
東京五輪・パラリンピックのスポンサー選定をめぐり贈賄罪に問われた出版大手KADOKAWA元会長、角川歴彦(つぐひこ)被告(82歳)に対し、東京地裁(中尾佳久裁判長)は1月22日、懲役2年6月・執行猶予4年(求刑・懲役3年)の判決を言い渡した。
角川氏は捜査段階から容疑を全面的に否認し、公判でも「冤罪で無罪」と主張したが、判決は元部下らの証言を拠り所に共謀を認定した。角川氏は「到底受け入れられない」として東京高裁に控訴した。
容疑を否認し身柄の拘束は7カ月半に
判決によると、KADOKAWAの取締役会長だった角川氏は当時の部下2人(専務A氏と五輪担当室長B氏)と共謀し、東京五輪・パラリンピックの協賛企業に選定されるよう便宜を図ってもらった謝礼などとして、大会組織委員会の理事(みなし公務員)=受託収賄罪に問われ1審公判中=らに対し、2019年9月から2021年1月にかけ、その知人の会社(X社)を通じて9回にわたり計6,909万円の賄賂を贈った、とされた。
A氏とB氏はともに捜査段階から容疑を概ね認め、角川氏の関与を供述していた。2人はすでに贈賄罪で執行猶予の付いた有罪判決が確定している。
一方、角川氏は2022年9月に東京地検特捜部に逮捕されたが、当初から一貫して容疑を否認し、供述調書には一切署名しなかった。翌月の起訴後も勾留が続き、保釈請求は「罪証隠滅のおそれ」を理由に裁判所に3回却下されて、身柄の拘束は2023年4月まで約7カ月半に及んだ。公判でも起訴内容を全面的に否認し争っていた。
角川氏は刑事裁判とは別に、容疑を否認すると身柄拘束が長引く「人質司法」で身体的・精神的な苦痛を受けたとして国を相手に国家賠償請求訴訟を起こし、東京地裁で審理が続いている。
「客観的な証拠は一切存在しない」と強調
角川氏の弁護団は公判で「有罪や共謀を裏づける客観的な証拠は一切存在しない」と強調してきた。当時、角川氏にはKADOKAWAの代表権はなく、単独の決裁権限も持っていなかった。
しかし、判決は「共犯」の元部下ら関係する社員の証言をもとに、「経営上の重要事項に強い影響力」のあった角川氏が違法性を認識したうえで贈賄を指示・承認していたとの検察の構図を受け入れ、「故意と共謀」があったと判断した。
判決はこんな経緯を認定している。
⑴ 2016年10月、専務A氏は角川氏に対し「組織委理事の知人から理事の了承のもとスポンサー選定のコーディネート料として1億円を要求されているが、準公務員的な立場にある理事に渡った場合には法に触れる可能性があるので、コンサルタント料として知人の会社・X社に払うことを考えている」と報告した。角川氏は「君たちに任せた」と答え、支払に反対しなかった。
⑵ 2017年4月、角川氏が組織委の会長や理事、その知人と会談するにあたり、A氏は事前に「理事とその知人は同じ会社の元同僚。理事は準公務員で、さまざまな要望をすることはふさわしくない」と伝え、角川氏は「わかっている」と答えた。また、室長B氏も「会談はKADOKAWAと別の出版社の2社協賛でスポンサーに選定されるよう働きかけるのが目的」と角川氏に話した。
⑶ 2018年12月、B氏は角川氏との打合せの際、資料を示しながら「理事の指示でX社に7,000万円を支払うことになる」旨を説明し承認を求めた。角川氏が「B君はやりたいの、やりたくないの」と尋ねたところ、B氏は少し間を置いて絞り出すように「やりたいです」と回答。角川氏が「ちゃんとうまくやれよ」と応じると、B氏は「このことは墓場まで持っていきます」と返した。
当事者が記憶にないやりとりも認定
角川氏は公判で「スポンサー案件やX社への支払について報告を受けたことはなかった。理事とその知人が関与していることや、KADOKAWAがX社にコンサルタント料を払うことも知らなかった」と主張した。弁護団も検察の筋書きに対し反論を重ねたが、判決は顧みなかった。
弁護団が特に問題視したのは、最も重要な⑶の打合せでのやりとりだ。当事者のB氏は「記憶がない」と明言しており、やりとりを詳細に証言したのはB氏の部下C氏だった。
打合せは午後2時半から予定されていたが、C氏が2時35分と42分にメールを送信し2時43分に文書を印刷した履歴が残っている。会長との打合せに同席している最中の行動としては考え難いうえ、C氏が作成したはずの角川氏への説明資料やそのデータは存在しない。弁護団は「そもそもC氏は打合せに同席しておらず証言は虚偽だ。自分が立件対象にならないように、検察から長時間の取調べを受けて迎合した」と立論した。
