
学校法人の土地売買をめぐり、マンション販売大手の「プレサンスコーポレーション」(2026年4月1日より株式会社プレサンスに社名変更・大阪市中央区)の元社長・山岸忍氏(63歳)が冤罪に巻き込まれた巨額横領事件。大阪地検特捜部の検事として山岸氏を立件しようと部下のK氏(同社部長)に対して「検察なめんなよ」などと机を叩いて怒鳴り続けて取り調べた田渕大輔検事(被告人、54歳)=現東京高検=が「付審判決定」により、特別公務員暴行陵虐罪(刑法195条)で起訴された裁判の初公判が7月10日に大阪地裁(大森直子裁判長)で開かれた。
田渕検事は無罪を主張したが、取調べがK氏に精神的な苦痛を与える「陵虐行為」に当たるかどうかが争点。肉体的な暴行はなく、いわば「暴言」がどう裁かれるのか。いずれにせよ、現役の検察官が付審判請求を受けて刑事被告人として法廷で裁かれるのは前例がない。田渕検事を同罪で告発しながら大阪地検に不起訴にされた山岸氏が大阪地裁に刑事裁判を求める付審判を申し立て、大阪地裁は退けたが、一昨年8月8日に大阪高裁(裁判長・村越一浩、裁判官・畑口泰成、赤坂宏一)が刑事裁判の開始を決めていた(LEX/DB25620733)。指定弁護士が検察官役をするため起訴状は存在せず「付審判決定」が公訴事実になる。
決定文は「被告人の言動は相手を威圧し、人格を貶める侮辱的、脅迫的なもので、意に沿う供述を無理強いしようとした。虚偽供述を誘発する危険性が大きい。検察組織としても深刻な問題と捉えた形跡がない」と踏み込んでいる。
「検察官です」
大森裁判長に職業を問われた田渕検事は「検察官です」と答えた。
冒頭陳述によれば、田渕被告は、横領容疑ですでに逮捕されていたプレサンス社のK氏を2019年12月8日に調べた際、山岸社長の関与を認めないK氏に対して机を激しく叩き「まだ弁解するか。なんだ、その悪びれもしない顔は」「検察なめんなよ」などと怒号を浴びせた。翌日も「あなたはプレサンスの評判を貶めた大罪人」などと発言した。
大阪地検で特捜部の取調べを監視する役の「総括審査検察官」二人は動画を見てこの取調べの実態を知ったが「(K氏の)自白の任意性を損なうものではない」と判断し問題視しなかったことも明らかにされた。
また、同年12月20日に開かれた、山岸社長を起訴するかを決める最終決裁の会議では検事正や次席検事、特捜部長らもこの取調べを知りながら通したことを明らかにした。弁護側は(怒号交じりの)取調べの存在は認めたが、「評価について争う」とした。

「あきれた」と山岸元社長
この日は山岸元社長も法廷で見守った。田渕検事の取調べが検察内部で問題視されなかったことについて、閉廷後の会見で「驚き、あきれた。誰もが違法でひどい取調べだと思っておらず、特捜部内では当たり前のことだと思われている。組織的に取調べを問題視していなかったのなら異常な事態です」とし、田渕検事のことよりそこに関心があったことを明かした。
指定弁護人となった山口昌之弁護士は閉廷後に会見。「決裁の場でも問題にされず、(山岸社長は)起訴された。監視機能がありながら機能しなかったことは立証できた。当時は日常的とは言わないまでも、(特捜部の)副部長は、状況によってはあんな取調べがありうると認識していた」とした。山口弁護士は検察関係者ら数十人を聴取したことも明らかにし、「今回の取調べは検察庁全体の問題。取調べの録音・録画や(チェック役の)総括審査検察官の制度が導入されても、本質は変わらなかった」などと話した。
大森裁判長は12月6日と7日の動画も証拠採用した。山口氏は「K部長の取調べは逮捕された5日から始まっている。8日は長時間だが、その前からもいろんな田渕検事の言動があった。それを経ての8日と9日であり、経緯も重要です」と話した。
そして「裁判所に法の正当な適用を請求する立場にある検察官が、取調室で机を叩き、長時間にわたって大声で罵倒した。この行為が犯罪だと判断するかどうかが問われる。裁判所の判断いかんで、わが国の警察と検察の取調べのあり方が、根底から変わる」と力説した。
今後は捜査を指揮した当時の蜂須賀三紀雄・主任検事の証人尋問も求める。山岸氏は同検事についても付審判請求をしていたが、大阪地裁は「動画を視聴していないとしても不自然ではない」などとして請求を棄却している。
また、指定弁護人の髙山巌弁護士は「捜査官の見立て通りに言わない(自供しない)被疑者は当然いる。そういう人に対峙した捜査官に何ができるかが問われている。不埒なことをしているから怒鳴ってでも考えを変えようとする捜査官もいれば、言い分だけ聴いて、そうですかと言う人もいる。今回は法的な限度を超えていると付審判決定が考えた。これを違法と考えるかどうか。殴ったりした事案ではない。それでも一回怒鳴っただけではない。Kさん本人がどう思っているかよりも、あれを見て国民がどう思うかです。違法ではないというのなら『ああいう取調べをしていいですよ』と宣言しているようなもの。あの取調べがいいねと言う人はいないでしょう。それでも『怒鳴ったからといって犯罪じゃないよね』と言っていることの当否が問われている。そう口をそろえていれば、同じことが起きる」と話した。

冤罪に取り組んだ弁護士が田渕検事の弁護
この日、大阪地裁の司法記者会では交代するように田渕検事の弁護人の森直也氏も会見した。
