
「再審法」の改正について、12月3日、元裁判官らが東京で記者会見を開き、共同声明を発表した。共同声明に賛同した元裁判官は63名にも及ぶ。
「再審法改正に関する元裁判官の共同声明」は、現在再審法改正について審議している法制審議会での議論に対して、元裁判官として「到底賛同できない」と厳しく批判し、「真にえん罪救済のための実効性のあるものとなるような」議論がなされることを強く求めるものである。
会見には、退官後湖東記念病院事件で弁護団長を務めた井戸謙一氏、大崎事件第三次再審開始決定を支持する判断を下した根本渉氏、北海道庁爆破事件の再審請求審に関わった半田靖史氏、名張事件第七次再審において再審開始決定を下した伊藤納氏の4名の元裁判官と、成城大学法学部教授(刑事訴訟法)の指宿信氏が出席した。
「改悪以外の何ものでもない」
共同声明では、特に「証拠開示」と「検察官抗告の可否」の論点について、法制審議会の議論を批判する。
法制審議会では、証拠開示を義務付ける規定がなく開示が進まない現状に対して、多くの委員が大きな問題はないと評価している。あるいは、「開示の対象を請求人が提出した新証拠とその請求理由に関するものに限定する」という、現行制度より後退する意見も出ている。共同声明は、「裁判所が職権によりある程度広範な証拠開示を求める場合もある現状よりも、明らかに証拠開示の範囲を狭める結果をもたらすもので、改悪以外の何ものでもない」と厳しく批判する。
また「検察官抗告の可否」の問題について、法制審議会の委員の多くが抗告の禁止に反対している。共同声明は、「検察官は再審公判で有罪の主張・立証ができる」ことや、「当事者ではないのに不服申立権を認めることは上訴制度一般と整合しない」ことから検察官抗告を禁止すべきと主張する。そして、「不服申立てによってえん罪救済が長期化し、えん罪被害者に回復し難い苦難を与えているという現状」に「目を瞑るもの」と指摘している。
「これからの裁判官に武器を与えて」
井戸謙一氏は、「法制審議会の今の支配的な議論の通りに再審法が改正されると、今以上に冤罪被害者の救済が難しくなる。危機的状況だ」として、「法制審議会は冤罪被害者を迅速に救済するという原点に立ち返って考え直すべきである」と述べた。
同時に井戸氏は、「冤罪の究極の責任は裁判官にある。裁判官は反省すべき」として、また「冤罪被害者を救うためには武器が必要。これからの裁判官に武器を与えてあげていただきたい」と、再審法改正を強く訴えた。
また、半田靖史氏は、「現役だった頃、どこまで強い開示勧告ができたか自信がない。なかなか強い開示勧告ができないというのが一般的な裁判官の認識ではないか」と、裁判官の感覚から証拠開示の法整備の必要性を訴える。また伊藤納氏も、「有利・不利の全ての客観的な証拠を見て、責任を持って判断したいというのが裁判官の気持ち」と、証拠の全面開示の重要性を語った。
検察官抗告の問題について、根本渉氏は、「再審手続においては、下級審と上級審の判断が食い違ったからといって、ただちに下級審の判断が誤っていたと断定することはできない」と述べる。たとえば大崎事件では、今までに3つの裁判体によって確定判決には疑問があるという判断がなされているものの、検察官抗告によって未だ再審開始の扉は開かない。また袴田事件等でも、一度は検察官抗告によって再審開始決定が取り消されたが、その後の再審で雪冤を果たした。
伊藤氏は、「刑事司法を是正する役割としては、関係者である裁判官、検察官等はふさわしくない。それ以外の第三者、すなわち国会が主導するべき」と述べ、「国会頑張れ!」と勢いよくエールを送った。
“空前絶後”の声明
会見に同席した指宿信教授は、この元裁判官たちによる共同声明が「歴史的にいかに大きな意味を持つか。立法過程において、元裁判官がこれだけ多数集まって声明を公表し、記者会見まですることは空前絶後ではないか」と強調した。
伊藤氏は、「効果的な再審制度があれば、再審に関与する裁判官は大変やりやすくなる。また、通常審の裁判官、検察官にとっても、より慎重に仕事をするようになる」と述べた。伊藤氏は、弁護士になってから冤罪被害者の方々の話を直接聞く機会があり、『これは大変なことだ』『裁判所はなんと罪深いことをしてきたのか』と、冤罪の問題の深刻さを改めて感じるとともに、元裁判官として複雑な気持ちになったという。
半田氏は、「長い間裁判官をしてきて、たくさんの有罪判決を下した。“疑わしきは被告人の利益に”の原則に忠実に判断してきたつもりではあるが、そのなかに誤った裁判があるとすれば、それは一刻も早く是正されるべきで、その結果は受け止める」と、元裁判官としての思いを語った。
共同声明は、「今、再審制度について議論しているのは何のためなのか。それは、えん罪という国家による最大の人権侵害の被害者を速やかに救済するためである。そのことが改めて確認されなければならない」と訴える。
なお、法制審議会―刑事法(再審関係)部会の詳しい審議内容については、鴨志田祐美弁護士による「法制審議会―刑事法(再審関係)部会のリアル」を参照。
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(2025年12月05日公開)