検察はC氏のメール送信や印刷について「打合せが予定より遅れて始まったため」と釈明したが、角川氏が出席していた直前の別の会議が2時18分までには終わっていた記録が見つかり、弁護団は「打合せは時間通りに始まった」と断じていた。
しかし、判決はC氏の証言について「具体的に証言し内容も自然かつ合理的で、体験した者ならではの迫真性がある」「会社や社会のためにも覚えている事実を話すべきと考えて自ら検察官に話した」と信用性を認め、「虚偽の事実を作出したとみるのはいかにも無理がある」と言い切った。角川氏の秘書D氏の断片的な記憶と整合することも根拠に挙げた。
判決はさらに、角川氏は会議の終了後に他の出席者につかまって立ち話をすることがよくあったとの一般的な状況に言及したうえで、⑶の打合せが「予定時刻より遅れて開始になった可能性も十分考えられる」と見立て、C氏は打合せ開始を待つ間にメール送信や文書印刷をしたと推定した。
角川氏への説明資料のデータが残っていないことに関しては「非常に危ない資料と認識しており、関わりたくない思いから自身のパソコンに保存しないまま削除した」とのC氏の言い分を受け入れた。
「世界最大規模のスポーツの祭典に汚点」
弁護団は、⑴についても「A氏の証言では角川氏への報告の内容は具体性に欠け、資料やメール、スケジュール記録など客観的な裏づけもない」、⑵に対しては「A氏の証言は角川氏に説明をした場所や状況など『一切記憶がない』とする不可解なもので、取調べ中に変遷を重ねている」と糾弾していた。
しかし判決は、⑴についてはA氏の証言をもとに「角川氏とアポイントを取らずに会うことが多々あった」「厳秘の事項なので記録を残したくなかった」として、また⑵についても「角川氏が理事に会う前に留意点を伝えておこうとA氏が考えるのは不自然・不合理ではなく、スケジュールを見ても説明の機会が全くなかったとは言えない」として、いずれも弁護団の反論を退けた。
判決はそのうえで角川氏の主張を「A、B、C、D各氏の証言と矛盾し、曖昧かつ不自然・不合理な内容で信用できない」と切り捨てた。そして、五輪公式ガイドブックの制作・販売や自社のブランド力向上のために協賛企業になるという「利己的な動機から高額の賄賂を供与している」と非難。「世界中のアスリートが目指す頂点である世界最大規模のスポーツの祭典に汚点が残ることになった」と社会的な責任も問い、有罪判決を導いた。
弁護団は「証言の信用性の評価に問題」と非難
「『私を令和の袴田(巖)さんにしないで』と一貫して訴えてきたが、裁判長に声が届かず大変残念だ。到底受け入れられない。日本の司法は多くの冤罪をつくり出し放置しており、本日の判決を糧に闘っていく」
判決言渡し後に東京都内で開いた記者会見で、角川氏は力を込めた。

主任弁護人の弘中惇一郎弁護士は「具体的な角川さんの提案や指示、質問を何ひとつ認定しないまま、検察が主張する『点』だけをつないで、全体の流れや都合の悪いことを無視している。共謀を裏づける客観的な資料は一切ないのに『証言内容は自然だ』といった感覚的なことですべてを片付けている。出来の悪い判決で、到底納得できない」と批判のトーンを上げた。
元裁判官の村山浩昭弁護士も「弱い証拠まで動員し、つなぎ合わせて有罪認定しており、そういう事実まで使うのかと驚いた。客観的な証拠を軽視しているうえ、証言の信用性の評価に大変問題があり、残念を通り越して嘆かわしい」と語気を強めた。
角川氏は「裁判長の顔が、すべてを有罪に持っていこうとしている第2の検察に見えた」と判決公判の感想を語り、「贈賄の危険性があることを知ったうえで社員に『ガイドブックの権利を取りに行け』とは、僕の矜持が許さない。60年の出版人生を自分から汚すようなことはしない」と判決に反発した。
◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう)
朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。
【編集部からのお知らせ】

本サイトで連載している小石勝朗さんが、2024年10月20日に、『袴田事件 死刑から無罪へ——58年の苦闘に決着をつけた再審』(現代人文社)を出版した。9月26日の再審無罪判決まで審理を丁寧に追って、袴田再審の争点と結論が完全収録されている。
(2026年01月28日公開)