冒頭「弁護人としても田渕検事の言動は刑法195条の陵辱にも加虐にも当たらず、無罪との意見を述べた。取調べの様子は繰り返し報じられてきた。しかしこれはK氏への取調べのごく一部が切り取られたもの。それで判断されるべきではない。取調べが検察官の職務に基づいて行われたならプレサンス事件における捜査の経緯、その中でのK氏の位置づけ、取調べ全過程への状況、K氏自身がどのように捉えていたかなど様々な観点から判断されなければならない」などの声明文を読みあげた。「特別公務員暴行陵虐罪で暴行のないケースは稀で、陵辱と加虐をどう判断するのかが問われます」とも話した。
森氏は大阪弁護士会で刑事弁護委員会委員長も務めた人物。「私自身、取調べの可視化などに取り組んできましたが、検察官であろうが刑事被告人を弁護するのが弁護士」と話した。
刑事事件で捜査対象になった被疑者の中には警察の取調べで田渕検事のような言動を屁とも感じないような暴力団関係者などもいる。被疑者の性格が裁判の行方と関係するのだろうか。最初に筆者がそれを聴いた山口弁護士は「それは関係なく、あくまで田渕検事の外形的な言動の評価」と答えた。同様の質問に対して森氏は「難しいですが受け手の捉え方も一定程度影響するかもしれません」とややニュアンスが違った。
裁かれる大阪地検特捜の「得意技」
部下を「締め上げて」上司を犯罪加担者として起訴し、手柄を大きくする。これは大阪地検特捜部が得意とする手法であろう。典型例が、司法制度改革が叫ばれる端緒となった2009年の「郵便不正事件」。当時、厚労省の課長だった村木厚子さん(最終的には事務次官)が部下の男性係長の供述で不正にかかわっていたとされ、虚偽有印公文書作成・同行使容疑で逮捕、起訴、長期勾留された。
特捜部検事は恫喝まがいのあの手この手で係長から虚偽供述を引き出していた。翌年、辣腕弁護士・弘中惇一郎氏の力で村木さんは大阪地裁で無罪判決を得たが、直後に前田恒彦・主任検事が捏造した犯罪事実と整合しなかったフロッピーディスクのデータを改ざんしていたことが朝日新聞のスクープで発覚する。
前田検事は逮捕され、上司の大坪弘道・特捜部長、佐賀元明・副部長も犯人隠避罪で逮捕された。三人とも懲戒免職となる。この事件の公判を筆者はすべて傍聴取材したが、いまなお、大阪地検特捜部でそのような手法が続いていたことに愕然とする(参考は拙著『検察に、殺される』〔ベスト新書、2010年〕)。
朝日新聞によると付審判請求が認められたケースは過去、24件しかない上、有罪となったのは9件だけ。7月15日の第二回公判では証拠採用された田渕検事の取調べの映像が法廷で流された。
「陵虐」とは陵辱と加虐を合わせた言葉だが一般にはあまり使われない。刑法195条の「特別公務員暴行陵虐罪」の裁判を筆者が取材するのは2003年の統一地方選で県議会議員夫妻や住民らが鹿児島県警に選挙違反をでっち上げられた「志布志事件」で、浜田隆広警部補(階級は当時)が取調室に座らせた住民(川畑幸夫さん)の両足を強引に摑んで孫の名を書いた紙を踏ませ、同罪で懲役10月(執行猶予3年)の有罪判決が確定した「踏み字事件」以来である。
田渕検事のK氏に対する取調べの様子の動画映像は、山岸氏の弁護団が関西テレビ(大阪市)に提供したため、大きくテレビ報道された。現在、再審制度にかかわる刑事訴訟法の改正では、「開示証拠の目的外使用の禁止」を定めた政府案が可決・成立した。検察庁がこうした事例を苦々しく思っているからである。
それもあってか関心は極めて高く、この日は炎天下に傍聴希望者が多く並んだ。筆者はあえなく抽選に外れたが、山岸氏を無罪に導いた秋田真志、中村和洋両弁護士までもが一般傍聴券を求めて並ぶ異例の光景だった。山口弁護士は「これくらいは許されると複数の検事が判断し、大きな問題にもせず捜査、公判が進んだ。それをなくすためには裁判所の踏み込んだ判断が必要。大阪地検特捜部にとどまらない、(検察庁の)組織的なこの問題に対する判断の立証も行っていく」と決意を見せた。
ちなみに、田渕検事は大川原化工機の冤罪事件で社長ら三人の幹部を不十分な捜査で起訴し、保釈に反対して元顧問を事実上「獄死」させた塚部貴子検事と司法修習同期である。
なお、詐欺などの罪で東京地検特捜部に逮捕・起訴された太陽光発電関連会社の社長・生田尚之氏(52歳)が、事件を担当した堀木博司検事(57歳)から「黙秘を人のせいにするな」と怒鳴られるなど違法な取調べを受けたとして、特別公務員暴行陵虐罪で付審判を請求していたが、東京地方裁判所は本年6月24日、裁判を開く決定をした。
また、生田氏は違法な取調べがあったとして、国に対して国家賠償請求訴訟を別に提起している。8月10日には取調べの録画映像が法廷で再生されることが、東京地裁(大須賀寛之裁判長)によって決められた。
◎著者プロフィール
粟野仁雄(あわの・まさお)
1956年、兵庫県生まれ。大阪大学文学部卒。共同通信記者を経て現職。著書に『サハリンに残されて』(三一書房)、『瓦礫の中の群像 阪神大震災』(東京経済)、『アスベスト禍』(集英社新書)、『「この人、痴漢!」と言われたら』(中公新書ラクレ)、『検察に殺される』(ベスト新書)、『ルポ 原発難民』(潮出版社)など多数。近著に『袴田巖と世界一の姉——冤罪・袴田事件をめぐる人びとの願い』(花伝社)。神戸市在住。
(2026年08月06日公開)