東電株主代表訴訟、原発事故で旧経営陣の賠償責任を否定する逆転判決/東京高裁、津波の予見可能性を認めず

小石勝朗 ライター


判決言渡し後、「不当判決」の垂れ幕を掲げる木村結さん(中央)ら原告と弁護団=2025年6月6日、東京高裁前、撮影/小石勝朗

 福島第一原子力発電所で2011年3月に起きた未曾有の事故をめぐる株主代表訴訟で、東京高裁(木納敏和裁判長)は6月6日、事故当時の東京電力の幹部4人に13兆3,210億円を同社に賠償するよう命じた1審・東京地裁判決を取り消し、幹部の賠償責任を否定する逆転判決を言い渡した。幹部が津波対策を怠り善管注意義務に違反したと断じた1審判決に対し、高裁は原発に巨大な津波が襲来することを幹部は予測できなかったと認定した。反原発を訴えて2012年に提訴した原告の株主(42人)は、6月20日に最高裁に上告する。

 この事故をめぐる刑事裁判で強制起訴された当時の幹部も、今年3月に最高裁で無罪が確定している。株主代表訴訟の審理は最高裁で続くが、経営責任を明確に認めた1審判決が破棄されたことで、かつてない被害をもたらした原発事故の責任を東電の幹部が負わない可能性が出てきた。

1審は過去最高の13兆3,210億円の賠償を命じる

 株主代表訴訟の被告は、勝俣恒久会長(昨年10月に死去)▽清水正孝社長▽武藤栄副社長▽武黒一郎・元副社長▽小森明生常務(肩書は事故当時)の5人。東電は被告を支援するため訴訟に補助参加していた。

 原告・株主側は、原発事故に伴う廃炉や被災者への損害賠償、除染などで東電が被った22兆円(高裁で23兆4,000億円に増額)の損害を、被告の幹部が個人の財産で同社に賠償するよう請求した。東京地裁(朝倉佳秀裁判長)は2022年7月、5人の任務懈怠を認定し、取締役就任から事故までの期間が短かった小森氏を除く4人に対し、国内で過去最高額となる13兆3,210億円を連帯して東電に支払うよう命じ、双方が控訴していた(1審判決については当サイトの拙稿をご参照ください)。

 勝俣氏、武藤氏、武黒氏の3人は、この事故をめぐり業務上過失致死傷罪で強制起訴された。1審、2審は、3人が原発に巨大な津波が襲来するという「現実的な可能性を認識していたとは認められない」として無罪を言い渡し、最高裁も今年3月、死去に伴い公訴棄却になった勝俣氏を除く2人の無罪を支持し確定した(刑事裁判の最高裁決定については当サイトの拙稿をご参照ください)。

「過酷事故を万が一にも防止すべき責務」は認める

 「原子力発電所において、ひとたび周辺環境に大量の放射性物質を拡散させる過酷事故が発生すると、(中略)国土の広範な地域及び国民全体に対しても、その生命、身体及び財産上の甚大な被害を及ぼし、地域の社会的・経済的コミュニティの崩壊ないし喪失を生じさせ、ひいては我が国そのものの崩壊にもつながりかねないから、原発を設置・運転する原子力事業者には、最新の科学的・専門技術的知見に基づいて、過酷事故を万が一にも防止すべき社会的・公益的責務がある」

 高裁の判決理由はこう切り出す。原告の株主らが称賛した1審判決のくだりと同じ文面で、そこだけ読めば東電経営陣の責任を認める文脈と受け取れる。

 ところが、高裁判決は続けて、原発が「積極的に国策として推進」されていたことや東電の「電力の供給義務」を持ち出し、この訴訟で被告の幹部の対応が問われている2008年の段階で福島第一原発が「重要な役割を担っていた」と言及する。1審判決とのスタンスの違いが浮き彫りになった。

 高裁判決の特徴の1つは、津波による事故を防ぐために被告の幹部に求められていた「指示」について、「原発の運転を停止し、停止中に過酷事故の発生を防止するための工事等を速やかに行うことの指示」との判断基準を設定したことだ。

