
静岡県弁護士会は9月27日(土)、静岡市内ので「袴田事件無罪判決一周年集会/再審法改正の早期実現に向けて」を開いた。袴田巖さん(89歳)が再審公判で無罪となったのは昨年9月26日のことである。
この日、参加予定であった袴田巖さんは、残念ながら来なかった。会の冒頭で、巖さんの姉ひで子さん(92歳)は、「みなさまのおかげで巖は助かった」と改めて長い間の支援に感謝するとともに、袴田事件などで冤罪の早期の救済にとって不備が明らかになった再審法の改正について「巖だけが助かっていいものではない。秋の国会で実現してほしい」と挨拶した。
集会の第1部「袴田事件無罪判決一周年集会」で、袴田再審弁護団事務局長の小川秀世弁護士が再審無罪までの総括と、この10月に提起する国家賠償請求訴訟について語った。
「国家賠償訴訟では、原告側が捜査の違法を立証する必要があります。したがって、再審で無罪になっても国賠訴訟での勝訴は困難なことも多いといわれていますが、袴田事件に限っていえば、捜査側の証拠捏造が再審公判で認定されていたことと、通常審段階ですでに5点の衣類が出ていたので、見通しは明るい」と強調した。
また、袴田事件でわかった捜査機関の証拠捏造について、「捜査段階は『無法状態』だ。これを解消するために、今すぐできることは、捜査官にボディカメラ(ウェラブルカメラ)を装着させ、捜査過程が問題になったときに検証できるようにすることだ。これは、名古屋刑務所事件のあと、受刑者に対する暴行など人権侵害を防ぐために刑務官にボディカメラを装着させたことがあるので、捜査機関でもいますぐにできるのではないか」と不正行為を防ぐ具体的な方法を提言した。
再審法改正は現在、再審法改正議連が国会に提出した議連案が衆議院で継続審議となっている。一方、政府の法制審議会—刑事法(再審関係)部会でも、議連案を牽制するかのように審議が急ピッチで進んでいる。
第2部「再審法改正の実現に向けて」のパネルディスカッションでは、再審法改正の現状と今後の展望について、映画監督で法制審「新時代の刑事司法制度特別部会」委員であった周防正行監督、日弁連再審法改正推進室長の鴨志田祐美弁護士、元裁判官の村山浩昭弁護士が語り合った。
この中で、村山元裁判官は、「昨年の無罪判決で法改正がもっと進んでいたのではないかと思っていたが、残念ながら実現していない。この1年、再審法改正がこんなに政治的なことだということをいやというほど思い知らされた。しかし、冤罪救済という人権問題、人道問題を、法務検察の政治的な動きではばまれてはいけない。国会で決着をつけるべきものだ」と強調した。
周防さんは、法制審「新時代の刑事司法制度特別部会」委員であった経験に基づいて、「検察にしても裁判所にしても、彼らはいままでやって来たことは間違っていないと思っている。本当は、自分たちの過去の間違いが発見され、命を助けることができたと一緒に喜んでもよいはずだ。特別部会では、袴田事件の再審開始決定がでたとき、袴田事件に触れた委員は日弁連委員だけ。そういう人たちが多く入っている法制審では、冤罪救済のための改正は期待できない」と付け加えた。
司会から、退官後、なぜ再審法改正の運動に関わってきたかを問われた村山元裁判官は、その経緯を、関わった者の責任と時代の責任とに分けて述べた。
「袴田事件の再審請求審で開始決定に関わったものの責任です。担当として本当に再審開始になるのはたいへんだと思った。30年近く裁判官をやっていたが、そこまで困難だと思っていなかった。不明を恥じています。きちんとした法律がなければ(再審請求審が)スムーズにいかないということがわかった。私の再審開始決定が東京高裁で取消されたとき、自分もショックを受けましたが、弁護団も意気消沈していた。しかし、ひで子さんは『50年闘ってだめなら100年闘う』ときっぱりと語っていた。その言葉に涙がでた。そのとき、退官したら、一人の法律家としてこの問題の解決のために努力したい」と決意したという。
そして、「(1980年代に)すでに4人もの死刑囚が再審無罪になっていたが、再審法改正は進まなかった。そして袴田事件で5人目であるし、その他にもたくさんの再審開始がある。これらを放置しておいてよいのか。再審開始決定を導いた新証拠は類型的に捜査機関がもっていることが多いので、証拠開示の制度を改正しないといけない。この時期にできなければ先伸ばしされ、また改正は実現しない。少しでも前進する法改正に取り組みたい」と時代の責任を強調した。

最後に、参加者全員で、「再審法改正 今こそ実現」を訴えて、集会は終了した。
9月27日(土)に放送された「新プロジェクトX 雪冤 袴田事件」の前編に引き続き、その完結編が10月4日(土)放送される。
「再審開始・即日釈放」という画期的な決定を下した当時の村山浩昭元裁判長が「裁く者の葛藤」を語る。また、再審開始決定に大きな役割を果たした、犯行着衣とされた「5点の衣類」に付着していた血痕のDNA鑑定を行った法医学者・本田克也筑波大学名誉教授もその苦悩を激白。
(2025年10月02日公開)