大藪大麻裁判第8回公判/検察は「検査記録」不存在と回答。裁判長は弁護側要求の鑑定人再尋問を退けたが、平岡意見書を証拠採用


前橋地方裁判所(2023年6月16日)

 5月16日午後1時30分より、前橋地方裁判所(橋本健裁判長)で、大麻所持罪の無罪を主張している大藪龍二郎さんの大麻裁判の第8回公判が開かれた。裁判の経過を簡単に確認しておく。

 陶芸家の大藪さんは、2021年8月8日早朝、群馬県での陶芸イベントの帰り道、運転に支障をきたす程の眠気を感じたため、道路の路肩に駐車して仮眠をとっていた。そこに、「不審車両」があると近隣者からの通報を受けた警察官が駆けつけ職務質問を行った。そのとき、警察官は車両の中から「植物片」が入ったビニール袋2つを見つけ、大藪さんを大麻取締法の大麻所持罪の現行犯で逮捕した。23日間の勾留の末、起訴された。第1回公判は2021年10月26日。

「検察官がこちらの釈明に答えないのは納得がいかない」と語る大藪龍二郎さん(2023年5月16日、群馬県庁1階のカフェにて)

検察は「検査記録」は不存在と回答

 弁護側は、「植物片」の鑑定過程を記録した「検査記録」の開示を検察に求めていた。その回答がこの公判で明らかになる予定である。この検査記録は第5回公判で、「植物片」を大麻であると断定した群馬県警科捜研のN技術職員(鑑定人)に鑑定経過について証人尋問した際、あると断言したものである。

 しかし、検察は、「検査記録」は「不存在」と回答した。すかさず石塚伸一弁護士は、鑑定経過に疑義があるとしてN技術職員のさらなる証人尋問を求めたが、裁判長は必要なしと却下した。このため弁護人は、元京都府警察本部科学捜査研究所主席研究員の平岡義博氏の意見書を証拠申請した。

 この意見書は、本件のN鑑定書やN技術職員の公判証言について、「N鑑定の大麻草の鑑定手順は妥当といえるか否か」など5項目にわたる質問を弁護人がし、それに回答する形をとったものである。裁判長はその取り扱いに苦慮したのか5分間の休廷をとった。再開された法廷で裁判長はその意見書を証拠として採用した。

 そのほか、弁護人は、厚労省医薬食品局監視指導・麻薬対策課長の佐藤大作、甲南大学名誉教授の園田寿、作家の長吉秀夫、医師の正高佑志各氏の証人申請をしていた。今回は、その採否を決定することになっていたが、裁判長はそのすべてを却下した。

裁判所は、新任の検察官へのさらなる釈明要求も無視

 丸井英弘弁護士は、今回から交替した新しい検察官に対し、裁判の冒頭で公訴事実について、「大麻」とは何か、「大麻」は何グラムあったかなどの釈明を求めていたが、さらに大麻取締法の制定過程、厳罰化した昭和32年改正について釈明を求めた。しかし、検察官は必要性がないとして従来どおりだんまりを決め込んだ。弁護人は裁判長に検察官に釈明するよう職権発動することを求めたが、裁判長も検察官の意見に追従した。

 現在のところ、弁護側が請求した証拠で採用されたものは、大藪さんが自身の芸術活動と大麻との関わりを明らかにした「被告人作成の裁判官宛報告書」と上記の平岡意見書の2つだけである。

 裁判長は次回について、被告人質問後、検察官の論告・求刑、弁護人の最終弁論を行い結審したい意向を示したが、弁護人から被告人質問にとどめて欲しいとの強い要望があったので、その方向で決着して公判は終わった。

平岡意見書の重要性を強調

 公判終了後、群馬県庁のカフェで報告集会がもたれた。

 冒頭で、丸井弁護士は「こちらの請求した証人を全部却下したのは、憲法判断をなるべくしたくないということの現れです。昭和38年の大麻取締法の改定──罰金刑廃止と懲役刑の刑期の強化──について国会で審議していないことは市川和孝・厚生省麻薬課長(昭和61年当時)の証言ではっきりしている。裁判官も立法経過を知らなければ公正な裁判はできない。このことは次回の被告人質問で十分展開したい」と次回公判への意気込みを語った。

裁判後の報告集会で、今回の裁判の要点などについて話す主任弁護人の丸井英弘弁護士(左)と石塚伸一弁護士(右)(2023年5月16日、群馬県庁1階のカフェにて)

 つぎに、石塚弁護士は「検査記録」の不存在について触れた。

 「『植物片』の鑑定は2回、2日間に分けて行われていますが、1回目は3時間かけたが、2回目は45分と短いので何かスキップしているのではないか。やっていないのにやっていると出したのではないか。2回目のグラフが1回目とまったく同じであるので、これは1回目をコピーしたのではないか。そういうことを疑っています。科捜研には鑑定手順があって、それにしたがった鑑定経過を示す書類があるはずだ。検察官は検査記録はないと回答したが、それは科学鑑定ではないといっていることと同じである」と憤懣やるかたない様子だったが、平岡意見書が証拠採用されたことには安堵の色が見られた。

 石塚弁護士は、平岡意見書について、「この意見書は、検察官から開示された鑑定書や公判記録を読み込んで、群馬県警科捜研の鑑定経過とその結果について弁護側がもっている疑問に丁寧に答えていただいたものである」と前置きして、その重要性を説明した。

 「意見書の中で、鑑定資料である『大麻草』が捜査現場から科捜研に持ち込まれるまでの段階で、汚染や混入や捏造がないことを保証するための措置についての説明や写真がないこと、持ち込まれた時点の資料の状態について示す写真などの記録がないこと、鑑定書にガスクロマトグラフィーのグラフや薄層クロマトグラフィーの写真が添付されていないこと、などに注目しています。もし添付しない場合はその理由を説明すべきであると明言しています」。また「このように鑑定資料の管理の連鎖を確保する措置がとられていないのは、資料の真正性に疑問を生じさせる余地があると判断しています。さらに、群馬県警科捜研は、鑑定書にグラフや写真を添付せず、開示請求があって初めて提出するシステムをとっているようであるが、これらの資料は鑑定結果の正当性や検証可能性を保証するのに不可欠であるとも述べています。意見書の最後では検査方法が各府県でまちまちであるのは、標準鑑定法が決められていないことによる。その責任の一旦は(国の機関である)科学警察研究所にあると問題提起しています」。

 そして、「裁判所がこの意見書をどう評価するのか期待したい。刑事裁判では絶望してはいけない。ちょっとでもいいことがあったら喜ぶことがいい」と結んだ。

 最後に支援者の長吉秀夫さんは「次回の裁判では被告人質問という重要な場面を迎えます。しっかり準備していこうと思います。また、大麻使用に罰則を加える大麻取締法の改正問題も控えている中で、この裁判の意義を世論にさらに喚起していきたい」と締めくくった。

 次回は、6月23日(金)午後1時30分から3時30分までである。当日12時30分から50分まで傍聴券を配布して抽選が行われる。

(2023年05月26日公開)


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