 1審判決は、原発の主要な建屋や重要機器室に津波が浸水しないようにする「水密化」をしていれば2年程度の工事で「重大事態に至ることを避けられた可能性は十分にあった」と捉えて、任務懈怠の根拠の1つに据えていた。これに対し、高裁は幹部が取るべきだった津波対策を、1審判決が「容易に着想して実施し得た」と評価した水密化から、手続が煩雑で影響も大きい「運転停止」にレベルアップし、賠償責任を問うためのハードルを高くした。

長期評価には予見可能性の「実質的根拠」はない

 高裁の審理で争点になったのは、1審同様、東電の幹部が福島第一原発に敷地を超える高さ10メートル以上の津波が襲来することを予測できたか(予見可能性)と、何らかの対策を取っていれば事故を防げたか(結果回避可能性)だった。1審判決は両方ともに認めていた。

 予見可能性を判断するうえで最大のポイントになったのは、政府の地震調査研究推進本部(推本)が2002年に公表した地震予測(長期評価)の信頼性だ。「福島県沖を含む日本海溝でマグニチュード8.2級の津波地震が30年以内に20%程度の確率で起きる」と推定しており、東電はこれをもとに福島第一原発に高さ15.7メートルの津波が襲来する可能性があるとの試算を得ていた。試算結果は2008年6月に原子力・立地本部副本部長だった武藤氏に報告されていた。

 高裁判決は長期評価について「当時の地震学に関するトップレベルの研究者による実質的議論に基づき、国として一元的な地震の評価を行うために取りまとめられた」と位置づけ、「その見解は原子力事業者においても尊重すべきもの」と肯定的な評価を記してはいる。

 その一方で「津波地震のメカニズムは現在でも完全には解明されておらず、その知見は更新され得る」として、長期評価に基づいてどんな防災対策を採用するかは「各関係機関が必要性、重要性、緊急性、実現可能性などの事情も踏まえ独自に検討する余地が否定されない」との前提に立った。東電などの各機関で「必要に応じて知見の再確認を許容する」と解釈した。

 そのうえで、①推本自身が長期評価の信頼度を「C」(やや低い)としていた、②議論の過程で見解が分かれた部分では防災のための警告という趣旨を意識して見解や表現が統一された、③中央防災会議や福島県、茨城県は防災対策の策定にあたって検討の対象としなかった──などと否定的な材料を列挙。長期評価には被告の幹部の予見可能性を認めるための「実質的な根拠があるとまではいえない」と結論づけた。

 1審判決が長期評価を「相応の科学的信頼性を有する知見であった」と受けとめ、東電幹部がそれに基づく「津波対策を講ずることを義務づけられるものだった」と明言したのと反する見解を示した。

土木学会への再評価の依頼を容認

 続けて高裁判決は、武藤氏が2008年6月に15.7メートルの津波が襲来するとの試算の報告を受けた際、東電の担当部署の説明が「短期間のうちにこのような津波が襲来するという切迫感や現実感を抱かせるものではなかった」と判定した。

 その理由として、①武藤氏に示された資料に長期評価の見解について「専門家の間で意見が分かれている」旨の記載があった、②担当部署が試算を踏まえて検討していた津波対策は、耐震バックチェック(安全性評価)の最終報告書を原子力安全・保安院(当時)に提出する時期までに工事を完了する必要があるとの考えが前提だった、③報告の時点で長期評価の公表から約6年が経過しており、その間の知見の進展が当然に見込まれた──と指摘。武藤氏がすぐに津波対策を実行するよう指示せず、電力業界と関係が深い土木学会に再評価を依頼すると決めたのは「東電の取締役の対応として不合理であったと断ずることはできない」と容認した。

 実は1審判決も、武藤氏が土木学会へ再評価を依頼したことは「経営判断として著しく不合理とまでは言えない」と許容している。一方で、土木学会の見解が出るまでの間、「津波への安全対策を何ら行わず先送りをした」ことを任務懈怠と判断していた。水密化が念頭にあった。

運転停止を指示すべきほどの切迫感は抱かなかった

 高裁判決はさらに、武藤氏の決定を聞いた他の原子力事業者や学者が警告をしたり懸念を示したりしなかったことを挙げて、武藤氏が短期間のうちに津波が襲来する「切迫感を抱かなかったのもやむを得なかった」と擁護し、予見可能性を否定した。

