
袴田事件(1966年)の死刑判決が再審(やり直し裁判)で覆り無罪が確定した元プロボクサー袴田巖さん(89歳)が、国と静岡県に6億円余の損害賠償を求めた国家賠償請求訴訟で、静岡地裁(平山馨裁判長)は2月12日、第1回進行協議を開いた。
地裁は袴田さんの弁護団に訴状の内容を整理するよう要望。次回以降の進行協議として4月と7月の期日を設定したため、審理に入るのは秋以降になりそうだ。弁護団は、死刑判決が袴田さんの犯行着衣と認定した5点の衣類が「捏造だったこと」が最大の争点になるとの見通しを示した。
死刑の恐怖への慰謝料など6億円余を求める
弁護団は訴状に、裁判所の事実誤認や審理不尽による誤判、警察の証拠捏造、事実の隠蔽や非人道的な取調べ、検察の不当な起訴や公判での証拠隠しなどを違法行為として詳細に記した。「再審無罪判決で触れられなかった違法行為も明らかにして、冤罪の原因や教訓をあぶり出したい」と強調。とくに裁判所の責任を正面から問うたのが特徴だ。
そのうえで、袴田さんが冤罪を着せられた結果、47年以上も身柄を拘束され、1980年の死刑確定後は執行の恐怖にさらされ続けたこと、釈放後も再審開始が確定するまで9年間も法的に不安定な立場に置かれたことを指摘し、それらに対する慰謝料や逸失利益として国(裁判所・検察)と静岡県(警察)に6億840万7,602円の賠償を求めている。請求額は、再審をめぐる国賠訴訟としては過去最高だ(国賠訴訟の内容は当サイトの記事をご参照ください)。
違法行為と損害の対応関係を明示するよう求める
進行協議は非公開で行われ、終了後に袴田さんの弁護団が記者会見して概要を説明した。協議には裁判所と弁護団、国・県の代理人が出席。地裁から弁護団に対し、主張の整理と証拠の提出方法について要望があったという。
主張の整理に関しては、訴状で述べた警察、検察、裁判所の違法行為と、損害賠償の理由に挙げた死刑執行の恐怖や長期の身柄拘束、違法な取調べ、釈放後の不利益などとの結びつきを明示するよう求められたという。弁護団長の小川秀世弁護士は「どの違法行為を賠償の請求原因として掲げるのか明確にしたうえで、その事実がどの損害に該当するのか対応関係をはっきりさせてほしいと言われた」と説明した。
弁護団の中には、求めている賠償は「事件発生から(無罪確定まで)約58年間にわたる総体としての損害に対してであり、1回の行為ではない」(村﨑修弁護士)との意見もあるが、弁護団は地裁の要望に応え、次回期日の4月28日までに可能な範囲で主張を整理・補充した準備書面を提出する方針だ。
地裁はそれを受けて被告の国と県に答弁書の提出を求め、口頭弁論の期日を指定するとみられる。次々回の進行協議が7月7日に設定されたため、小川氏は第1回口頭弁論が秋以降になると予測。昨年10月9日の提訴から約1年を要するため「えーという感じで残念」と溜息をついた。袴田さんが3月に90歳の誕生日を迎えることも踏まえ、冤罪の原因究明と迅速な審理の両立が望まれる。
「5点の衣類の捏造」は前提事実にならず
記者会見では国賠訴訟の審理のテーマについての質疑もあり、小川氏は「一番重要な論点は5点の衣類の捏造で、それに警察と検察が関与したこと」との見解を示した。事件の1年2カ月後に味噌タンクで見つかり死刑判決が袴田さんの犯行着衣と認定した5点の衣類については、再審判決が「捜査機関による捏造証拠」と断じ無罪の根拠にしている。
ただし、進行協議で弁護団が被告の国と県に「5点の衣類の捏造を認めるのか」と質したところ返答はなく、争う可能性が高い。裁判所からは「再審の無罪判決が確定したことは分かっているが、刑事裁判の既判力は(国賠訴訟を含む)民事裁判には及ばない」旨の発言があったそうで、今回の訴訟の審理にあたって5点の衣類の捏造は前提事実とはならず、弁護団が改めて立証することになりそうだ。
また、小川氏は「捜査段階で警察の事実隠しや証拠捏造が多数あり起訴が違法だったことは、再審では認められていない。国賠訴訟の重要な争点にしたい」と力を込め、具体的な主張を展開していく意向を明らかにした。
検事総長談話をめぐる国賠訴訟は3月26日に初弁論
一方、検察が静岡地裁の再審無罪判決への控訴を断念する際に出した畝本直美・検事総長の談話で名誉を毀損されたとして、袴田さんが国に550万円の賠償と謝罪広告を求めた別の国賠訴訟は、3月26日に同地裁(平山裁判長)で第1回口頭弁論が開かれることが決まった。
袴田さんの弁護団は昨年12月に主張を整理した準備書面を提出。小川氏は「この訴訟は法律論だけで終わりそうなので、判決までそれほど時間はかからないのではないか」と見通しを語っている(検事総長談話をめぐる国賠訴訟の内容は当サイトの記事をご参照ください)。
◎著者プロフィール
小石勝朗(こいし・かつろう)
朝日新聞などの記者として24年間、各地で勤務した後、2011年からフリーライター。冤罪、憲法、原発、地域発電、子育て支援、地方自治などの社会問題を中心に幅広く取材し、雑誌やウェブに執筆している 。主な著作に『袴田事件 これでも死刑なのか』(現代人文社、2018年)、『地域エネルギー発電所──事業化の最前線』(共著、現代人文社、2013年)などがある。
【編集部からのお知らせ】

本サイトで連載している小石勝朗さんが、2024年10月20日に、『袴田事件 死刑から無罪へ——58年の苦闘に決着をつけた再審』(現代人文社)を出版した。9月26日の再審無罪判決まで審理を丁寧に追って、袴田再審の争点と結論が完全収録されている。
(2026年02月19日公開)