『イレズミと法──大阪タトゥー裁判から考える』


 幼少時から故郷で肌に奇妙な記号? がある人を見かけながら育ち、1960年代以降のヤクザ抗争の頻発まで特段気にすることなく過ごしてきた者として、刺青に関してここまで考えなければならない点があるのかを、滔々と教えられた一冊に出会った。

 本書は、2015年から5年間にわたって争われた、入墨施術を行なった彫師が医師法違反に問われた裁判に関連したものである。まず、イレズミに関するさまざまな規制や憲法にまつわる問題点を提示し、この刑事裁判の下級審から最高裁までの概略を紹介・分析する「総説」に始まり、これを実質的な「目次」として以下の章に入っていく。

 第1章「イレズミの文化と歴史」では、イレズミに関する「規制の時代」という観点からの文化(史)的分析と、種々の法令による刑事的規制の変遷を紹介・検討。第2章「タトゥー施術規制の法問題」では、タトゥー(著者表記ママ)施術に対する規制に関する憲法学並びに医事法学の見地からの問題提起とその分析。第3章「比較法の中のタトゥー施術規制」では、韓国をはじめとして欧米諸国における規制のあり方についての紹介と比較法的検討。最後に、この訴訟を担当した亀石倫子ら二人の弁護士が、上告審までの訴訟の経過を寄稿文として報告。

 本書では、一口にイレズミと言っても、入墨、刺青、和彫り、タトゥーなど様々な呼称があり、針によって色素を皮下に入れるといっても手彫りだけでなくタトゥーマシンによるものがあるといった、タトゥー事件を理解するための基本的知識が整理されている。長い間、不合理な規制が放置されてきた背景には、イレズミに対する偏見──アイヌ・琉球民族に対する抑圧、差別やとくに60年代以降のヤクザ絡みの風潮で助長され、蔓延したもの──の大きさがあることを知る。

 さらに、本訴訟の論点の一つともなった「アートメイク」──美容目的やあざ・しみ・やけどなどを目立たなくする目的で色素を付着させた針で色素注入する施術ほか──という美容整形としての医療行為との判別の重要性などが指摘される。このように、イレズミの彫師の人権だけでなく、施術依頼者の自己決定権なども含めて一般市民の職業選択の自由や表現の自由の保障が危ぶまれることまで考えなければならないことを学ぶ内容になっている。

 なお、タトゥー事件については、季刊刑事弁護107号で、最高裁で無罪を勝ち取るまでの弁護活動を総括する特集「タトゥー事件を振り返る」を組んでいる。また、タトゥー事件の発端、弁護人との出会い、裁判の様子などを当事者である彫師タイキ氏に聞いたインタビュー記事がある。

(ま)

(2021年07月20日公開) 


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