚本には加害者の生い立ちは入っていなかった。プロデューサーの助言もあり、作品の幅を広げようと取材を始めたという。

 「犯罪の加害者には、子どもの頃に差別やいじめを受けていたり貧困に苦しんでいたりした社会的弱者が多い。『事件を風化させない、同様の事件を二度と起こさせない』という富美子さんの決意を実現するためにも、加害者の背景に迫ることによって見えてくるものがあります」

 Aの出身地の群馬県高崎市で関係者に話を聞くうちに、両親の離婚やいじめに見舞われた少年時代が浮き彫りになった。裁判で息子のAに対し「極刑は妥当じゃないかと思っています」と証言した父親は、玄関の扉越しに「ごく普通の子どもだった」と静かに述懐する。

 「加害者になってしまう少年に、周囲の私たち大人が手を差し伸べることができなかったのか。思いを巡らせてほしい」

◇        ◇        ◇

 この事件では、死刑の問題を避けて通れない。

 Aは一審で死刑になり、控訴したものの取り下げて確定、執行された。Bは一審の死刑が二審で無期懲役に減軽され確定したが、その後、別の強盗殺人事件を起こしていたことが判明して死刑判決を受ける(確定)。Cは、自首が考慮されて一審の無期懲役が確定した。富美子さんは3人を死刑にするよう訴え、街頭に立って署名も集めた。

被害者の母・磯谷富美子さんは「加害者全員の死刑」を求めて街頭に立った(ⓒ東海テレビ放送)。

 ただ、この映画を制作するうえで、「死刑の是非」はあえて中心に据えなかったという。

 「死刑が確定した奥西勝さんが冤罪を訴え続けたまま獄死した『名張毒ブドウ酒事件』の映画を何作も手掛けていて、誤判への懸念はあります。一方で磯谷さんを取材して、被害者家族の気持ちもとてもよく分かります。私自身、死刑の『廃止』と『存続』の間で揺れているのが本当のところです」

 齊藤さんは、国際的な潮流も意識して日本でも死刑存廃の議論がもっとなされるべきなのに、思考停止の状態にあるように感じている。この映画が、誰にもある「家族」という切り口からアプローチするきっかけになることを望んでいる。

(ライター・小石勝朗)

●        ●        ●

 『おかえり ただいま』は2020年9月19日から東京・ポレポレ東中野にて公開。以後、名古屋、京都、大阪、高松、横浜など全国各地で順次公開予定。
  公式WEBサイト:https://www.okaeri-tadaima.jp

(2020年09月16日公開) 


こちらの記事もおすすめ