 「切迫感」には「運転停止を指示すべきであったといえるほどの」という条件が付いている。水密化に対しては、①原発事故前の津波対策は防潮堤や防波堤の建設が基本だった、②水密化の工事期間中に原発の敷地を超える津波が襲来しないという科学的な知見はなかった──として事故回避への有効性を受け入れなかった。

 1審判決は他の4人の幹部に対しても、武藤氏の対応を知っていたり高い津波襲来の可能性が議論された社内会議に出席していたりして「過酷事故が発生する可能性を認識し得た」と責任を認定していた。しかし高裁は、長期評価の見解などについて、4人は「武藤氏以上に多くの情報を得ていたとは認められない」として予見可能性を否定した。

 その結果、被告の幹部5人全員に「任務懈怠としての善管注意義務違反は認められない」と1審判決を覆し、原告・株主の請求を棄却した。

現時点では事故前より一層重い責任

 「本件事故の教訓は、原発を設置管理する原子力事業者が今後の安全性の確保に生かさなければならず、二度と過酷事故を発生させてはならない。今後、原子力事業者には、いかなる要因に対しても過酷事故の発生を防止するための措置を怠らないという不断の取組みを継続することが求められている」

 高裁判決は東電幹部の責任を徹底して否定する論理を展開した後で、異例の判示を記している。

 電力会社の取締役が負うべき善管注意義務の前提となる予見可能性についても、「本件事故を経験した現時点においては」との留保を付けて「本件事故前よりも一層重い責任を課す方向で検討されるべき」と強調した。

 さらに「原発事業のあり方について、原発による電力供給の利益を享受する者も含めて広く議論する」ことまで提唱した。脱原発を視野に入れた暗示とも読み取れ、判決主文との差異は3人の裁判体の複雑な立ち位置を覗かせているようでもある。

記者会見で判決内容を説明する弁護団=2025年6月6日、東京・霞が関の弁護士会館、撮影/小石勝朗

「次の原発重大事故を招く判決」

 判決の言渡し後、原告の株主や弁護団には抗議の声が渦巻いた。

 「とても残念な判決が出て、怒りに震えています。福島の人たちに申し訳ない」。高裁前で「不当判決」の垂れ幕を掲げた原告代表の木村結さんは、こう言って唇を嚙んだ。判決理由の最後のくだりに触れて「これからの原子力事業者は事故前と同じではだめだと言うのなら、なぜ過酷事故を起こした原子力事業者の取締役の誰一人に責任がなかったという判決が書けたのか。信じられないし、許せない思いです」と怒りを露わにした。

 「次の原発重大事故を招く判決」。この後の記者会見で河合弘之・弁護団長は警鐘を鳴らした。そして「地震は全部、不意打ちで来る。切迫した危険が予測されるなんて事態はあり得ないのに、そうでなければ取締役は何もしなくていいと言っている」と非難した。

 弁護団の海渡雄一弁護士は「判決は裁判官の合議で1対2ではなかったか。判決理由の中心部分が最初・最後の部分と論理的に整合していない」と分析した。昨年10月に現地進行協議の名目で福島第一原発の構内を視察した際などに、原告の主張に好意的な感触だった木納裁判長と主任の伊藤正晴裁判官の「意見が一致しているように見えなかった」と振り返った。

 判決を受けて弁護団は「原発事故前であっても事故後であっても、原発の運転に高度の安全性が求められていたのは変わらないはずで、判決は明らかに誤っている」「具体的な危険が切迫していない限り安全対策をしないという甘い経営判断を広く許容するものだ」と批判する声明を出した。

 「上告する。最高裁での審理は楽観できないが、黙っているわけにはいかない」と河合氏。海渡氏は「証拠と論理に基づいてきちんとした筋道を立てれば、この判決を見直させることはできる」と前を向いた。

◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう) 
 朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。


【編集部からのお知らせ】

 本サイトで連載している小石勝朗さんが、2024年10月20日に、『袴田事件 死刑から無罪へ——58年の苦闘に決着をつけた再審』(現代人文社)を出版した。9月26日の再審無罪判決まで審理を丁寧に追って、袴田再審の争点と結論が完全収録されている。

(2025年06月17日公開)


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