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ブックレビュー『刑事手続におけるプライバ シー保護――熟議による適正手続の実現 を目指して』


捜査法理論の新たな展開

捜査活動の最適化

 本書は、捜査機関が刑罰権の実現に寄与することに よって国民全体の法益を増進するために与えられた権限と資源とを、不当な目的に濫用・費消することなく、真に国民の期待に沿う形で最大限に活用させるための捜査機関 統制構造を具現化すること(「捜査活動の最適化」)が捜査法のあるべき目的であるとする。そして、これまで捜査機関統制のための解釈論の中心であった権利・法益の保護という観点からではなく、捜査活動の最適化という観点から捜 査法理論の新たな枠組みを構築することを試みる。

民主主義に対する現実の危険を除去するための大胆な解釈

 本書の主たる主張は、刑事手続における適正なプライバシー保護を実現するためには、プライバシー権の保護を捜査機関統制の解釈指針とすべきではなく、捜査法の目的である捜査活動の最適化のために、捜査機関による情報の取得・保存・利用をどのように統制監督するべきかという問題の最終的解決を民主主義的熟議に委ねるべきであるとするものである。すなわち、捜査活動の最適化は、大量の情報を収集・分析することのできる制度的基盤を持ち、 国民間での価値観の相違に基づく対立を熟議によって乗り 越えることを期待されている国民代表機関たる国会による立法で図られるべきであり、そして、裁判所は民主主義を促進する謙抑的な法解釈と、民主主義に対する現実の危険を除去するための大胆な解釈とを適切に組み合わせ熟議を促進させるるべきであると主張するのである。

各章のご紹介

 第1章では、刑事手続におけるプライバシー保護が危ういものとなっている原因は、判例が正しいプライバシー権解釈を行っていないことのみではなく、裁判所が、捜査法の解釈指針として、裁判所が「保護」されるべき権利・ 法益の解釈を通じて捜査機関の遵守すべき行為準則を示しこれを統制すべきとしていること自体が、捜査活動の最適化という捜査法の目的に適合的でないことにあるとされる。そして、裁判所の能力の限界からくる、判例の矛盾・ 混乱や立法のインセンティブを奪う等立法への悪影響などの制度論的問題を引き起こしているとする。また、学説も、 判例と同様の問題を抱えているとする。

 第2章では、アメリカ合衆国憲法第四修正解釈論の展 開が紹介される。Warren Court期に代表される連邦最高 裁判所の権利章典解釈を通じた捜査機関統制の限界が、 学説の変化、すなわち、捜査対象者の権利・法益の保護 から、資源の最適な配置を実現しうる捜査機関統制構造 へという問題関心の移行や、裁判所による第四修正解釈を 中心とする捜査機関統制を通じたプライバシー保護から、 より民主主義的な捜査機関統制を通じたプライバシー保護 へという考え方の変化をもたらしたとする。第3章では、「制 度論的転回」すなわち、解釈論の抽象理論を具体化するた めの方法論を制度的能力・動態的影響を考慮に入れて論 じる解釈手法論(主としてSunsteinの議論が参照される) をベースとして、第四修正が司法最小主義的に解釈される べきこと、また、健全な民主主義を保護するために、政府 による情報収集・保存・利用に対して憲法的規律を行う場 合には、政府による思想・信条への直接的なアクセスが問 題となる場面を除いて第十四修正による制度的差止命令 を活用して、熟議による問題解決を促すべきであるとする。

 第4章では、上述の本書の主たる主張が詳述されるとと もに、日本において、熟議による適正手続を実現するため の具体的方策が検討される。ある捜査手法が「強制の処分」 か否かについては、問題とされている捜査手法の性質その ものと、その捜査手法に関する捜査機関へのモニタリング の状況とに着目し政府による当該捜査手法の実施が、国民 との委託信任関係の趣旨に照らして不適切な意図・判断 に基づくとされる場合(「エージェンシー・スラック」と呼ば れる)には、健全な民主主義に与える影響の深刻さや、当 該エージェンシー・スラックが生じうる蓋然性の高さこそが 評価されるべきであるとする。この評価に、これまで権利の 保護という視点で議論されてきた多くの要素が取り込まれ ることとなると思われる。任意処分の審査基準の検討や具 体的事例の分析もなされる。

刑訴法の解釈論のあり方を根本から問い直す

 捜査法の基本的な目的を本書のように理解する場合、 本書で新たに定義され、その境界が相当程度に流動的とな る「強制の処分」や「任意処分」などにとどまらず、多くの 基本概念が、従来と異なる位置づけや意味を与えられるこ ととなろう。刑訴法の解釈論のあり方を根本から問い直す理論の今後のさらなる展開が注目される。

高平奇恵(たかひら・きえ/東京経済大学准教授)

(季刊刑事弁護97号〔2019年1月刊行〕収録)


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